太陽が学園の窓に差し込み、跳ね返った光が万華鏡のような美しさを醸し出している。
  
 今日は学園祭当日。学園内には生徒たちの作った出店が並び、大勢の人で賑わっていた。

 ………その中には、生徒の保護者…政府の重役も含まれている。

 私はじっと辺りを見渡した。今日はいろんな“音”や“匂い“に満ちている。

 この中から禁忌の薬の使用者を見つけるのは困難だ。

 「……ホーマ。ここから見つけるのは難しいと思う。俺が一応”匂い探知魔法“を巡らしたから、何かあったらそれが知らせてくれるだろう。」

 タレス先生が唸るように言った。昨日の結論が出た矢先、タレス先生に禁忌の薬のことを話した。
 それを聞いた先生は何か思い当たるところがあると言って、そこにトートとパラを向かわせた。

 ……私にはなにも言わなかったけれど。やっぱり魔法が使えないからだろうか?

 思わず視線を彼に向けたが、タレス先生は目もくれず腕を組み群衆を見つめていた。

 ……そういえば、トートもパラも黙っていたな。二人でコソコソしちゃってさ。
 悶々と心が暗くなる。今日の私はなんだか機嫌が悪かった。

 ここで私が魔法を使えたら、学園を爆発させたかも知れない……そんな自嘲に思わず唇が震えた。

 ………………所詮私はよそ者か。

 胸の奥がキリキリと痛む。

 仲間………と言われても、どこか遠い存在に感じてしまった。
 魔法を使えない私だけが、違う世界に置き去りにされているようだった。

 孤独がみぞおちに沈み込む。自然と体が縮こまり、目を逸らしてしまった。

 「おい、ホーマ!ちょっと見てくれ、あの人……。」
 突然タレス先生が声を上げる。私は振り向くと、そこには、ゆらゆらと揺れ動く集団があった。
 彼らは光が宿らない目で、何か求めるように唸っている。よだれを垂らしていて、自我を失ったようだった。彼らはどうやら倉庫に向かっているようだ。

 「あれって………………!」

 「禁忌の薬の使用者だ。くそう!もはや使われてしまった!行くぞホーマ!あいつらについていくんだ!」

 ………都合のいい時だけ。
 一瞬頭の中に、憎しみのこもった声が聞こえた。だがすぐ消えてなくなり、私は言われた通り彼らの後をつけていった。

☆*:.。. ……………………….。.:*☆

 彼らは一列に並んで、ゾンビのように手足をだらんと垂らして歩いていた。足取りはかなりゆったりしている。息を潜めて、彼らの後をつける。……わずかに化学薬品のような、苦くて鈍い匂いがした。
 
 彼らは倉庫に入っていく。途端、血色を変えたように倉庫中を荒らし出した。
 虫一匹寄せ付けない凄まじいもので、あまりの恐ろしさに思わず「ひっ……。」と短い悲鳴を上げてしまう。
 
 しばらくして、あたりを漁っていた長い髪を垂らした女が短い容器を取り出し、高々と上にあげた。それを合図に、みんな一斉に止まり、じろりと一点を凝視する。
 一声叫び、またパラパラと進み出した。今度は、私も追いつけないくらいの猛スピードで。

 「……待って、お願い止まって!」

 必死に叫んでみるが、誰も私の声なんか届かない。

 そのまま素通りされてしまう。

 息を吸うとともに、ゴボっという、濁った音が聞こえた。

 それでも私は必死に彼らを追いかける。……禁忌の薬ってこんなに強い効能があるものなの?

 思わず地面の石につまずいてしまう。

 膝に血がインクのようににじんだ。

 苦痛のあまり顔を上げると、そこで彼らは止まっている。

 ……こちらをじっと見つめて。
 心臓が大きな音を立てた。

 目がぴくぴくと動めいて、私も彼らを見つめ返した。

 彼らはどんどんこちらに迫っていき、長い手足を懸命に伸ばしている。

 ………………まるで、怪物みたいだ。

 地面をはいつくばって逃れようとするも、その抵抗虚しく、私の体はあっさりと引き上げられた。

 重さなんて彼らには感じないみたいに。

 「やめてっ!離してっ!」

 手を振り払うにも、それ以上の力で握り返される。

 彼らは私の手首を無理やり曲げて、何かを持たせた。

 ……さっき、あの女が見つけた瓶だ。もしかして、私に、飲ませるために……?

