三
ガンコと再会した次の日、僕は昨日と同じカウンター席に座ってガンコと相対していた。彼女は目の前で僕が書いてきた履歴書に目を通している。
すんなり就職先が決まったと思った自分が、バカみたいだった。
あの後、すぐにガンコは面接を提案してきた。同じ職場で働く以上、今の僕の現状をより詳しく知るためにも形式的なことはしておきたいというのが彼女の意見だった。
「この大学って、確か茨木市にキャンパスがあったよね」
履歴書を見ながらガンコは訊いてくる。今日の彼女は白いブラウスにスキニーのジーンズ、スニーカーという服装だった。偶然にも僕の今の服装と被っている。そのことに僕は一人居心地の悪さを感じていたが、彼女にその様子は見られない。
「そう。よく知っているね」
「そりゃあね。新しい学部ができたよって、駅に垂れ幕を垂らして大きく宣伝しているし。なんならこの大学の名前が書かれたバスも駅前から出ているよね」
「学生の通学用バスだね。リニューアルされたから、僕が学生時代の頃とはデザインが違うけど」
大学時代の話をして、ふいになつかしさを感じた。今思えば、あの頃が最も時間に余裕のある時期だった。もっと勉強に打ち込んで色んな資格を取得しておけば良かったと、本当に思う。
「まぁ、僕はバイクで通学していたから、バスに乗ることは少なかったんだけどね」
「そうなの? あっ、本当だ。確かにバイクの免許が書かれている。なんかちょっと意外」
ガンコが僕の履歴書を指さしながら言った。
大人しそうとよく言われるこの外見のせいか、僕がバイクに乗っていることに驚く人は多かった。僕としてはそこまで特別なことではないのだが。
その時、咳払いをする声が店内に響く。
僕とガンコはほぼ同時にそちらに目をやった。リオンさんが鋭い目でこちらを睨みつけていた。思わず僕は身震いしてしまう。
「これって面接だろ。昨日と同じ、友達同士の会話になってきているぞ」
「そうだったね、ごめん」
肩をすくめてから、ガンコは僕に向き直った。そして姿勢を正す。途端に僕にも緊張が走った。
「じゃあ、改めて質問していくね」
「よろしくお願いします」
そこからは、本当に形式的な面接が始まった。どうして新卒でホテル職に就いたのか、なぜ医療機器のメンテナンスという、全く違う業種に転職したのか。コーヒーショップ ガンコに就職できたとして、どのように働いていきたいか。
僕もまた型どおりの回答をするしかなかった。ホテル職に就いたのは、あらゆる土地から来るお客さんと接することで、世の中にはどのような人々がいるのか、そういう見解を広げるためだった。医療機器のメンテナンスをする会社に入社したのも、一般の生活では滅多に触れることのない医療機器に関われるという点に魅力を感じたため。コーヒーショップ ガンコでは、自分もコーヒーが好きなので、仕事を通してコーヒーの知識を深め、お客さんが望む商品を瞬時に薦められるようになりたい、と。
僕が質問に答える間、ガンコは飲み込むように何度も頷いていた。リオンさんや千尋さんもこの面接の様子に満足しているのか、何か言ってくる様子は見られない。
このまま型にはまった形で面接は進んでいくのだろうか。僕がちょっと残念に思ったその時だった。
ガンコがキッチンに一瞬目を向ける。次に視線が戻ってきた時、口元が歪んでいた。目を細めるその様は、まさにこれから悪戯を行おうとする子供のようだ。
「ちなみに、達希くんがバイクに乗っているのってさ、特撮の影響だったりする」
あまりにも唐突な質問に、僕は戸惑って咄嗟に答えることができなかった。
「おい、頑奈」
リオンさんが呆れたと言わんばかりに首を振る。ガンコは頬を膨らませ「いいじゃん、別に」と不満そうに言った。
「硬い質問は一通りしたんだし、ここからは私が個人的に気になることを聞いてもさ」
「あのなぁ」
「それに、型どおりの面接質問より、個人的な友達としての質問の方が達希くんもリラックスしやすいだろうし、その人のなりとかがより見えて来るってものよ。ねぇ」
ガンコが首を傾げ、僕に同意を求めてきた。僕はどう答えればよいかわからず、オロオロと視線を泳がせるしかない。
そもそも、そういう質問の目的どうこうを、質問対称の前で話してよいのだろうか。
リオンさんは大きくため息を吐き「勝手にしろ」とぼやくように言った。ガンコは小さくガッツポーズを作ると、椅子に座り直す。
