美織さんに会いにいった俺は、スマホの動画で「るろうに剣心」の映画を見せてあげていた。もちろんフルで見せると深夜になってしまうので、何日かに分けて見せるわけだけど。

 美織さんの世代は実写化した人気漫画は大抵ひどい出来になるのが慣例だったらしく、当初は「えー実写?」とまったく期待していなかったが、いざ見せると美織さんは大満足だった。「何これ超すごい! 早く先が見たい!」と興奮気味だった。そう言えば、この世代の人は「超」って付ける人たちなんだよね。親から聞いたけど。

 帰る前、軽い雑談がてらに近況を報告する。

「話は変わるけどさ、ウチで急遽猫を飼うことになったんだよ」
「マジで? ペットショップで買ったの?」
「いや、それがさ、学校の前で捨てられていた猫なんだよね」

 そう言うと、美織さんが「はあ」と意外そうな顔をする。幽霊でもこんな顔をするんだなと思ったら、ちょっと面白かった。

 俺は黒猫が校門の前で捨てられていたこと、高橋花音の家ではその子が飼えずに俺が引き受けたこと、そして美織さんの話にあやかってサノと名付けたことを話した。

 一連の話を聞いた美織さんは大層驚いたようだった。俺だってそうだ。神様が筋書きでも用意していたんじゃないかとすら思う。そんな空気に乗っかった感もあるけど。

「不思議なこともあるものだねえ」

 自身が一番不思議な存在のくせに、宙に浮いた美織さんは感心して言う。

「猫を飼う時って何か注意ってあるの?」
「う~ん、あたしの時は自分で飼っていたわけじゃないからな~。飼ってた友だちの話だと、トイレを綺麗にしてあげないとあちこちでオシッコをしちゃうから大変みたいな話は聞いたことがある。後はあっちこっちが猫の毛だらけになるっていうのも聞いたことがあったかな」
「ああ、なんかオヤジもそんなことを言っていたような」
「やっぱりどこも猫を飼うと悩みは一緒なんだろうね」

 美織さんがそう言った瞬間、一瞬頭にビキっという感覚が走った。

「うっ……」
「……どうしたの?」
「いや、なんか一瞬、頭がビキってなっただけ。大したことないとは思う」
「気を付けてね。変だと思ったらすぐに病院へ行って」
「そうするよ。一体何が……」

 そう言いながら、真っ暗な上空から映像がクルクル回りながら落ちてくる感覚があった。いや、そんなものは物理的には存在しないんだろうけど、何かが降ってきた。そうとしか表現出来なかった。

 美織さんもその何かに気付いたようで、俺の様子をじっと窺っている。

 何だろうとは思ったけど、それに注意を置いてみた。すると、その映像を断片的にではあるけど見ることが出来るのが分かった。

「ん、なんで?」

 映像に映っているのは、目の前で浮いているはずの美織さんだった。だけど、宙には浮いていなくて、学校の制服に身を包んで屈んでいる。やっぱりというか、アイドル並みにかわいい。

 映像の美織さんは血色も良く、カメラ(?)の方を見て手を伸ばしている。傘を差していて、隣に立つ誰かに話しかけていた。だけど、カメラの映像が見切れているせいで顔が確認出来ない。

 生きている頃の美織さんは、何かを撫でているようだった。子供だろうか。それにしては、手の位置が低すぎる気がする。

「あ……」

 俺がふと気付いた時に、映像は見えなくなった。

「あーあ、見えなくなっちゃった」
「何があったの?」
「なんか、生きている頃の美織さんが見えたっぽい」
「マジで? 剣心君、もしかして超能力者?」

 宙に浮いている美織さんがツッコミ待ちにしか聞こえないことを言う。まあ、たしかに俺だけが美織さんを見れるらしいから、そういう意味では本当に超能力者なのかもしれない。

 だけど、それよりも気になったことがあった。あの映像はもしかして……。

「剣心君、そろそろ時間危ないんじゃない?」

 美織さんからツッコまれて、だいぶ夜遅くなってしまっていたことに気付いた。

「うわ、帰んなきゃ」

 このままだとアリバイ工作が難しくなる。俺は慌てて帰る準備をする。

「それじゃあ、また来るよ」
「うん。サノのこと、もっとたくさん聞かせてね」
「もちろん」

 警備員がいないことを確認しつつ、俺は学校を後にする。

 さっき浮かんだ疑問は帰ったらまた考えよう。ここに通っていれば、美織さんと会うことは出来るのだから。

 そう自分に言い聞かせながら、俺は深夜の学校を後にした。