 いや。この人たちみたいになるのはいや。こんなっ……。誰かの言いなりになって動く、人形みたいになるのは、いや……。

 わめく私を躊躇せず、彼らは瓶を開けて、地面に液体を垂らした。

 もう一方は、マッチに火をつけ液体にそっと炎をおく。
 青白い炎が液体とともに溶け合った。一瞬……世界から全ての音が消えた気がした。……空気の音も木々のざわめきも人の声も、全て静寂に包み込まれる。

 ………え?

 次の瞬間、爆発音が鳴り響いて私の体を引きちぎった。

 パシャリ。
 ……その瞬間を誰かが撮っている音がした。

☆*:.。. ‥…………………………….。.:*☆

 …………私は、今どこにいるんだろう。

 さっきの爆発で、私は死んでしまったのだろうか。

 ……なんで、こうなったの?

 私、何を、やらされて………

 手を握り返すと、滑らかな人肌の感触がした。それとともに、思い出したように血流が一気に体を駆け巡る。

 ……生きて、る?

 目を恐る恐る開くと、ぼんやりとした光とともに、一つの顔が飛び込んできた。

 見知らぬ顔だ。でもどことなく……………私に似ている。

 夢を見ているのかな。この人は一体誰?

 「おい、しっかりしろよ!ここで死んじまれたら困るぜ!おい!」
 吊り目の女が必死に私に呼びかける。焦りと戸惑いで声が少し裏返っていた。

 「ん………」
 お腹に力を入れて、体を引き上げる。女はそれを見て嬉しそうに笑った。 
 まるで日向葵のような………痛いほどの光をまとう、笑顔だった。

 「お、目が覚めたな。助かったよ。」

 「あなたは?私は一体……。」

 「あたしはリュシア。お前はさっきの爆発で吹き飛ばされて倒れちまってたんだ。いやー、それにしても良かったよ。早急に手当てしたからかな。一歩遅かったら危なかったんだ。」

 「ありがとう、リュシア………。私の命を、助けてくれて。」
 
 誠意を込めて礼を言うと、リュシアは照れくさそうに、頭を掻いた。

 「全部私の手柄ってわけじゃないのさ。さっき、ライネルたちもここにいて、助けてくれたんだよ。あいつら、こういう時に頼りになるから。」

 「ライネルさん?あなたの仲間なのか?」

 「仲間っていうかさ…家族みたいなもんだよ。面倒くさいけど、やっぱり大事なやつらさ。」
 そう言ってリュシアはあぐらを書いた。口元は、家族のことを思ってほころんでいる。気を許せる家族がいるというのが、喉から手が出るほど羨ましかった。

 「ホーマーー!」
 どこからか、私の呼ぶ声がこだましてくる。
 リュシアはそれを合図に立ち上がった。短い黒髪が凛とゆれる。

 「お仲間かい?そろそろ邪魔するかな。……なんか困ったらあたしらのところにおいでよ。きっと、助けてあげる。……図書室で、待っているから。」

 リュシアはそう言い残し、この場を立ち去っていった。
 辺りには彼女の残した土煙が、ふわりと舞っていた。 有名人、と言う言葉だけがそこには残っていたのだった。

☆*:.。. …………………………。.:*☆

 群衆の荒波を駆け抜けて、トートが姿を現した。隣にはパラもいる。彼女は戸惑った顔で、整った弧を描く眉を曲げている。

 「ホーマ!?ねえこれどういうこと!?」
 トートの最初の言葉は、心配の言葉よりも先に、怒号だった。非難するように、グッとこちらを睨む。

 「トート……。」
 私はトートを呼び返す。いつもより、声が低くくぐもっている気がした。

 「さっき、あの映像……見たよ。あなたがあの爆発を引き起こしたなんて、本当なの?」

 「は?」

 パラの言っている意味がわからなくて、思わず聞き返す。私が爆発の主催者?私は無理やり、あのゾンビに巻き込まれて……。弁解の言葉が続かない。

 胸の中では、知らないはずの爆発映像により混乱と、周囲の疑いに対する怒りが混ざり合っていた。

 「まさか、本当にわからないの?ほら、見てよ、あのスクリーン!」

 トートが指差す先は、まさに地獄絵図、だった。
 スクリーンに写っているのは、私が火をつけて倉庫を爆発させている映像。私が確かに見た、ゾンビたちはどこにも……見当たらない。映っているのは、「私だけ」だった。
 それも、高らかに笑う私。

