その後、烏夜家と菱刈家で合同調査が行われ、今回の事件の顛末が判明した。
全ての始まりは、上昇志向が強かった華さまが、菱刈公爵家の次男である裕二さまに近づいたことであるようだ。
二人は恋仲になり、やがて裕二さまは華さまとの結婚を父公爵に申し出た。
しかし、華族とはいえ男爵令嬢という身分は公爵家に釣り合わないと考えた公爵は、息子の願いを拒絶し、もしどうしても結婚すると言うなら家門から勘当すると言い放ったのだそうだ。
公爵は、そこまで言えば裕二さまは華さまを諦めると思ったという。
ところが裕二さまは、公爵の予想に反し、結婚を選んで勘当を受け入れた。
不幸だったのは、その結末が華さまにとって予想外だったことだ。
華さまは、裕二さまが公爵令息だったから好いた。
身分も財産も持っていると思ったから好いたのだ。
だが自分への愛のためとはいえ、彼は全てを失った。
その瞬間、彼に対する華さまの愛も冷めたのだ。
そんな時に星宿家に舞い込んだのが、烏夜家との縁談だった。
華さまはすぐに烏夜に乗り換え、その後のことは――。
「澪ちゃんも知っての通りだよ。その時にはすでに、星宿華は菱刈裕二と関係を持っていた。だから、俺との初夜に身代わりを立てる必要が出てきた」
そうして、私が身代わりの初夜を務めることになったわけだ。
「あーもう、まだ整理できていないことが多いから、しばらく事後処理は続くけど! それでも今日だけは完全にお休み! だから澪ちゃん、ちょっとここで休ませてもらっても良い?」
はるくんが指さしたのは、私の膝の上だ。
華さまたちに襲われたあの日から一週間ほど経った今日、私は烏夜家の屋敷に招かれている。
通された部屋は完全に人払いがされているし、私自身も膝枕をしてあげるのはやぶさかではない。
しかし、私は彼の願いを叶えることを躊躇ってしまった。
「どうしたの?」
「あの、これは倫理的にどうなのかな、って……。だって、とりあえず華さまが現時点での公爵夫人であることは確かでしょう?」
こうなった以上、離縁されるのではとは思うが、少なくとも現時点でその手続きが完了したとは聞いていない。
そう思っていたのに、彼はこともなげに「違うよ」と言い放ったのだ。
「だって、そもそも婚姻自体が成立していないからね。澪ちゃん、祝言の日に渡した書類を『星宿澪』の名前で書いていたことに気付いていた? 皇宮に提出した書類も、『星宿家に華という娘はいるが、澪という娘がいるという届け出はなされていない』という理由で差し戻されたんだ。俺が求めていたのは澪ちゃんなんだから、その後に入れ替わってやってきた星宿華に名前の修正や書類の再提出をさせるわけもないし。そんなこんなで、俺の経歴にもバツはつかずに、元から未婚状態の男だってことになっているわけだね」
そういえば、あの日の私は夢見心地だった。
頭の中もふわふわとしていて、注意力はかなり散漫になっていたと思う。
まさか「華」と書かずに、手癖で「澪」と書いてしまうほどだったとは思わなかったけれど。
「俺たちは独身の男女なんだから、倫理的な問題はないよね?」
私がこくりと頷くと、彼は心底嬉しそうに私の膝の上に頭をのせた。
そして、うんざりしたように「星宿華ね……」と呟くと――。
「この際だからついでに言うけどね、星宿華と結婚したのは俺の意思じゃないから。あの縁談を結んだのは、帝の末の皇子殿下なんだけどさ……」
曰く、皇子殿下が彼の留学していた国に来たときに、殿下の世話役を仰せつかったのだという。
その中で色々と話すうちに、結婚の話題が出てきた。
殿下に縁談の予定はないのかとあまりにも頻繁に尋ねられた彼は、だんだん面倒になり、ある日ずっと肌身離さず持っていた子どもの頃の私の似顔絵を見せた。
それで、祖国にいるはずの大人になったこの子と結婚する予定だと言ったところ――。
「これで結婚の話題を穏便に躱せるだろうと思ったのにさ、ありがた迷惑にも、帰国後の皇子が似顔絵の女の子が星宿華の幼少期に似ているということに気付いたらしいんだ。その後に俺が帰国したら、『留学先で世話になった感謝に、君の最愛の子との祝言の席を整えておいたよ』なんて言われるものだから本当に驚いたの何のって!」
祝言の日は、彼が帰国したまさにその日だったらしい。
彼は結婚相手が別人だろうと思い、皇子殿下に抗議に行こうとしたが、ふと思い直して先に祝言が開かれる予定だった烏夜家の屋敷に行った。
すると、そこにいたのは私だった。
驚いたが、それならばと、祝言と初夜を受け入れた。
だが翌朝には別人に入れ替わっていて、そこから背後で何が起こっていたかの調査が開始された。
「澪ちゃん以外抱く気はないから、星宿華には指一本触れていないのにさ。それなのに一度も抱いたことのない女が、身代わりを置いたくせに初夜で俺の子を妊娠したとか言い出すし。無駄な行動力を発揮して、こっちが澪ちゃんの居場所に辿り着くよりも一瞬先に刺客を放つし。もちろん、行動が遅れたのは俺の不手際でもあるけどさ……」
私のお腹を愛おしそうに撫でながらも、不安に揺れる眼差しで彼は私をじっと見つめて言った。
「自分のいないところで何かあったらと思うと心配で、もう一瞬たりとも離れたくない。ねえ、今日からこの屋敷で一緒に暮らさない?」
そして、私は彼にそんな顔をされて平常心でいられるほど強心臓ではなかった。
