愛して、『る』に情熱を


 病室内は人いきれで熱い生命力に溢れていた。
「瑞奈」「ピッチでまたボール蹴ろうぜ」「俺たちがついてるからな」「バカ、晴翔がついてるだろ」「可愛くなったな」「色気が出てきた」「今、瑞奈が晴翔に『愛してる』って言ったら、晴翔は惚れ直すんじゃない」
 お見舞いへの礼節はあっても、病気に対する悲観は表立ってない。瑞奈もリラックスした顔つきで、チームメイトの冗談に耳を傾けている。
 東京に戻った俺がチームメイトに瑞奈の病気のことを伝えるや、その日のうちにどやどやと彼らが瑞奈の病室に押し寄せて来た。
「愛してる、そんにゃ歯の浮くセリフ、絶対に言わにゃいかりゃ」
 前に聞いたことのある言葉を瑞奈が言う。おおおーっと、やはり前と同じようなリアクションが周囲からあがる。
 笑い声、拍手の音、若者らしい熱気で病室内のムードが盛り上がっていた。瑞奈が大口を開けて笑う。本当に楽しそうだ。たとえ、口の開き方が少しぎこちなくても。鼻マスクから零れる息が昨日よりも苦しそうであっても。
 そんな矢先のことだった。
 ドアがノックされた。
「幸成じゃね。酒の調達から帰ってきた」「幸成がノックなんかするかよ」「幸成入れー」
 違う。
 俺は少しだけ緊張を覚える。今、ドアの向こうに立つ人は、きっとあの人だ。
 俺が呼んだ。皆には内緒で。
 本来ならば瑞奈がコンタクトするべきLINEのIDを、俺が利用させてもらった。そうして、その人が所属するチームに出向き、話をしてきた。
「どうぞ」
 俺がドアに向けて慎重な声をかけると、皆も何かを察したらしい。少なくとも幸成ではない、と。
 ドアがゆっくりと、躊躇いがちに開かれた。
「あ」
 瑞奈が誰よりも早く気付いた。
「川南ちゃん」
「お邪魔、します」
 川南澪の登場に、病室内の空気がピリッとした。当然だろう、川南は、来週俺たちが決勝で戦う相手チームのエースだ。
「ごめん、遠くまで」
 率先して川南に話しかける俺。この張り詰めた雰囲気を和らげたかった。
 しかし、そんな俺の気遣いは不要だった。
「川南ちゃーん」
 ぱっと顔を輝かせた瑞奈が、おいでおいでとぎこちなく手招きする。ここ数日で、腕をあげることも辛そうだったのに。
「瑞奈、聞いたよ」
 つかつかと川南が瑞奈のベッドに歩み寄っていく。自然と人の塊が割れ、川南が通る道が開けられた。
 川南から発せられるオーラに気圧されてしまう。声をかけた俺でさえ、こめかみに汗をにじませていた。ただ一人。瑞奈だけが嬉しそうに、近づいてくる川南に向けてゆっくりと両手を広げた。
 瑞奈の手を、川南はべちんと叩き落とした。
 病室内が瞬時に殺気立った。
 病室に川南を呼んだのは……間違っていたのだろうか。
「瑞奈、死んだら承知しないから!」
 川南が瑞奈の衿元をぐいと引っ張り上げる。
「おい」川南を瑞奈から引き離そうする俊介の肩を、拓真さんが掴んだ。
「え、ちょっと」困惑した俊介が拓真さんを振り返る。拓真さんは首を横に振った。
「だって」俊介が再度、瑞奈と川南を見やった。
「あ」俊介がピタリと動きを止めた。
 背をぶるぶると震わせている川南の吐きだす息が嗚咽まじりになっていた。いまにも慟哭する、その手前で彼女は持ちこたえていた。
「川南ちゃん、ごめんね。決勝は出らりゃれそうににゃい」
 パジャマの胸ぐらを掴まれているにもかかわらず、瑞奈は嬉しそうだった。
「そんなの許さないっ。許さないから!」
 吠えた川南が首を激しく振った。
「決勝で瑞奈に勝って、セレクションの時から感じ続けてきた引け目を……、どうして、どうして……勝ち逃げするの!」
 わああああっ、と絶叫しながら川南が瑞奈を抱き締める。
どこにも行かないで、そんな願いが込められているのが見ているこちらにも分かった。川南ちゃん力つよー、とおどける瑞奈の目にも涙が浮いている。
「あたしの負けだよ。コンディションを整えりゅのも勝負の一つだし。だから、良い状態で決勝を迎えりゅ川南ちゃんの勝ち」
「そんな屁理屈聞きたくない!」
 瑞奈の胸に顔を埋めた川南が、くぐもった声で叫ぶ。瑞奈を自分の手が届かない遠くには行かせない、そんな気持ちがひしひしと伝わってくる。
 だから、川南が口にした言葉に俺たちは度肝を抜かれた。
「瑞奈、これから一対一の勝負……しよ。勝ち逃げは許せない。不戦勝はもっと許せない。きちんとケリつける。わたしと瑞奈、どっちが上手いのか」
 ちょっと待て、瑞奈はそんなことができる体調じゃない!