 こんなの私、知らない。

 嘘だと思いたい。でも誰もそのことを否定しない。トートやパラでさえも。

 「ホーマは悪魔の子!犯罪者!」

 「彼女は人殺し」

 「ホーマを成敗せよ……悪は倒されるべき」

 プロパガンダが頭の中に駆け巡り、言葉の嵐に飲まれていく。そこには、どこにも事実なんてなかった。

 本当のことをねじ伏せて、あるのは……ただの憎悪だけ。


 視界が揺らぎ、文字が霞のように歪んで、真実が掴めない。

 耳のすぐそばでは狩り人の雄叫が響き渡っていた。

 リュシアが言っていた有名人とは、こういうことだったのか……。
 へたりと地面に座り込む。

 もう立ち上がる元気もなかった。

 目の前の、信じていたはずの少女でさえ、私のことを悪だと決めつけて敵対している。

 「ねえ、ホーマ、なんとか言ってよ、私……信じていたのに。私たち、仲間だったよね?一緒にみんなを守るって………あなたもレジスタンスの味方だったの?ねえ!」

 信じたいのに、証拠がそれを許さない……。

 彼女たちの瞳が悲しげに揺らいでいた。

 ……私もあなたを信じていた。

 言葉にならない思いが喉元に引っ掛かる。 

 スクリーンの映像は冷たく燃えていて、倉庫が炎に包まれる様子は、まるで「事実」のように滑らかだった。

 私は唇を噛んだ。

 自分の知るはずのない映像。

 なぜあの場面だけを都合よく切り取っているの?


 何もわからず、項垂れると、トートはそれが答えだと言わんばかりに私を揺さぶった。

 ……ねえ、神様。

 どうしてこの世界に私の居場所はないの?
 ……なぜ私は人間に生まれたの?

