まずい、囲まれた。
無言の先生たちが、指示通りに動く機会人形のように迫ってくる。
このまま、私たちはどうなるんだろうか。
レジスタンスに明け渡されて、殺されてしまうんだろうか。
そもそも、彼ら……先生たちやヘレナの目的はなんなのか。
タレス先生は何を伝えたかったのだろうか。
疑問が頭の中で渦を巻き、恐怖が体を縛りつける。
カミールの吠え声はますます鋭さを増していた。
カミール。お願い、早く逃げて。
レジスタンスにもし捕まれば……殺されるかもしれない。
ゾッと体が巻き上がる。
彼女が死んでしまうなんて、自分の一部を失うようなものだ。
自分が死ぬより、何倍も恐ろしい。
その時、金剛の淡い光が私たちを包み込んだ。
体がふわりと宙に浮き、手足の感覚が空気に溶けていく。
「!?」
何が起こった?
急いで二人の方を見ると、パラが手を合わせて何か呪文を唱えていた。彼女の艶やかな黒髪が、風と共に揺らいで光を反射している。
……そういえば、パラは加護魔法が得意と言っていたな。
これは彼女の力だったのか。
心が軽くなり、内側から力が沸いてきた。
心地よい朝の空気と微かな花の香りが私を少しずつ現実に戻す。
パラが祈祷の声を強めると、さらに体が高く舞い上がった。
ヘレナたちが点のように見え、怒鳴り声さえも、遠くの囁きに変わる。
やがて私たちは、外へと光に流されていった。
日差しが目を刺し、眩しさのあまり目をつぶる。
カミールが慌てて追いかけ、後から、ヘレナたちが階段を上る音が聞こえる。
もう、雲が手に届きそうだ。
「すごい、すごいよ。私、こんな高さまで飛んだことない!」
トートがはしゃいでいう。パラも少し祈祷を緩め、こちらににっこり微笑んだ。
「どこまで行くの?もう、ヘレナたちは巻いたと思うけど。」
私がそう尋ねると、パラは天を仰いでいった。
「もう少し高く飛んで、しばらくして寮に行くわ。完全に見失わせるために。」
「寮に戻っても、どのみち捕まっちゃうんじゃないの?」
「大丈夫。そこには、レジスタンス派よりも権力を持つ“神統治派”の先生がたくさんいるの。彼らの目がある限り、目立った行動はできないわ。」
私は納得してうなずいた。
この学校では先生の中でも序列が激しい。
いくら優れたものでも、その流れに逆らうことはできない。
光はやがて窓へと流れ込み、私たちを寮へと導いた。
床に降り注ぐ光の筋が、私たちを柔らかく押し上げるように感じる。
尻尾を振ってカミールが待っていた。鼻を鳴らし、全身から喜びが溢れでている。
体を撫でると、一気に現実に戻されたような、安堵感が突き抜けた。
手に取ったハーブティーは、ほんのり暖かくて、吹き抜ける華やかな香りは、私の心を丸々温めるようだった。
しかし、その時間も長くは続かない。
現実は扉を押して、小波のように押し寄せてきたのだった。
………………タレス先生が,この部屋にきたのだから。
☆*:.。. ……………………….。.:*☆
「すまん!あいつらを呼んだのは、俺だっ!」
開口一番、タレス先生は謝罪と自白を口にした。
「……ど、どういうこと,ですか‥?」
恐る恐る、トートが尋ねる。タレス先生は、大きな目ん玉を左上へと押しやって答えた。
「まず、俺は過激なレジスタンス派ではない。君たちを捕まえてどうこうしようというつもりが毛頭ない。だが、一番伝えたかったのはそれじゃないのだ。」
深く息を吸う。
「……他の先生たちは魔法ではない何かで操られていたんだ。
多分、何らかの強い神の力だと思う。」
「「「え!?」」」」
あの時、むせるほど充満した花の香りが蘇る。
あれが、強い神の力……?
