美織さんの話が終わった。

 きっと、すごく悲しい話なんだろうけど、美織さんが明るいせいか、そこまでの悲壮感は無かった。

「なんて言うか、本当に大変だったんだね」

 自ずと彼女をねぎらう言葉が出てくる。

 だけど、彼女の話を聞いているとともに、俺の中にはふと疑問が沸いていた。

「美織さんの姿って、他の人には見えないの?」
「うん、なんかそうみたいなんだよね。たまに見える人もいるみたいなんだけど、話しかけたら一目散に逃げられちゃって、それ以上続かなかった。だからこそ、君にあたしが見えているって知った時は嬉しかったの」
「そうなんだ」

 自分の葬式でクラスメイトに自分を見つけてもらえないっていうのはさぞつらかっただろうなと思う。

「助けた猫は無事だったのかな?」

 自分で訊いて、ちょっと気持ち悪くなった。言ってから思ったけど、これで猫も死んでたら最悪じゃん、と思う。

「猫は大丈夫だったんじゃないかな、多分。だって、それに関しては彼も悲しんでいる素振りも見せなかったから。あたしとしても、あの子には生きていてほしいな。さすがに寿命で死んでるとは思うけど」
「寿命か……。今の話って、何年前?」
「多分、26年ぐらいじゃない?」
「26年前……」

 俺は言葉を失った。

 中二の俺は14歳。俺の人生の約2倍をこの人は孤独のうちに過ごしていたわけか。自分がそうなったらと思うと怖すぎる。

 でも、猫も26歳生きたなんて話は聞いたことはないから、さすがに死んでるんだろうな。そこから美織さんの友だちを探せるかなと思ったけど、いきなり手がかりを失った。

「その子……助けた猫は何て名前だったの?」

 大した理由もなく訊いてみた。なんとなく、黒猫っぽいイメージで話を聞いていたけど。

「サノ」
「佐野?」
「そう、サノ。るろうに剣心に出てくるキャラクターで相楽左之助っていうキャラがいてね……って、世代的に知らないか」
「いや、知ってるよ。緋村剣心が出てくるマンガだよね?」
「え? マジで? 君の世代まで剣心って伝わってるの?」
「結構有名なんじゃないかな。今は実写映画になっていて、4年ぐらい前に最後の作品が出たはずだよ。佐藤健って俳優が主演で」
「誰それ知らねー」

 美織さんは宙に浮いたままちょっと古い感じのリアクション芸っぽい動きをしている。多分彼女の時代でそういうノリがあったんだろうな。

「でも、すごい。やっぱり剣心すごい。この時代になっても愛されているなんて」
「ちなみに、俺の名前も剣心なんですけどね」
「そういえばそうだったね。今どき漫画から名前を付けるなんて、そんな親がいるの?」
「今では割と普通なんだよ。多分だけど」

 美織さんがいちいちリアクションするので、自分でもよく分からないフォローを入れていく。俺も26年経ったら若者に対してこんな接し方をするんだろうか。

 とはいえ、美織さんと思わぬところで接点が出来た。

 剣道をやらされた時は「完全に名前負けじゃん」ってイジられて辞めたけど、初めてこの名前で良かったと思った。

「なんなら今度来るときにスマホで映画を観る?」
「マジで? 観たい。観ます。お願いします!」

 スマホで映画を観れることは知ってるんだ。まあ、そんな生徒を見ているんだろうな。

 そんな感じで、しんみりした話はるろうに剣心の話題に入った途端、美織さんの異常なテンションで幕を閉じた。なんだか今までで一番テンションが高かった気がしないでもないんだけど、それだけ生前に好きだったんだろうな。

 約束通り、今度は映画でも見せてあげよう。