 誰しもがそう思い、誰しもが川南を諭そうと、口を開けようと――
「川南ちゃん、最高。そうこにゃくっちゃ」
 瑞奈が愉快そうにへっへっへと声を漏らし、いそいそと床に足をおろした。
 嗜めるように俺は瑞奈に駆け寄った。「そんな状態じゃないだろ!」
「んにゃ?」
 瑞奈がすくっと立ち上がった。まるでALSの事なんて忘れたかのように。
「へ……? おまえなんでそんなにさくっと立てるんだよ」
 考えを巡らすように視線を泳がせた瑞奈が断言した。
「負けられにゃい戦いだからかにゃ」
 瑞奈が川南に向き直った。にいっと笑みを刻んで、
「一本勝負ね」
 立てた指は二本でピースをしていた。
 と――、
「うーす、酒買ってきたぞ、っと、あれ? 瑞奈が立ってる? げ、川南」
 買い物袋をパンパンに膨らませた幸成が、ぽっかり口を開け石のように固まっていた。

 病院を抜け出した俺達は、瑞奈の実家に近い運動公園へやって来た。
 傾きかけた陽ざしがゴールポストやサッカーボール、そして俺たちに長くて濃い影を投じていた。
 ベッドから瑞奈が消えたことによって、今ごろナースステーションは大騒ぎしているだろう。
「おまえ、本当に大丈夫か?」
 スパイクの紐を結ぶために瑞奈が屈む。練習前や試合前、幾度となく目にしてきた光景だが、違和感をおぼえてしまい、胸騒ぎをおさえることができない。瑞奈の背が、記憶にあるそれより小さかった。心なしか、瑞奈の影までもが薄く感じられた。
「瑞奈、やっぱ病院へ戻ろう」
「ばかもにょっ、このモブめ」
 紐を結びながら顔だけあげた瑞奈の顔を、はらりと落ちた髪が覆い隠した。
 立ち上がった瑞奈が、いつものように髪を背中で結わえる。
 両太ももの脇をぱんと叩いた瑞奈は「準備完了」と、足もとのボールをひょいっとリフトアップした。そうして肩や頭でリフティングをした後、上空へボールを蹴り上げた。
 ボールは鋭角な弧を描き、川南の足もとへと落ちる。
 表情を一切変えずにボールをぴたりとトラップした川南がルールを告げた。
「時間無制限一本勝負。先攻、後攻ともにゴールを決めたら、決着がつくまでサドンデスで繰り返す。ロングシュートは認めない。どれくらいの距離からのシュートをロングシュートとみなすかは良心に任せる。スライディングタックルあり。ピッチは片面のみを使用」
「おっけ~い」
 瑞奈がサムアップをして返した。
「晴翔」拓真さんが俺に耳打ちをする。「念のためタクシーを待機させている。瑞奈に見つからないように、ここから少しだけ離れた場所で」
「すみません」
「俺は正直、迷っている。瑞奈に本当にこんなことをさせてよいのか……」
 普段にはない弱気さを見せる拓真さんだったが、瑞奈を見つめる視線は熱かった。
「瑞奈のあのイキイキした顔を見てると、止められない。瑞奈のプレーを目に焼き付けろ。プレーに魔法がかかる瞬間はきっとおまえにしか分からない。その一瞬の輝きを、瑞奈はおまえに伝えたいんだよ。命をかけてでも」
「俺に……伝えたい」
 瑞奈と川南は先攻を決めるじゃんけんをしていた。どうやら川南が最初に攻め、瑞奈が守るようだ。
「瑞奈、行くよ」
 川南がボールを一旦、五メートルほど離れた瑞奈に向けて蹴る。
 瑞奈はワンタッチでボールを川南に返した。
 直後、瑞奈と川南の双方から猛々しい焔が立ち昇った気がした。瑞奈と川南の一対一、最後の一対一対決が始まったのだ。