光を持たず、神でさえ意志を揺さぶる危険な力。
その予感に、胸がざわりと触れた。
「それって、なんですか?」
「わからない。危険なものは確かだ。問題は、誰がやったか、だ。」
太い指を額に押し当て,タレス先生は考えこむ。
一人で仮説を立てるように、静かに眉を寄せていた。
「俺はその場にいなかった。ただ、彼らの後をついてきただけだったから、被害に遭わずに済んだのだ。
二年生のミス・ヴィルシーが高度に操れるとは考えにくいし。
うーん。」
居ても立っても居られず、トートが声を上げた。目は輝いており、とてもじゃないが止められそうにない。
「……ねえ、二人とも。誰がやったか調べてみよう。目星はついているの。照明器具を調べてみよう。」
「え……でも。それよりやることがあるんじゃ……。ほら、あの本を調べるとかさ。」
ためらいがちに言うと、トートはきっと睨み返した。
「何で?調べたほうが絶対早いって!私に任せて!」
「………………。」
思わず怯んでしまう。 喉の奥がぎゅっと縮んで、首元が絞められたように違和感が肌についた。
……だめだ。これ以上自分の意見を押し通せば。
きっと、また馬鹿にされるだろう。
鼻で笑うアレスターたちの顔、声音。
ぴたりと心を閉じて、私は頷いた。
「おい、トート。無理するなよ。だが、いい考えかもしれないな。
じゃ、俺は君たちを支えるよ。
レジスタンスを、止めよう、みんなで。」
「いいわね。ホーマも、きっとその方がいいわよ?ね。」
パラも先生もトートの味方だ。
そっぽを向き、誰も私に気づいていないみたいだ。
多数の意見に、私は屈している。
……思えばこの頃だったのだ。
物語の“第二の歯車”が、ようやく動き出したのは。
不吉な予感で、肌が軋んだ。
☆*:.。. ………………………….。.:*☆
「いよいよ、学園祭まで1ヶ月!君たち中等部二年生には、学園祭に使う器具の準備、そしていよいよお楽しみ、クラス対抗の劇をやってもらう!」
担任のその一言は、教室の空気を弾けさせた。
机に突っ伏していた数人が顔を上げ、歓声を上げる。
朝のけだるさは、みんな一瞬でどこかに吹き飛んだ………
……私を除いて。
昨日のことが、ぼんやりと思い浮かぶ。
先生たちが何かで操られたこと。
学校祭にも影響があるかもしれないこと。
それをトートが調査すると言い出したこと。
「仕掛けるとしたら、照明係。みんなでこれを調べましょう。」
力強いトートの声がふと蘇る。
物思いにふけっていると、担任が「係決めするぞー。希望のところに名前をかけ!5組と合同だからな!」と指示を出した。
言われた通り、照明係 の欄にHoma,と濃い筆圧で書く。
……空回りしている気がする。そう思ったけれど、私は名前を書いてしまった。
次に照明係に書かれたのは……Helena・Vircy………………ヘレナの名前。
席に帰る時、ヘレナが私をみて,微かに微笑んだ気がした。
何一つ感情のない、“嘘の笑み”
……口角こそ上がっているが、瞳の奥は何かを隠すように、冷たく凍てついている。
私たちを邪魔するつもりなんだろう。
余計に気が滅入る。
視線を逸らすと、ヘレナはいつものように、赤毛をくるくるといじっていた。
まるで何もなかったかのように。胸の奥が少しざわめいた。
☆*:.。. ……………………….。.:*☆
「いよいよね。早速明日から調査を始めましょう♪」
トートがはっちゃける。それをパラが、冷静に制した。
「遊びではないし、私たちがこの係を選んだのは調査のため、でしょ。照明なんて、操り魔法の典型的なパターンだもの。何かわかるかもしれないわ。」
「……ヘレナも一緒だよ。調べられないと思う。」