「じゃあ、さっきの質問に戻るね。達希くんがバイクに乗るのって、やっぱり特撮の影響なの?」
「ま、まぁ、そうかな。個人的に、自動車よりも小回りが利いて乗りやすいからっていうのもあるけど」
「ふぅん。もしかして、今でも観ている?」
「え? えっと、まぁ、観ています――」
答えながら僕は恥ずかしさを覚える。大人になったのにまだそんな子供番組を見ているのか、という意見を持つ人間は多くいる。だから普段は隠すとまでは言わないまでも、自分から特撮が好きだと言ったりはしない。
「やっぱり! 私も観ているよ」
「えっ!」
あまりにも予想外だったので、思わず僕は驚いて声を出してしまう。
「ガンコも観ているの?」
「うん。あれ、覚えてない? 私も昔から特撮が好きなこと」
そう言えば小学校時代、休憩時間や遊んでいる時にヒーローの話で盛り上がったことがある。当時も意外に感じたが、今も観ていることには驚くと同時に、特撮仲間に出会えたことに嬉しさを覚える。
「ヒーローってさ、やっぱりカッコいいよね。それだけじゃなくて、子供の頃とは違った楽しみ方があるというか、学ぶことが多いというか」
「そうなんだよ。特撮って人間ドラマにも力を入れているし、現実の社会にも通じるものがあるよね」
「そうそう。前の放送の時にもあったよね。人は正しいと思い込んでしまうと、どこまでも残酷になれるって」
三週間ほど前の話の終盤で出たセリフだ。正しさを何度も口にする主人公に対し、年上の仲間が諫めるために言った言葉。これは現代においては、SNS上での誹謗中傷などにも通じるものがある。
「そういうのがあるからさ、特撮って今観てもすごく面白いって感じるんだ。何て言うか、生き方について学べるっていうか。まぁこれはアメコミのヒーロー映画とかでも言えることだけど」
この言葉に関しては取り繕ったり恥ずかしさを誤魔化したりするために言っているのではない。僕がヒーローに触れ、いつも感じていることなのだ。今の僕の人間性があるのは、そうした特撮が大きく影響しているのは間違いない。
もっとも、僕はかっこよく振る舞うことなんてできないし、心が弱いのだが。
「じゃあ、そうしたヒーローが、今の達希くんに活力を与えてくれているんだね」
ガンコが、ふと優し気な笑顔を浮かべる。その顔は僕を温かく見守ってくれているようにも見えた。そんな彼女の顔を直視できず、僕は視線を床に向けてしまう。
「おっと、ちょっと脱線しちゃっていたかな」
おどけたようにガンコが言い、座り直した。そして咳払いをし、僕の履歴書をカウンターテーブルの上に置く。
「とりあえず、私からの質問はこれで以上。ここからは逆質問に移ります」
「逆、質問?」
僕は何度も瞬きをして訊き返した。ガンコは首を大きく縦に振り「そう、逆質問」と繰り返す。
しまったと、僕は内心焦った。逆質問について、事前に考えておくことを忘れていた。
仮にもこれは面接なのだ。それなのに相手が友達だからという理由で、完全に気が緩んでしまっていた。
どうしたものかと僕は必死で考える。かと言ってこのまま時間が過ぎていくのを待っても、ただただ気まずいだけだ。実際にはまだ数秒程度しか経っていないのだろうが、それでも間が空けばドンドン空気がまずくなる。
「えっと、どうしてガンコは、コーヒーショップを始めたの?」
我ながら、咄嗟に出た質問としては悪くなかったと思う。少なくとも不自然ではないはずだ。
ガンコは指を唇にあてながら少し考える素振りを見せた。そして「良い質問だね」と演技がかった表情で頷く。
「そうねぇ。簡単に言うと、私の夢だったから、かな」
「夢?」
「そう言えば達希くんにも話していなかったっけ」
また昔を懐かしむように、ガンコは窓の外を眺めた。白い日光に照らされた彼女は、先ほどよりも輝いて見える。僕は顔が熱くなるのを感じ、それを誤魔化すように姿勢を正す。
「私ね、昔から人を元気づけられるような、そんな人間になりたいって思っていたんだよね。でも成長して、社会に出て、仕事と時間に追われていく中でそのことを忘れちゃっていたの。でもね、ふとそのことを思い出して、またそういう人間になりたいって思ったんだ。それでね、じゃあ自分はどんなやり方で元気づければいいのかって考えたの。私の場合はさ、昔から何かを頑張ろうって言う時に、その前にコーヒーを飲む癖があったんだ。これってさ、コーヒーが元気を与えてくれているんじゃないかって、そう思ったの」