 ボールを足裏で転がしながら川南が斜めに角度をつけて瑞奈に向かっていく。真正面から瑞奈に突入しても、フェイントでかわすことが難しいと判断したのだろう。
 川南との距離を瑞奈がすっと詰める。単に近づくのではなく、斜めに前進する川南の正面に廻りこむように身体を寄せていた。その時点で、瑞奈の重心はどちらにも傾いていない。川南が左右のどちらにフェイントをしても反応できる体勢を取っている。
「上手い」
 朔太郎が思わずというふうに呟いた。瑞奈は攻撃的な選手だが、守備に関しても、ディフェンダーの朔太郎を感心させるほどの技量がある。
 二人の間隔が一メートルを切った。
 川南がボールを止め、後ろ足を浮かせた。瑞奈を誘っている。
 瑞奈も足運びを止め、川南の足もとから胴回りを見下ろすように背筋を伸ばした。
 自分から先に足を出さないことが守備の鉄則だ。川南が仕掛けてくるのを瑞奈は待っている。
 刹那、空気が激しく揺れた。
 川南が動く。浮かせていた後ろ足でボールを前方左寄りに弾いた川南は、上半身を傾けて一気に瑞奈を抜き去ろうとした。
 目で追える限界のスピードに瑞奈は反応する。ボールを孤立させるように川南に対して身体を入れる。
〝取った〟
 誰しもがそう思った矢先、ボールが空中でその軌道を変えた。ボールに右回転がかかっている。ボールが右に逸れた。
 左へと体重を移動させていた瑞奈に対して、川南が右方向へと身体の舵を切る。
 交差した二人の身体が瞬時に入れ替わった。川南が瑞奈を抜く。右に曲がっていくボールを確保した川南がさらにスピードに乗る。瑞奈が追うも、ドリブルする川南を止めることはできなかった。川南が無人のゴールへ蹴り込む。
「ああっ、もう!」
 悔しそうに瑞奈が声を絞り出した。俺や拓真さんたちは声を失っている。
 ありえなかった。あれほどの急角度で曲がるボールをドリブルしながらフェイントする過程で蹴るなんて。プロの試合でも見たことがない。それを川南はやってのけた。身体の舵を切る足もとのステップワークもハンパないものだ。
「あんなの普通はできねえよ」
 幸成が鼻から息を吐きながら零した。
「だが、俺達は川南と戦う」
 拓真さんが皆の耳に届くぎりぎりの声量で言う。
「川南との対決方法を、瑞奈は俺達に見せてくれている。まさに命を賭して。俺達はそれを見届けなくてはいけないんだ」
 ゴールネットからボールを取ってきた瑞奈が、バスケの選手みたいに指先でボールをくるくると回す。寄り目になった瑞奈が無邪気に顔を綻ばせた。
「うわ。できちゃった。前まで全然できにゃかったのに」
 しかし、くるくる回っていたボールが回転しながら落下した。瑞奈の手が強ばるように、不自然に浮いている。
 ひょっとして、身体が……。駆け寄ろうとする俺を、瑞奈が制した。
「大丈夫! 大丈夫だかりゃ」
「でも、おまえ、いきなり身体が動かなくなったんじゃ」
 瑞奈は俺の言葉を背中で聞いたまま、落ちて転がったボールに近づき、ひょいとボールを足でリフトアップした。ボールがふわりと浮き瑞奈の頭上を跨ぐ。ボールが落ちる直前で、瑞奈がそのボールを踵でトラップした。
「凄ぇ……。踵でトラップなんて」
 プレーに見惚れるように、幸成が息を漏らした。
「ほりゃ、ちゃんと動く」
 瑞奈がけろりとした表情で俺を見返してきた。へっへっへと、笑むことも忘れずに。
「もしも、もしもだよ。あたしに何かあったりゃ」
