――俺、こういうの弱いんだよな。
目の前には剣心。その手には、ダンボールに入れられた子供の黒猫がニャアニャアと鳴いている。
珍しく息子が迎えに来たと思ったら、「相談がある」とリビングに引っ張られた。菜々が微妙な笑顔を作っていて嫌な予感がした。
息子よ、お前は何をしでかしたんだ――そう思っていたら、すぐ近くのダンボールからニャアと声が聞こえた。すぐに猫だと分かった。
剣心から「学校の前で捨てられていた」と言われると、「お前もか」という台詞がゴシック体で脳裏をよぎった。
「で、どうしたんだ」
もう話の流れは分かっているけど、一応訊いてみる。
「この子、ウチで飼えないかな?」
やっぱりな。「捨てて来い」と言いたいところだが、俺も猫は飼っていたし、こいつの気持ちも分かる。似たような経験もあるからな。
あの時はオヤジを説得しようと結構なバトルになったもんだ。それでも裏切り者になりたくなくて、必死こいて戦ったんだよな。
これは因果応報ってやつなのか、自分がそうだっただけに、どれだけ反対しても息子は引き下がらない気がする。なんだかんだ俺の血を引いているからな。
「それで、世話は出来るの?」
「やるよ。まだ全然分からないけど」
「言っとくが甘く無いぞ。これと言った理由もなく物をあちこちから落としたり、服をズタズタにすることもある」
「うん」
「トイレも綺麗にしておかないとフローリングにウンコをすることだってあるし、あっちこっちで爪を研ぐから家具が傷だらけになる」
「うん」
「それでもいいのか? 相手がプラモデルだろうがアイドルのアクスタだろうが容赦ないぞ」
「それでもいいよ」
もっと脅しておくべきことはたくさんあるが、剣心はまっすぐな視線でこちらを見ている。
菜々を見る。夫婦として長年連れ添ったから、言葉を発しなくてもある程度は意志疎通が可能だ。
菜々はちょっと困った顔で笑っていた。その顔は「もう、これは何を言っても聞かないと思うわよ」という内容だった。彼女は俺と剣心の性格を熟知している。
「ふう」と息をつく。菜々の言う通り、剣心は一度決めたら絶対にそこから動かない。他のことでもそうだった。今さら反対をしたところで、いたずらに怨まれるだけか。
「俺は何もやらないぞ。自分で面倒を見切る覚悟はあるか?」
「当然」
「分かったよ」
即答過ぎて、思わず笑ってしまった。こいつはやっぱり俺の子だ。
「当たり前だけど、飼ってみて『やっぱり無理でした』は絶対無しだ。どんなことがあっても、最後まで飼い主としての責任を果たせ。それが出来るか」
「もちろん、俺はやるよ」
「分かったよ、じゃあ好きしろ」
「やった、ありがとう」
剣心が猫の入ったダンボールを持ったまま飛び跳ねる。よっぽど嬉しかったんだろうが、こいつってそんなに猫が好きだったっけ? どちらかと言えば犬が好きだった気がするが……。
まあ、子供とはいえ別々の人間だからな。どこで何に感化されるかだって違うだろうし、猫が好きになるような何かがあったんだろう。
しかし猫、再びか。俺も当初は大変だったな。作ったプラモを全部机から落とされたりして。当の犯人は「何か問題でも?」って顔でこっちを見ているから怒るに怒れないし。
あの日々が戻ってくると思うと、それはそれで結構大変な気がする。大丈夫なんだろうか。
まあ、世話は剣心が自分でするって言ってるし、菜々もいるからどうにかなるか。
「それで、名前は決めてるのかあ?」
「うん。サノって名前にしようかなって」
「……今、なんて言った?」
「サノ。俺が剣心だからさ、相楽左之助から取ってサノにしようかって」
「そうか……」
「何かあったの?」
「いや、何でも」
菜々を見る。「お前、何か吹き込んだ?」とテレパシーを送るも、首を横に振って返される。どうやら、誰も剣心にあのことを話したわけではないらしい。
「……そうか。それじゃあサノを大事にしろよ」
「うん」
そう言って部屋へ着替えに行く。
こんなことがあるものなのだろうか。まあ、無い話でもない。あいつの名前自体がるろ剣から拝借したものだからな。
とはいえ驚いた。運命のいたずらとはいえ、こんなことが本当にあるものなのか。菜々も驚いていたが、誰かが加藤のことを吹き込んだのだろうか。
どちらにせよ、あの黒猫がサノと名付けられたのは変わらない。
まさか、もう一度その名を呼ぶことになるとは。
サノ――それは、中学生時代に俺の飼っていた猫の名前だった。