「それで、コーヒーショップを」
「そう。その時期に体調を崩して休職中だったからさ。会社には内緒で、ブラジルとかラオスとか、コーヒーを生産している国に何ヶ所か行ってコーヒー農家さんと交流したり、アメリカに戻ってきてからもコーヒーの歴史や美味しい淹れ方、後は店の経営方法とかの本を読んだりして、私なりに勉強したんだよね。で、前の会社に復帰してからもさ、休日のお昼に近所の間借りカフェで副業をして、経験も積んでいったわけ」
そこでガンコはいったん言葉を止めると、自身の店を見回した。
「で、そろそろ頃合いかなと思ったのが一年前」
「頃合いって、お店を開く?」
「そう。日本でのテナント探しとか商品づくりとか、開店に向けて動き出したの。昨日も話したけど、千尋は東京に引っ越してからの友達でね。大阪にいるって聞いて声をかけたら、オーケーしてくれたの。まぁ結婚して子供もいるから、家庭に支障が出ないようにだけど」
「そうなんだ」
僕は頷きながら千尋さんに目を向ける。僕の視線に気付いたのか、彼女はにこやかに手を振ってきた。
「えっと、それであちらの方が前の職場の同僚、なんだっけ?」
僕はリオンさんを指さした。彼がずっと不機嫌そうにしているので、名前で呼んでも良いのかどうかわからず、咄嗟に「あちらの方」などという言い回しになってしまう。
「あぁ、リオンね。うん、そうだよ」
何気ない顔でガンコは頷く。しかし僕としては、正直面白くなかった。
つまり僕よりもガンコとの付き合いは長く、最もガンコを近くで見ている男性、ということだ。そのことに気付いた瞬間、胸の奥がずっしりと重くなったような感覚に襲われる。一体これは何なのだろうか。
「それで、他に何か質問はある?」
ガンコが首を傾げて訊ねてきた。僕は今の心情を隠すように笑顔を浮かべると、静かに首を振った。
「そう。じゃあ、これで面接は終わり。ありがとうね」
ガンコがゆっくりと頭を下げる。僕も慌てて椅子の上でお辞儀をした。ついつい膝の上で拳を作り、強く握ってしまうのは、何社も受けてきた面接での癖だ。
「でね、やっぱり私は達希くんを採用したいと思う。二人もそれでいい?」
ガンコがキッチンに向けて声をかけた。千尋さんとリオンさんはほとんど同時に頷く。その反応を見て、僕は安堵のため息を吐いた。
もしも反対だと言われたらどうしようと、本当はずっと不安に思っていたのだ。
「じゃあいつからにしようか。私はいつでもいいし、日を置いてからにする?」
「いや、僕としては明日からでもオーケーだよ」
「マジで?」
ガンコがなぜか驚いた表情を見せる。僕は首を傾げ「うん」と答える。
「え、何かまずかった?」
「ううん。むしろ嬉しいというか、ありがたいというか、まぁそんな感じ。でも、今って言っちゃうと時間に余裕がある期間じゃん? だから旅行とかもうちょっとゆっくりするとか、そういうのがあったら良いのかなって思って」
ガンコの言葉に僕は納得し、何度も頷いた。つまり僕に気を遣ってくれていたというわけだ。
「ありがとう。でも大丈夫だよ」
「そう?」
「うん。いつまでもニートって恰好がつかないし、むしろ僕としては早く職に就けた方がありがたいんだよね」
何よりガンコと早く働きたいし――その思いだけは、言葉にせず飲み込むことにした。どうしてそのような思いが生まれるのか、自分でもよくわからないのだ。
僕の言葉に納得してくれたのか、ガンコが「わかった」と大きく頷く。
「じゃあ、予備のエプロンがあるから、明日渡すね。動きやすかったら服は何でも良いから」
「了解」
「あっ、でも肌の見せ過ぎとかはダメだからね。例えば上半身裸とか、パンツ一丁とか」
「僕を変態か何かだと思っている?」
僕は吹き出した。ガンコも釣られるように声を出して笑う。
嬉しかった。小学校時代の同級生と、こうして大人になっても笑い合えることが。
しかし刺すような視線を感じ、僕は笑顔を浮かべながらもそちらに目をやってみる。
リオンさんだ。彼が睨むように目を細めて僕を見つめている。その視線の意味は一体何なのか。
僕は気付かない振りをしながらも、何らかの波乱を予期せずにはいられなかった。
