この前の話では必要ないからって省いたんだけど、あたしが猫を拾った時に引き取り手になってくれたのが井村正和君っていう男子だった。

 彼はねえ、野球部のエースですごくモテたんだよね。4番バッターでピッチャーだったからね。少年野球の時から大活躍の選手だった。

 まあ、それはいいんだけど、あたしが捨て猫のサノを見つけた時、彼もたまたま一緒にいたの。

 あたしとしてはその子を持って帰りたかったんだけど、家が猫のダメな建物で、どうしようってなったんだよね。

 そこで困り果てているところで、正和君が「じゃあ俺が飼うよ」って言い出してね。その時の彼は本当にヒーローに見えた。思えば、あの時からちょっと好きだったのかも、なんて思う。

 ひとまず「親は絶対に説得するから」って言うから、サノって名前だけ付けてあとは任せたんだよね。

 そうしたらこの前に話した通り、正和君は親を見事説得して猫を飼えるようになって……っていうのは前にも話したよね?

 それでね、あたしには正和君の他にもう一人親しい友だちがいたの。その子の名前は佐藤菜々って言ってね、あたしは「菜々ちゃん」って呼んでた。

 ある日、菜々ちゃんに相談されたんだよね。「井村君のことが好きだから、彼と付き合うために協力してくれない?」って。

 正直あたしも彼のことは気にはなっていたんだけど、その時点では「好きー!」って感じでもなかったから「いいよ」って言って間に立ってあげることにしたの。二人とも仲が良かったからね。

 それで色々と計算を巡らせながら、さも偶然を装って菜々ちゃんと正和君が仲良くなれるようにドキドキするイベントを仕組んだわけよ。

 ところがさ、ある日になって菜々ちゃんが言い出したの。「色々協力してもらってなんだけど、井村君は美織ちゃんのことが好きみたい」って。

 あたしとしては「そんなことないよ。頑張りなよ」って言おうと思ったんだけど、涙目でそう言う彼女を見たら何も言い返せなくてね。きっとすごく悔しかったと思うんだよね。好きな人が自分を見ていなくて、他の女性に惹かれているのに気付いた時の感覚って。

 でも、同時にあたしも気付いていたの。菜々ちゃんとの仲を取り持つとか言いながら、その実あたしが正和君のことを好きになっているってことに。

 ……うん、まあ、すごく悩んだよ。

 これであたしが正和君に告白したら、なんか菜々ちゃんを利用したみたいじゃない?

 あたしですらそう思うんだから、菜々ちゃんなんて余計にそう思うんだろうなって葛藤があったの。

 だけど、そこはあたしの親友だよね。あたしの気持ちをお見通しだった彼女は、自分のことなんか気遣わなくていいから素直になって、なんて言ってくれた。

 うん、もうなんか、その一言だけで泣いたよね。二人で意味が分かんなくて、抱き合ってわんわんと泣いた。同じ人を好きになって、お互いに親友じゃなくなっちゃうのが怖かったんだと思う。

 それで、あたしも覚悟を決めたの。

 ――明日、正和君に好きだって伝えよう。

 たとえその結果フられたっていい。そうなったら菜々ちゃんとスイーツでもヤケ食いするんだって息巻いていた。

 それで告白当日、皮肉なことにサノが逃げちゃってね……。後は前に話した通りだよ。

 サノをかばったあたしはトラックに轢かれて、告白も未完了に終わった。

 未練は……正直、あるよね。だって彼のことが本当に好きだったし、それを伝えたかった。もちろん付き合ってイチャイチャしたいっていうのもあったけど、それ以上に自分の気持ちを伝えたかったんだよね、きっと。それが未完了のまま終わったっていうのは、やっぱり堪えるものがあったかな。

 悔しかったなあ、あれは。……ゴメン、ちょっと悲しくなっちゃった。少しだけ泣くからもうちょっとだけ待って。

 ……ありがとう。

 ともかくね、前に話した時にはこの辺のくだりを言いたくなかったんだ。そりゃそうでしょう?

 今でもね、時々彼がどうしているのかなって考えている。

 もしかしたら結婚してるのかな、とか。子供はいるのかな、とかね。だけど、それは知りたいことでもあって、同時に知りたくないことでもあるの。この感覚、分かるでしょ?

 神様にイジワルをされるような生き方はしてこなかったはずなんだけどなあ。ともかく、あたしとしてはそれが唯一の心残りかな。

 でも、何であっても正和君には幸せであってほしいなって思っている。だって、彼はそれだけのものをあたしにくれたから。

 自分のものにならないなら不幸になってしまえなんて、絶対に思わないよ。彼にはいつだって幸せでいてほしい。

 自分で言うのもなんだけど、その方があたしだって浮かばれるでしょう?