愛して、『る』に情熱を


 まだらに広がる雲が茜色に染まっていた。
 四月初旬のサッカーピッチにナイター照明が灯る。
 この春、大学に入学したばかりの俺は、受験勉強から解放された喜びの余韻を引き摺ったまま、大学認定サッカー同好会である優和大アルビリオンの練習ピッチにやって来た。
 優和大アルビリオンは大学のサッカー部ではない。
 そのため、大学選手権や大学リーグでしのぎを削るほどのレベルの選手は入ってこない。だが、全日本フットボール同好会の一部リーグに属しているため、監督はいないものの、それなりにサッカーを真面目にやりたいサッカー経験者が集まってくると聞いた。
 小学生の時からずっとサッカーをやってきた〝そこそこサッカーが上手い〟を自負する俺にとっては、丁度いい温度のチームに思えた。
 それでも少し緊張していた。
 初めて合流する大学生のサッカーチームに俺は溶け込むことができるだろうか。
 周囲のレベルは俺と比べてどうだろうか。
 自分が一番下手なのではないだろうか。
 挙げればきりがないほど、心配事が浮かび上がってくる。
 俺は、次々とピッチへと入ってくる同じ新入生と思しき人を、臆病になりながらも見定めようと眺める。と、その時。
 白いフレアスカート姿の女性がピッチに入ってきた。
 一瞬、目が合う。ドキリとした。
 胸のうちで熱いものがこみ上がりかけた自分に、俺は驚き、同時にその気持ちを抑えようと、女性から視線を外そうとした。
 それなのに、目が彼女を追うことを止められなかった。彼女がピッチ脇から中央寄りの方へと歩いてくる。
マネージャー……だろうか? でも、サッカーボールを手にして、スパイクを履いている。上級生を含めた周囲も、現れた彼女を見て、不思議そうな視線を向けていた。
その反応で、彼女が昔からこのチームに属しているわけではないことが分かる。
だとすると、俺と同じ、この春に入学したばかりの新入生だ。
彼女がボールを足先でちょんちょんとリフティングし始める。
 上手い。
たかがリフティング。されどリフティングだ。ボールがリズミカルに、正確に彼女の足先で跳ねる。
と、ミスタッチだろうか。彼女の足が一瞬ぎこちなくなった。
 実際、
「うわおっ」
 と、彼女が漏らす。足もとの地面に落ちたボールをひょいっと再度リフトアップする。
 そうして先ほどよりも優雅に、踊るようなリフティングをしだす。
「へいへい、へへいっ」
 おまけに変な声でリズムにも乗っていた。
彼女の動きが次第に大胆になっていく。足先だけではなく、腿やくるぶし、踵でボールを弾く。弾かれたボールはまるで生きているみたいだ。
ふと、彼女がリフティングを止めた。ひそやかに育てていた白い花の蕾が桃色に色づきほころぶ、そんなイメージが、ばくばくと高鳴る心音とともに浮かんできた。
彼女がぽーんとボールを蹴り上げた。ふわりと頭上よりもっと高くに達したボールが、ナイター照明の白い明かりに吸い込まれる。彼女がその場でくるりとターンをした。
「3、2、1」
 彼女がカウントダウンをした直後、ボールがナイターの明かりから零れ、煌めきの残滓を纏いながら芝に落ちた。バウンドするタイミングで、彼女がボールの上に足を置き、にいっと笑みを刻む。足裏での正確なトラップだった。
「誰か、パスしよー」
 周囲がざわついた。彼女はそんな雰囲気をものともせずに、再度、呼びかける。
「ねえ、誰か、一緒にボール蹴ろーよ」
 誰も応じない。皆、どう対応していいのか戸惑う素振りを見せていた。
 それなのに、
「パス!」
 理屈ではない感情が動き、俺は彼女へ向けて手を挙げていた。
 柔らかい風が吹いたその日、俺、岬晴翔と、彼女、結城瑞奈は、初めて出会い、パスを交わした。
 一年ちょっと前のことだ。