 その問いが頭を回る。

 その時、わたしの頭にはリュシアの笑顔だけが浮かび上がっていた。
 ……彼女たちだけが、私の居場所で光だったから。
 
 空中をグッと睨みつける。塵が舞って目に飛び込み、涙が出る。

 まるで、お前の抵抗なんか無駄だとでも言うように。

 気持ちが、妙に高まる。荒い息遣いが胸を満たし、底のついた絶望で恐怖心など吹き去ってしまう。

 ……何も、贅沢なこと求めてないじゃないか。

 ただ、普通の生活を送って幸せを手に入れたいって……言ってるだけ。

 ……おかしいよ、こんな世界。

 誰かが、苦しみを受け入れるしかないなんて。

 弱いから? 仕方ないから? そんなの……全部、間違ってる。

 気づけば私の足は図書室へと向かっていた。

 そこだけが、私の最後の希望だったから。

 答えだと思ったから。

 ……もしかしたらリュシアも敵で、私を出し抜こうとしているのかもしれない。

 でも、それでいい。そうじゃないと私は立っていられない。

 彼女が何者かなんて、どうでもいい。

 ただ………生きるための、小さな希望が欲しいだけなんだ。

 カミール、こんな飼い主許してね。弱い私を許して。

 でもね、私強くなるから。居場所を見つけるから。

 私なりに踏ん張って。

☆*:.。. ……………………….。.:*☆

 涙と汗で顔をぐしゃぐしゃにしながら、ようやく木製の扉に近づくことができた。

 取手の重さを感じながらそっと扉を押し開ける。

 ゆっくりと、図書室の中を見回すと、そこにリュシアの姿はなく、普段とは別の、人の声もない薄暗い空気が図書室を覆っていた。

 ……ここでトートたちと出会い、力を合わせて友達になろうと言い合ったあの日……。
 あの時は心から信頼できる仲間ができたと思ったのに。
 
 けれど簡単な言葉で、すぐに私を見放すような……そんな人たちだったのだ。

 低く、込み上げる笑い声を漏らした。自分を嘲るためだけの、笑いだった。

 と……青白く眩いばかりの光が目に入る。

 それは、星屑の集まりのような光。

 まるでこちらを誘い込むように光り輝いている。

 「なんだろう?」

 恐る恐る、近づいてみる。
 期待と好奇で胸が揺らいだ。

 見るとその光は、奥の本棚の裏で輝いているようだ。

 「……ん?」

 奥の本棚の裏………………そこは“地下へと続く、大きな階段があった。

 階段は、青白い光を飲み込み、階段の白と厳かに溶け合っている。

 青白い光がそこへと吸い込まれ、どこか冷たくも厳かな空気を漂わせていた。

 まるで神々の監視をすり抜け、人間の営みへと足を踏み入れる境界のように。

 それでも私は迷わず進んだ。

 ここに私の居場所があると思った。 疑念を抱かずにただ一心に階段を駆け降りた。

 ……ここがレジスタンスの巣窟かもしれないと言うことも忘れたように。

 何もかも、捨て去って。

☆*:.。. ……………………… .。.:*☆

 陽気なチェンバロやバヤンの音が聞こえてきた。

 金属弦が木に響いて空間を満たし、バヤンの低いうなりがその旋律に絡みつく。

 次いで、男や女たちの手拍子や歌声が聞こえてくる。

 心の憂鬱さも吹き飛ぶような愉快な音だ。思わずにんまりして、自然とステップを踏んでしまう。

 ……ここは、別世界だろうか。

 階段を降りた先にはそう感じてしまう何かがあった。

 意外にも広さがあるそこは、老若男女様々な人たちが笑い合っている場所だった。

 みんなボロを着ているが、それすらも気にかけていないような感じだ。

 壁には多くの樽が寄りかかっていて、ほんのり酢の匂いがした。

 家具はそれほど多くなく、樽や木箱を机や台所代わりにして、人々は料理をしたり、酒を飲んだりしている。

 水は大きな樽の中に詰め込まれているようで、人々は大事そうにそれをすくいあげて飲んでいた。

 女たちの鮮やかに彩られたスカートが舞う。

 それをもてあそぶように、子供が母親のそばに寄ってじゃれていた。

 「おい、嬢ちゃん、見ない顔だな……。」

 私がただ立ち尽くしていると、腰を曲げた老爺が、疑わしげに私を睨み返した。

 顔には深くシワが刻まれており、青色の瞳は濁った色をしている。
 
 やがて、彼の問いかけに続くように中年の女が声を上げる。白髪混じりの茶髪が無造作にまとめられていて、体にはいくつもの切り傷があった。

 「お偉いさんが何しにきたんだい?
 バカにすんなら外でやりな!引きずり殺そうとしても、そうは行きませんからね。」

 彼女の声とともに、「そうだそうだ!」と深い賛同の声がパラパラ上がった。

 「あの、そうじゃないんです……。私、魔法使えない………ただの人間で……リュ、リュシアさんと言う人に呼ばれて、ここへ……。」

 雰囲気に気圧され、自信をなくしながらもはっきりと伝える。

 言うなり彼らはたちまち笑顔を取り戻した。

 さっきの憎しみの目の色は消え、代わりの歓迎と喜びの色が浮かんだ。

 誰かが奥に向かって叫ぶと人混みの中から、厳かに革靴が擦れる音がした。

 人々が見つめるその視線の先には………………
 さっき命を助けてくれた少女……リュシアがいた。

 「リュシア!」

 「さっきの嬢ちゃんかい?きてくれたのか!」

 リュシアが再開を喜ぶように手を広げる。

 思わず私はその手の中に飛び込んだ。暖かくて……甘い香りがした。

 「ん?おまえさん、すっかりボロボロじゃないか。
 あいつらに何かされたかい?
 少しずつでいい。すっかり話しておしまい。そしたらずっと楽になるから。」

 リュシアは優しく微笑み返した。

 夢の合間に差し込む光のような輝きを持ち、そのまま眠ってしまうような声だった。

 「……リュシア。あなた私の冤罪のこと知ってたの?」

 思わず率直に尋ねる。

 彼女の声はそれすら許してもらえるような柔らかさがあった。

 「いや、聞こうと思ったわけではないんだけどな。……あたしは、散歩でもしようと思って、外をほっつき歩いてたのさ。そしたら!」

 ここでリュシアは声を張る。誰かが口を出して、叫ぶように続きを言った。

 「哀れなこの嬢ちゃんを、神の奴らがすっかり悪者扱いしたんだってな!」

 「ベルシー、先に言うなよ。でもひどいと思わないか?何にも知らないくせに、べらべらと嘘こきやがってよ。」

 リュシアはそう言って唾を吐く真似をした。

 「嬢ちゃん、本当はおまえさんやってないんだろう?」

 「もちろん!あんなの嘘っぱちだ………。」

 弁明したくて、私は声を張る。

 「奴らはいつもそうさ!私ら人間をことごとく見下す……反吐が出るよ!自分が一番だって……そう思い込んでるのさ、きっと!」

 別の女が声を上げると、

 「そうだ!本当は神じゃなくて悪魔だ、あいつらなんか!」

 また別の女が怒鳴った。

 続いて、連鎖するように人々は高らかに叫び続ける。

 どこからか、チェンバロの、ころころした音色が響いてきた。

 「俺のお袋なんか、あいつらに一発さ!それはもう無惨な……血まみれで……可哀想に、お袋は最後まで恐怖で泣き叫んでいたよ!」

 「私もだ……父さんと兄は、ただそこにいたと言うだけで、締め殺された!」

 そして女は声を振るわす。全身からは怒りがこぼれ出していた。

 だが、さっきから私は彼らの言葉の意味がわからない。

 神たちは、とても差別的で、私たちを見下しているのは肌で感じていた。

 でも……惨殺?一体どう言うこと?