 一度視線を落としてから、俺を見つめ直す瑞奈。瞳がぱっと光沢を帯びる。「あとは任せた。あたしがパスを繋ぐのは、繋ぎたいのは、晴翔くんだけ」
 すぐにくるりとターンした瑞奈が、川南に声をかけた。
「さあ、川南ちゃん。今度はあたしの番だよ」
 瑞奈がボールを川南に向けて蹴る。川南はボールの感触を確かめるように一度、足の腹でトラップしてから、ボールを瑞奈に戻した。
「川南がトラップするときのクッションもハンパねえな」
 間近で見たいのか幸成が一歩前へ出た。他のチームメイトも、瑞奈と川南のプレーに引き寄せられるように立ち位置を前進させる。
 瑞奈が突如として駆けだした。いきなり仕掛けてきたのだ。
 川南との距離はまだ三メートルほどもある。
 だが、瑞奈にとって、相手との距離は問題ではないのかもしれない。距離を無視できるほどのフェイントのアイディアが、瑞奈の頭の中にはぎゅうぎゅうにつまっている。
 川南と違い、瑞奈は川南にぶつからん大胆さで真っすぐボールを運ぶ。このように真正面から正対する場合、左右ともに同じだけのスペースがあるため、守る方にとっては攻め手がどちらにフェイントをしてくるのかが読みづらい。
 そのため、川南はバックステップを踏み、瑞奈の出方を待つ。
 瑞奈の前足がボールを素早く跨いだ。シザーズだ。
 普通ならば、ここで慌てた守り手は重心を崩壊させる。しかし、川南はその動きを予測していたのか、身体をブレさせずに腰を落としバランスを保っている。足をしっかりと曲げたまま、瑞奈の次なる動きへ対処する体勢を整えていた。落ち着きと、しっかり相手を見る動体視力が備わっていないと、こうはできない。
 対する瑞奈も冷静だった。
 食いつかない川南の動きを逆手に取るように、フェイントで左右に揺さぶることなく正面から川南に突っ込んでいく。バックステップをしていた川南が、その足を止めた。前進へと舵を切り、一気に間合いを詰める。ボールを刈り取るように、腰から瑞奈にぶつかろうとする。
 二人が交錯する瞬間、瑞奈がボールを前方に浮かせた。同時にくるりとその身を翻し、川南の脇を瑞奈はすり抜ける。
 勢いのままに瑞奈が前傾姿勢で駆け抜けようとした。
 だが、足が伸びた。
 先ほどまで地面で踏んばっていたはずの川南の軸足だった。
 馬鹿な。
 川南の体重移動は無重力の中で行っているみたいだ。足腰に強靭なバネがないと、踏ん張っていた軸足を咄嗟に動かすなんて、とてもじゃないができない。
 ――と、瑞奈が笑んだ……のは俺の気のせいか。
 ドリブルする瑞奈の前足が、ボールに触れずに空をかく。……ミス?
 そう思うや、後ろ足で瑞奈がボールを真横に叩いた。
 川南の股下をボールが通過する、股抜き――。
 かわしていく瑞奈の服を、ファール覚悟で川南が掴もうとするも、その手は空を掴んだ。
 ボールを確保した瑞奈のスピードが、ぐん、と増す。
 決着はついた――かに思われた……直後、ゴムの繊維が断ち切られたような反動で瑞奈の身体が吹っ飛んだ。
 川南のスライディングタックルがボールごと瑞奈の足を刈っていた。振り切ろうとする瑞奈に向けて、川南は体勢をすぐさまスライディングタックルに切り替えていたのだ。またもや、常人ではありえない重心の移動を川南が難なくこなしていた。
 ボールがタッチライン際へと転がっていく。
 まだラインを割っていなかった。
 俺はそのことを転びかけている瑞奈に伝えるべく口を開き、躊躇した。
 まだ続けるのか?
 もう……いいのではないのか?
