今日も晴れ。最近暑くなってはきたが、ここまでとは。昨日は今日の準備があって雨音と帰れなかったし…。
いや待て、なぜ一緒に帰る前提なんだろう?やっぱり俺がわかっていないだけで、俺の本能では俺があいつのことが好きってことなのだろうか?

そんなことはどうでもいい。
また、今日もあの演説を、しかも順番が最後なので、もっと緊張する時間にやらないといけなくなった。

今日は雨音が「遅れるけど、演説までには行けるから待っててね。」って言ってたし、俺一人でどうにかするしかない。まあ、雨音は昨日は応援してくれただけだけどな。

「それでは、次に平田相馬さんお願いします……」

司会の進行によってどんどん進んでいく。もう次が僕だ。
話すことは、ちゃんと考えてきている。みんなの印象に残るような、そんな演説をできるように徹夜で考えてきた。

「……ありがとうございました」

平田の演説が終わり、拍手が湧く。
いよいよ俺の番だ。
手のひらに汗がにじむ。

「では次に、一ノ瀬湊くん。お願いします」

マイクの前に立つ。
――雨音は、まだ来ていない。

昨日よりも人だかりは多い。
期待と好奇心の入り混じった視線が、まっすぐ俺を射抜いてくる。

(大丈夫だ。昨日よりは落ち着いてる……はず)

俺は深呼吸し、言葉を絞り出す。

「昨日もお話ししましたが……俺は、人前で話すのが得意じゃありません。でも、そんな俺でも、この学校の役に立てることがあると信じています。だから得意じゃないことでもやろうと思い、今ここに立っています。」

視線を前に向けると、聞いている生徒たちが、意外そうに、だけど面白そうに俺を見ていた。
少しでも伝わっているのだろうか。

「俺は――“当たり前のことを守れる人間”になりたいです。困っている人がいたら声をかける、ゴミが落ちていたら拾う、挨拶をする。小さなことだけど、そういう積み重ねで、学校の雰囲気は変わると思っています。」

言いながら、自分でも驚いた。
昨日と同じように自然に声が出ている。伝えたいことが、ちゃんと口から出てくる。

「もし役員になれたら、俺はみんなの声をきちんと聞いて、少しずつでも“居心地のいい学校”を作りたいです。」

――そのときだった。

校門の方から、駆け込んでくる人影があった。
肩で息をしている雨音だ。
目が合った瞬間、彼女は満面の笑みで小さくガッツポーズをしてみせた。

(……ちょっと遅かったけど、間に合ったんだな)

不思議と、胸の奥が温かくなった。
その勢いのまま、俺は最後の一言を加えた。

「――そして、そのために、俺は全力で頑張ります!」

言い終わった瞬間、拍手が一斉に広がった。
昨日よりも大きな拍手だ。俺は小さく頭を下げ、マイクを離れる。

人混みを抜けた先で、雨音が待っていた。

「お疲れ!めっちゃよかったよ!ほとんど聞いてなかったけど。」

「最後だけしか見てなくても、感想ありがとうよ。俺、ちゃんとできてた?」

「うん。すごく自然だった。昨日より全然安心して聞けた。最後だけだけどね。」

安心した瞬間、どっと疲れが押し寄せる。

「もう……二度とやりたくねぇ」

「ふふ、でも明日は体育館だよ」

「地獄はまだ続くのか……」

俺は項垂れながらも、なぜか少し誇らしい気持ちで昇降口を後にした。

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教室の隅、窓際の席で購買のパンをかじっていると、俊介が弁当箱をぶら下げてやってきた。

「お前、今日の演説……意外とよかったじゃん」

「“意外と”ってなんだよ」

「いや、俺の中ではてっきり声震えて“あ、あの、その……”で終わる未来図しかなかったんだけど」

「……そこまで信用ないのか、俺」

俊介はにやにやしながら卵焼きをつつく。

「でもさ、本当に印象残ったと思うよ。“当たり前のことを守る”ってさ。

あれ、妙に説得力あった。お前が言うからこそ響いたんじゃね?」

思わず口の中のパンを止めてしまう。

「いや、そんな大したこと言ったつもりは……」

「だからだって。背伸びしてない言葉って案外強いんだよ」

そう言われると、少しだけ胸が熱くなる。

(……意外と、悪くなかったのかもな)

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一方その頃。
中庭のベンチで、雨音と奈々子が並んで弁当を広げていた。

「で、間に合った?」

「うん! 最後ギリギリで飛び込んだの! そしたらね、湊くん、ちゃんと喋ってて……なんか感動しちゃった」

「へぇ〜。あんたがそこまで言うなんて、よっぽど良かったんだね」

奈々子はおにぎりを頬張りながら、雨音をじっと見る。

「……で? 好きなんでしょ、結局」

「ち、ちがっ……!」

「違わないでしょ。顔がにやけてるもん」

雨音は慌ててお茶を飲み込む。

「だって、普段自信なさそうなのに、人前で頑張ってる姿って……いいなって思っちゃうじゃん」

「ふーん。もう完全に沼ってるね」

「……否定できない」

奈々子は呆れたように笑いながら、弁当箱をとじた。

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放課後、俺は生徒会から呼ばれて雑用を手伝わされる羽目になった。
明日の体育館での演説のためだ。
書類を運んだり体育館に机を並べたりして、気づけばすっかり遅い時間。

帰ろうとして、昇降口へ向かうと、そこに雨音が立っていた。

「……なんでいるんだ?」

「待ってたんだよ。ひとりで帰るのも心配だし」

「わざわざ?」

「うん。だって、今日すごく頑張ってたんだから」

その笑顔に、体中の疲れが一瞬でほどけていく。

俺は無言で傘を広げ、彼女に差し出した。

「じゃ、行くか」

「ふふっ、うん」

夜の校門を抜けると、しとしと雨が降り出していた。朝はあんなに晴れていたのに。
傘の下、肩がまた少し触れる。
鼓動の音が、雨に混ざって聞こえなくなればいいのにと願いながら、俺たちは、帰って行った。