だから、私は笑みを浮かべて一つ大きく頷いたのだった。
全ての始まりは、上昇志向が強かった華さまが、菱刈公爵家の次男である裕二さまに近づいたことであるようだ。
二人は恋仲になり、やがて裕二さまは華さまとの結婚を父公爵に申し出た。
しかし、華族とはいえ男爵令嬢という身分は公爵家に釣り合わないと考えた公爵は、息子の願いを拒絶し、もしどうしても結婚すると言うなら家門から勘当すると言い放ったのだそうだ。
公爵は、そこまで言えば裕二さまは華さまを諦めると思ったという。
ところが裕二さまは、公爵の予想に反し、結婚を選んで勘当を受け入れた。
不幸だったのは、その結末が華さまにとって予想外だったことだ。
華さまは、裕二さまが公爵令息だったから好いた。
身分も財産も持っていると思ったから好いたのだ。
だが自分への愛のためとはいえ、彼は全てを失った。
その瞬間、彼に対する華さまの愛も冷めたのだ。
そんな時に星宿家に舞い込んだのが、烏夜家との縁談だった。
華さまはすぐに烏夜に乗り換え、その後のことは――。
「澪ちゃんも知っての通りだよ。その時にはすでに、星宿華は菱刈裕二と関係を持っていた。だから、俺との初夜に身代わりを立てる必要が出てきた」
そうして、私が身代わりの初夜を務めることになったわけだ。
「あーもう、まだ整理できていないことが多いから、しばらく事後処理は続くけど! それでも今日だけは完全にお休み! だから澪ちゃん、ちょっとここで休ませてもらっても良い?」
はるくんが指さしたのは、私の膝の上だ。
華さまたちに襲われたあの日から一週間ほど経った今日、私は烏夜家の屋敷に招かれている。
通された部屋は完全に人払いがされているし、私自身も膝枕をしてあげるのはやぶさかではない。
しかし、私は彼の願いを叶えることを躊躇ってしまった。
「どうしたの?」
「あの、これは倫理的にどうなのかな、って……。だって、とりあえず華さまが現時点での公爵夫人であることは確かでしょう?」
こうなった以上、離縁されるのではとは思うが、少なくとも現時点でその手続きが完了したとは聞いていない。
そう思っていたのに、彼はこともなげに「違うよ」と言い放ったのだ。
「だって、そもそも婚姻自体が成立していないからね。澪ちゃん、祝言の日に渡した書類を『星宿澪』の名前で書いていたことに気付いていた? 皇宮に提出した書類も、『星宿家に華という娘はいるが、澪という娘がいるという届け出はなされていない』という理由で差し戻されたんだ。俺が求めていたのは澪ちゃんなんだから、その後に入れ替わってやってきた星宿華に名前の修正や書類の再提出をさせるわけもないし。そんなこんなで、俺の経歴にもバツはつかずに、元から未婚状態の男だってことになっているわけだね」
そういえば、あの日の私は夢見心地だった。
頭の中もふわふわとしていて、注意力はかなり散漫になっていたと思う。
まさか「華」と書かずに、手癖で「澪」と書いてしまうほどだったとは思わなかったけれど。
「俺たちは独身の男女なんだから、倫理的な問題はないよね?」
私がこくりと頷くと、彼は心底嬉しそうに私の膝の上に頭をのせた。
そして、うんざりしたように「星宿華ね……」と呟くと――。
「この際だからついでに言うけどね、星宿華と結婚したのは俺の意思じゃないから。あの縁談を結んだのは、帝の末の皇子殿下なんだけどさ……」
曰く、皇子殿下が彼の留学していた国に来たときに、殿下の世話役を仰せつかったのだという。
その中で色々と話すうちに、結婚の話題が出てきた。
殿下に縁談の予定はないのかとあまりにも頻繁に尋ねられた彼は、だんだん面倒になり、ある日ずっと肌身離さず持っていた子どもの頃の私の似顔絵を見せた。
それで、祖国にいるはずの大人になったこの子と結婚する予定だと言ったところ――。
「これで結婚の話題を穏便に躱せるだろうと思ったのにさ、ありがた迷惑にも、帰国後の皇子が似顔絵の女の子が星宿華の幼少期に似ているということに気付いたらしいんだ。その後に俺が帰国したら、『留学先で世話になった感謝に、君の最愛の子との祝言の席を整えておいたよ』なんて言われるものだから本当に驚いたの何のって!」
祝言の日は、彼が帰国したまさにその日だったらしい。
彼は結婚相手が別人だろうと思い、皇子殿下に抗議に行こうとしたが、ふと思い直して先に祝言が開かれる予定だった烏夜家の屋敷に行った。
すると、そこにいたのは私だった。
驚いたが、それならばと、祝言と初夜を受け入れた。
だが翌朝には別人に入れ替わっていて、そこから背後で何が起こっていたかの調査が開始された。
「澪ちゃん以外抱く気はないから、星宿華には指一本触れていないのにさ。それなのに一度も抱いたことのない女が、身代わりを置いたくせに初夜で俺の子を妊娠したとか言い出すし。無駄な行動力を発揮して、こっちが澪ちゃんの居場所に辿り着くよりも一瞬先に刺客を放つし。もちろん、行動が遅れたのは俺の不手際でもあるけどさ……」
私のお腹を愛おしそうに撫でながらも、不安に揺れる眼差しで彼は私をじっと見つめて言った。
「自分のいないところで何かあったらと思うと心配で、もう一瞬たりとも離れたくない。ねえ、今日からこの屋敷で一緒に暮らさない?」
そして、私は彼にそんな顔をされて平常心でいられるほど強心臓ではなかった。
だから、私は笑みを浮かべて一つ大きく頷いたのだった。