 声をかけたら、瑞奈はまた力一杯にボールを追うだろう。
 身体がこれ以上もつはずがない。
 しかし、瑞奈は転びかけていた体勢を持ち直すや、再び駆け出した。
 瑞奈は、勝負を終わらせようとはしていない――
 ドラマはまだフィナーレを迎えていない。
 川南もダッシュしていた。走りながら肩を瑞奈にぶつける。瑞奈が歯を食いしばり、負けじと川南を押し返した。
 ボールは止まらずに転がっていく。
 瑞奈と川南は、お互い相手の動きを封じながら走る。川南の表情が歪んだ。瑞奈が目を険しくさせる。渾身の力をぶつけ合う二人。ボールが止まる。タッチラインのすぐ手前だ。瑞奈がバランスを失いかけた。川南がボールをラインの外へ蹴りだそうとする。
「情熱ぅうーっ!」
 傾いた身体を、瑞奈は自ら前方へと投げた。ダイヴ。
 目を疑うほどの虚をついた瑞奈の行動だった。瑞奈がそのまま前転する。その余勢をもってボールへと足を伸ばす。川南もボールに向けて足を出していた。両者の足が同時にボールを蹴った。
 二人からの圧迫から逃れるように、ボールがするりと上方へ弾け飛ぶ。
 ぎゅるぎゅるとボールが回転し、浮きながらピッチの内側へと向かっていく。瑞奈の勢いが勝ったのだ。
 瑞奈がすぐに立ち上がり、浮いたボールに向けて駆けだす。
 ボールが橙色に輝く夕陽を隠した。日食時のような暗がりに侵食される。すぐにボールから淡い光が零れてきた。
 ボールの落下点に、瑞奈がどんぴしゃのタイミングで走り込んでいた。
 しかし、川南も瑞奈の背中に食らいついていた。浮いたボールを瑞奈がボレーシュートに持ち込むタイミングを狙っていた。
 瑞奈が足を浮かせた。
 川南がシュートブロックのために、瑞奈の背後から足ごと身体を投げ出す。
 炸裂したボレーシュートは、ボールを地面に叩きつけた。……ミスキック? でも、瑞奈は動きを止めていない。どうしてか彼女が輝いた気がした。
 跳び込む川南の身体の下方を潜ったボールが、高く跳ね上がっていく。
 川南が吠える。
 瑞奈がバウンドしたボールへと、跳んだ。
 走り高跳びの背面跳びのようにくるりと空中で身体を回転させた瑞奈は、地面に背を向けたまま空中に浮くボールを右足で蹴った。オーバーヘッドキック。
 輝く流星の軌跡を描くように、ボールがゴールネットに突き刺さる――
 茜色と藍色のまだら空を揺さぶる歓声が俺たちからあがった。
 駆けだしていた、瑞奈のもとへと。
 背後からは、朔太郎や幸成、拓真さん、チームメイト達が追随する足音が聞こえる。
「瑞奈! 瑞奈!」
 声の限りに瑞奈の名を連呼する。嬉しかった。瑞奈の全力プレーをまた見ることができた。瑞奈を抱き締めたい。感情が昂り、興奮を抑え切れなかった。「瑞奈! 瑞奈ぁあっ!」
 しかし、瑞奈はピッチに背中から落ちたせいか、ぐったりと横たわっている。ぴくりとも動く気配がなかった。
 悪寒が体内を駆け抜けていく。
 黄昏の光は、もう、届いていなかった。
 帳が落ち始めた空。あっという間に闇が瑞奈を、俺たちを覆っていた。圧倒的な黒暮色があった。
 吸い込むほどに痛い。目にするほどに感情を萎えさせる。太刀打ちできない現実を突き付けてくる闇がそこにはあった。
 視界が斜めに割れた。耳が遠くなる。襟元を突風が吹き抜けていく。
 異変を察知した川南が瑞奈に向けて声をかける。耳鳴りが俺を襲う。今まで見せたことのない動揺を表情に浮かべた川南がこちらを向いた。忙しなく、怒鳴るように口を開閉させる川南。俺の耳はその声を知覚できない。足が地面を踏む感触もあやふやだった。視界がひび割れ亀裂がびしびし入っていく。
 横たわる瑞奈だけがくっきりと存在していた。