両親へ初代サノのことを訊く前に、調べておきたいことがあった。言ってみれば一般的な女子の心理というか、美織さんがどうしたいのかを知るための糸口になる調査だ。
朝礼前に少し時間があったので、喧騒にまぎれて高橋花音に声を掛ける。
「高橋、ちょっと教えてもらえるか?」
「なあに? 井村君から珍しいね」
「あのさ、もしお前が幽霊だとしてだな……」
「は?」
「いや、違って……そうじゃない。やっぱり合ってる。とにかく、理由はいいから、もしもの話で訊いてくれ」
高橋がかなり怪訝な顔でこちらを見ている。そりゃそうだろう。もし自分が幽霊だったらなんて話を何の脈絡もなくされたら、「何が始まった?」と思う方が普通だろう。
やらかした。朝から思いっ切り怪しまれている。
「それって、新手の口説きか何か?」
怪訝な顔をしたまま、高橋が訊いてくる。
「いや、違うんだ。ほら、あれだ。俺の友だちがさ、マンガ家を目指してるんだけど、恥ずかしがり屋だから女子がどんな心理状態になるか調べてくれって言われていてさ」
自分で言っていて、なかなか巧い口実を見つけたと思った。非日常を描く漫画家の取材と思わせれば、俺の言っていることもそう突飛でもない。
問題は高橋がいまだに変な目で俺を見ていることだが、いちいち構っていられるか。俺は強引に話を続けることにした。
「例えば、好きな人がいたとするだろ」
「ええ!? 好きな人なんていないよっ!」
高橋が顔を真っ赤にして大声を出す。瞬間的に周囲の視線が集まった。おい、ふざけんなよ。そんなことをされたら話が続かないだろう。
「また夫婦がケンカしてる」
周囲から漏れ聞こえた言葉を受け流して、俺は話を続ける。
「例えばの話だって。それで、好きな人に告白する前日にトラックに轢かれたとする」
「うん……?」
「それで、その女子は幽霊になってしまいました」
「うん」
「でも、彼女は亡霊になることを望んでいなくて、今の状況を何とかしたいと思っている。ただ、自分でもどうすればいいのか分からない」
「うん」
「どうやったら成仏出来ると思う?」
「何それ?」
言われた瞬間、「ですよねー」と言いそうになったがダメだ。それじゃダメなんだ。
俺は真剣に、彼女の置かれたバカげた状況をなんとかしてあげたいのだから。
「ありえないけどさ、高橋がそうなったら、どうすれば成仏出来そうな気がする?」
「えーまあ、そうだなー」
高橋はちょっと考える素振りを見せてから、ほのかに顔を赤くする。正直、自分でも意味不明なことを訊いている自覚はあったが、真剣には考えてくれているようだ。
しばらく考えてから、高橋があさっての方向に目を遣りながら口を開く。
「普通に考えたら、やっぱり告白をやり切ることなんじゃないかな。だって、それで未練があるわけでしょう」
「だろうな」
「まあ、わたしが好きな人に『好きです』って言えずに死んじゃったら、たしかに死んでも死にきれないよね」
高橋が恐る恐る俺を見る。
「そうか。やっぱりそうだよな」
高橋の答えを聞いて、あながち自分の推論も的外れでなかったと思った。やっぱり美織さんが未練を残しているのは、オヤジなのか……。なんか認めたくない感じもするけど、普通に考えたらそうだろう。
でも、だとすればだ。どうやってオヤジを美織さんに引き合わせる?