目の前には剣心。その手には、ダンボールに入れられた子供の黒猫がニャアニャアと鳴いている。
珍しく息子が迎えに来たと思ったら、「相談がある」とリビングに引っ張られた。菜々が微妙な笑顔を作っていて嫌な予感がした。
息子よ、お前は何をしでかしたんだ――そう思っていたら、すぐ近くのダンボールからニャアと声が聞こえた。すぐに猫だと分かった。
剣心から「学校の前で捨てられていた」と言われると、「お前もか」という台詞がゴシック体で脳裏をよぎった。
「で、どうしたんだ」
もう話の流れは分かっているけど、一応訊いてみる。
「この子、ウチで飼えないかな?」
やっぱりな。「捨てて来い」と言いたいところだが、俺も猫は飼っていたし、こいつの気持ちも分かる。似たような経験もあるからな。
あの時はオヤジを説得しようと結構なバトルになったもんだ。それでも裏切り者になりたくなくて、必死こいて戦ったんだよな。
これは因果応報ってやつなのか、自分がそうだっただけに、どれだけ反対しても息子は引き下がらない気がする。なんだかんだ俺の血を引いているからな。
「それで、世話は出来るの?」
「やるよ。まだ全然分からないけど」
「言っとくが甘く無いぞ。これと言った理由もなく物をあちこちから落としたり、服をズタズタにすることもある」
「うん」
「トイレも綺麗にしておかないとフローリングにウンコをすることだってあるし、あっちこっちで爪を研ぐから家具が傷だらけになる」
「うん」
「それでもいいのか? 相手がプラモデルだろうがアイドルのアクスタだろうが容赦ないぞ」
「それでもいいよ」
もっと脅しておくべきことはたくさんあるが、剣心はまっすぐな視線でこちらを見ている。
菜々を見る。夫婦として長年連れ添ったから、言葉を発しなくてもある程度は意志疎通が可能だ。
菜々はちょっと困った顔で笑っていた。その顔は「もう、これは何を言っても聞かないと思うわよ」という内容だった。彼女は俺と剣心の性格を熟知している。
「ふう」と息をつく。菜々の言う通り、剣心は一度決めたら絶対にそこから動かない。他のことでもそうだった。今さら反対をしたところで、いたずらに怨まれるだけか。
「俺は何もやらないぞ。自分で面倒を見切る覚悟はあるか?」
「当然」
「分かったよ」
即答過ぎて、思わず笑ってしまった。こいつはやっぱり俺の子だ。
「当たり前だけど、飼ってみて『やっぱり無理でした』は絶対無しだ。どんなことがあっても、最後まで飼い主としての責任を果たせ。それが出来るか」
「もちろん、俺はやるよ」
「分かったよ、じゃあ好きしろ」
「やった、ありがとう」
剣心が猫の入ったダンボールを持ったまま飛び跳ねる。よっぽど嬉しかったんだろうが、こいつってそんなに猫が好きだったっけ? どちらかと言えば犬が好きだった気がするが……。
まあ、子供とはいえ別々の人間だからな。どこで何に感化されるかだって違うだろうし、猫が好きになるような何かがあったんだろう。
しかし猫、再びか。俺も当初は大変だったな。作ったプラモを全部机から落とされたりして。当の犯人は「何か問題でも?」って顔でこっちを見ているから怒るに怒れないし。
あの日々が戻ってくると思うと、それはそれで結構大変な気がする。大丈夫なんだろうか。
まあ、世話は剣心が自分でするって言ってるし、菜々もいるからどうにかなるか。
「それで、名前は決めてるのかあ?」
「うん。サノって名前にしようかなって」
「……今、なんて言った?」
「サノ。俺が剣心だからさ、相楽左之助から取ってサノにしようかって」
「そうか……」
「何かあったの?」
「いや、何でも」
菜々を見る。「お前、何か吹き込んだ?」とテレパシーを送るも、首を横に振って返される。どうやら、誰も剣心にあのことを話したわけではないらしい。
「……そうか。それじゃあサノを大事にしろよ」
「うん」
そう言って部屋へ着替えに行く。
こんなことがあるものなのだろうか。まあ、無い話でもない。あいつの名前自体がるろ剣から拝借したものだからな。
とはいえ驚いた。運命のいたずらとはいえ、こんなことが本当にあるものなのか。菜々も驚いていたが、誰かが加藤のことを吹き込んだのだろうか。
どちらにせよ、あの黒猫がサノと名付けられたのは変わらない。
まさか、もう一度その名を呼ぶことになるとは。
サノ――それは、中学生時代に俺の飼っていた猫の名前だった。