 手を汚さないよう人間は一人も殺さなかったんじゃないの?

 「え?神は………………人を殺さないんじゃないの?」

 戸惑いを隠せず呟く。

 みんなが言っていることと私が知っていることは全く違った。

 空気が凍りつき、みんなの視線が痛いほど刺さる。

 ある男は、哀れみを包み隠さず尋ねた。

 「嬢ちゃん、もしかして、神に育てられたのか?」

 「というか……エーテリス国立孤児院で13年間……。神は、人間は奴隷にはしたけれど、殺していないと。」

 「洗脳されちまってるんだ、可哀想に!奴らは奴隷なんざ可愛いことはしないさ……。もっとひどいんだ!」

 男はそれを聞くなり甲高く言った。

 「奴らはまず俺たちの住むところを奪った。唯一住めるところといったら……マンホールの中さ!」

 「そして、自由すら奪うんだ、抵抗したやつは奴隷に、そして!……目に入ったやつはいたぶって、拷問の末殺すのさ。」

 私の肌は一気に鳥肌立った。

 ……信じたくなかった。

 私が見てきた神とは本当はそうなのか?孤児院の養母も先生たちもトートやパラも……

 本当は裏で、私たちを殺していた?血の通う生き物として、見てすらいなかったのか?

 アレスターたちの行いは忌むべき者だし、決して許せることではない。

 でもそれは……まだ可愛い者だったのだろうか?

 「え……。」

 「憎いだろう、神が。お嬢ちゃん、何された。行って見てごらん。」

 扇動されるまま、口から素直な気持ちが溢れ出る。

 魔法が使えないと言うだけで、いじめられていたこと。友達だと思っていた子も、噂一つで簡単に裏切ったこと。

 そして……レジスタンスのことを追っていたと言うことも。

 隠すつもりだったことも、全て……不思議と話してしまう。

 彼らは終始笑顔で聴いていた。

 だが、その目にはわずかな曇りがあった。まるで心ここにあらずのような、冷たい目だった。

 私はそれすら気づかず、話し続ける。

 「それで、爆発する直前……ゾンビみたいな人たちに体を掴まれて……。」

 その時、わらわらと彼らが集まっていくことに気がついた。

 さっきの優しい笑みはもうなく、仮面が剥がれ落ちたように無機質な顔で私だけを見つめている。

 「どう、したの………………?」

 「そう……よく話してくれたね、ホーマ。……本当に、助かったよ。」

 リュシアの声からは、あの柔らかさは跡形もなかった。

 優しさがうそだと思えるような、絶望感を感じる。

 さっき感じた目の違和感、気のせいじゃなかったの……?

 「なぜ、名前を知っているの?私、名前を名乗ってなんか……。」

 「知っていて当然だろう?おまえが言ったその事件の全て……爆発のことすら、我らレジスタンスが仕組んだのだから。」

 そう言ってリュシアは薄く笑う。人々は私に迫り来り、私の体を縛り始めた。

 「え、ちょっと……。」

 「安心しろ。おまえの悩み事は全てなくなるだろう………。今日、この学校に毒を撒く。そして最後には爆発させる。…………神に思い知らせてやる。我らの苦しみを。」

 大きく目を見開きリュシアは言った。復讐の火が目に微かに灯っている。

 その時初めて……私は彼らからも裏切られ、利用されていたことを知った。

 唖然とする。

 私は誰とも交じわえない……。

 その事実だけが煌々と突きつけられた。

 「私はどうなるの……。」

 「ふふふ。すまないホーマ。君はここでおさらばさ。指でも加えて悲鳴でも聞いてな。
 君は“灰の少女”……門を開くためには必要な犠牲なのだ。」

 そう言い残しリュシアは背を向けて、地下の扉へと歩いていく。他の人たちもそれに続き、私は一人残された。

 灰の少女……その言葉だけが、煤けた空気の中で鈍く突き刺さっていた。

 私、本当は何物なの?

 初めて本当の世界を見た気がして、驚きと不安が揺れ動いていた。


 
 「革命の火は灯された。」

 勇足の軍団の中で誰かが密かにこう呟いた。




 後ろで門が低く唸る音がした。

 神の門は少女に、開かれた。