あなたのことを好きだった美織さんが幽霊になって夜の校舎で待っています――うん、俺がオヤジの立場だったら、息子の頭がおかしくなったか、ひどい中二病だと思うだろうな。
しかも美織さんの姿が見える人間は、現時点だと俺しかいない。今のオヤジに彼女が見えなかった場合、俺はオヤジに見えも聞こえもしない相手の声を通訳のように伝言することになるのか。そのまま心の病院に連れて行かれそうな気がする。
だけど、そう悠長なことも言っていられない。
今を逃したら、同じチャンスは二度と来ないかもしれない。
「ねえ……」
物思いに耽っていた俺の意識を、高橋の声が引き戻す。
「さっきから何を言っているの?」
高橋が困惑した顔で俺を見つめていた。しまった、思考に耽るあまり、周囲から自分がどう映っているのかを考えていなかった。
「いや、ほら、なるべく友だちのマンガがどうやったら面白くなるかって考えていたんだ」
「ふ~ん。そう……」
そう言ってじっと見つめてくる彼女は、苦しまぎれに言った言葉を信じていないようだった。
高橋が何かを言おうとした瞬間にチャイムが鳴った。ナイス、まるでゴングに救われたみたいだ。
俺は当然のように席へ着いて、担任が来るのを待つフリをした。優等生の高橋は当然それに倣うけど、俺のことを何度もチラチラと見ていた。面倒くさいが、後はごまかしておけばなんとかなるだろう。
進むべき指針は見えた気がするので、後はそれをどうするかだ。
朝礼前に少し時間があったので、喧騒にまぎれて高橋花音に声を掛ける。
「高橋、ちょっと教えてもらえるか?」
「なあに? 井村君から珍しいね」
「あのさ、もしお前が幽霊だとしてだな……」
「は?」
「いや、違って……そうじゃない。やっぱり合ってる。とにかく、理由はいいから、もしもの話で訊いてくれ」
高橋がかなり怪訝な顔でこちらを見ている。そりゃそうだろう。もし自分が幽霊だったらなんて話を何の脈絡もなくされたら、「何が始まった?」と思う方が普通だろう。
やらかした。朝から思いっ切り怪しまれている。
「それって、新手の口説きか何か?」
怪訝な顔をしたまま、高橋が訊いてくる。
「いや、違うんだ。ほら、あれだ。俺の友だちがさ、マンガ家を目指してるんだけど、恥ずかしがり屋だから女子がどんな心理状態になるか調べてくれって言われていてさ」
自分で言っていて、なかなか巧い口実を見つけたと思った。非日常を描く漫画家の取材と思わせれば、俺の言っていることもそう突飛でもない。
問題は高橋がいまだに変な目で俺を見ていることだが、いちいち構っていられるか。俺は強引に話を続けることにした。
「例えば、好きな人がいたとするだろ」
「ええ!? 好きな人なんていないよっ!」
高橋が顔を真っ赤にして大声を出す。瞬間的に周囲の視線が集まった。おい、ふざけんなよ。そんなことをされたら話が続かないだろう。
「また夫婦がケンカしてる」
周囲から漏れ聞こえた言葉を受け流して、俺は話を続ける。
「例えばの話だって。それで、好きな人に告白する前日にトラックに轢かれたとする」
「うん……?」
「それで、その女子は幽霊になってしまいました」
「うん」
「でも、彼女は亡霊になることを望んでいなくて、今の状況を何とかしたいと思っている。ただ、自分でもどうすればいいのか分からない」
「うん」
「どうやったら成仏出来ると思う?」
「何それ?」
言われた瞬間、「ですよねー」と言いそうになったがダメだ。それじゃダメなんだ。
俺は真剣に、彼女の置かれたバカげた状況をなんとかしてあげたいのだから。
「ありえないけどさ、高橋がそうなったら、どうすれば成仏出来そうな気がする?」
「えーまあ、そうだなー」
高橋はちょっと考える素振りを見せてから、ほのかに顔を赤くする。正直、自分でも意味不明なことを訊いている自覚はあったが、真剣には考えてくれているようだ。
しばらく考えてから、高橋があさっての方向に目を遣りながら口を開く。
「普通に考えたら、やっぱり告白をやり切ることなんじゃないかな。だって、それで未練があるわけでしょう」
「だろうな」
「まあ、わたしが好きな人に『好きです』って言えずに死んじゃったら、たしかに死んでも死にきれないよね」
高橋が恐る恐る俺を見る。
「そうか。やっぱりそうだよな」
高橋の答えを聞いて、あながち自分の推論も的外れでなかったと思った。やっぱり美織さんが未練を残しているのは、オヤジなのか……。なんか認めたくない感じもするけど、普通に考えたらそうだろう。
でも、だとすればだ。どうやってオヤジを美織さんに引き合わせる?
あなたのことを好きだった美織さんが幽霊になって夜の校舎で待っています――うん、俺がオヤジの立場だったら、息子の頭がおかしくなったか、ひどい中二病だと思うだろうな。
しかも美織さんの姿が見える人間は、現時点だと俺しかいない。今のオヤジに彼女が見えなかった場合、俺はオヤジに見えも聞こえもしない相手の声を通訳のように伝言することになるのか。そのまま心の病院に連れて行かれそうな気がする。
だけど、そう悠長なことも言っていられない。
今を逃したら、同じチャンスは二度と来ないかもしれない。
「ねえ……」
物思いに耽っていた俺の意識を、高橋の声が引き戻す。
「さっきから何を言っているの?」
高橋が困惑した顔で俺を見つめていた。しまった、思考に耽るあまり、周囲から自分がどう映っているのかを考えていなかった。
「いや、ほら、なるべく友だちのマンガがどうやったら面白くなるかって考えていたんだ」
「ふ~ん。そう……」
そう言ってじっと見つめてくる彼女は、苦しまぎれに言った言葉を信じていないようだった。
高橋が何かを言おうとした瞬間にチャイムが鳴った。ナイス、まるでゴングに救われたみたいだ。
俺は当然のように席へ着いて、担任が来るのを待つフリをした。優等生の高橋は当然それに倣うけど、俺のことを何度もチラチラと見ていた。面倒くさいが、後はごまかしておけばなんとかなるだろう。
進むべき指針は見えた気がするので、後はそれをどうするかだ。