「確かにね……でも、ある意味いいチャンスよ。」
トートが言った言葉に、私は首を傾ける。
「どういうこと?」
「相手が私たちの動向を探る代わり、私たちもヘレナの動向を探れるかもしれないってこと。相手が隠すつもりでも、一緒に作業する折、必ずボロが出るわ。それを私たちは、掴むのよ。」
「ハイリスクローリターンね……。」
パラが静かにため息をつく。
確かにそうだ。
何度も彼女の“嘘”をみてきた私なら断言できる。
私以外の人に見せる好意的な姿…ヘレナは感情を装う天才だ。
聡明なトートですら勝てるはずがない。
……これで本当にいいのだろうか。
脳内で、殴り書きされたインクや壁画が霞む。
見るたび、心が揺れるような、懐かしい何かを思う出すような……。
ねえ、やっぱり私、あのインクについて調べてみる。
言葉は喉元まで出かかっていたのに、理性と恐怖心が私の言葉を堰き止めていた。
二人は楽しげに何やら話し込んでいたが、聞く元気もなかった。
☆*:.。. …………….。.:*☆
「始めるぞ!係ごとに集まれ!」
軍手をはめた学年主任が声を張る。
ぎゅうぎゅう詰めの体育館に、日がことある隙間から飛び出していて、眩しかった。
私は手を振っているトートたちの元へ行く。
今日のトートはいつにも増して、目が煮えたぎっていた。
おちゃらけた顔はなく、何かを探しているようだ。
ゾロゾロと生徒たちが集まってきて、あちらこちらに固まった。
ヘレナもこっちに向かってくる。
照明係は私たち含め、四人。
ヘレナと対人戦だ。
続いて、照明係担当の先生もやってくる。くすんだ金髪に灰色の目、厳しいことで有名な、呪文学のヘルメス先生だ。
彼は反レジスタンス派。ヘレナの抑止力になるといいけど……と思う。
「ぼーっとしてないで、とっとと動け!器具を倉庫からもってこい!」
パンパン、とヘルメス先生が手を叩いて急かす。慌てて返事をして、私たちは倉庫へと走り出した。
「倉庫…物を探れるいいチャンスよ!」とトートの口が動く。
「あんたたちの期待……全部打ち砕いてやるから。」
ヘレナも冷たい声で言い返した。
倉庫の煙が黙々と空を覆って、雲すら見えなくなっていた。
☆*:.。. ………………….。.:*☆
倉庫内は、重苦しく、湿った空気が漂っていた。
トートは物探しのふりをして壁を探り、ヘレナはその動きを監視。
絶対に逃すまいと、赤い瞳から殺気が漏れ出ていた。
張り詰めた空気の中、私はそっと、照明器具を取り出す。
照明器具は全部で5台。
私くらいの歳の女の子でも容易に持ち出せる、軽量なものだ。
強い魔力が込められているので、それでも十分、広いステージを照らせる。
………この中のどれかを探ればいいの?
到底何か工作されているとは思えない。
トートに視線をやる。彼女は「照明器具の機動線、どこかなー。」と、安易に見破れるような嘘をつき、あたりを歩いていた。
「ん?これって………。」
突然ピタッと、トートが止まった。
彼女がめくった「倉庫は綺麗に使おう。」のポスターの裏に、カタコンベ書庫の時のような筆体でまた何か書かれている。
今度は真新しくて、トートの指の先にインクがこぼれついていた。
「神の門は少女に開かれる……。」
トートが読み上げた瞬間、ヘレナの顔色がぱっと変わった。
早足でトートに迫る様子に、明らかに動揺が見え隠れている。
力強く彼女の腕を掴み、手をかざす。
右手の小指が微かに震えており、手汗が滴り落ちていた。
赤く光る瞳の奥に浮かんだのは、怒りよりも………恐怖に近い色だった。
彼女は“その文字”を見ないように視線を泳がしていた。
強い違和感が残る。
なぜ、こんなにも動揺しているのだろう。そもそも何で彼女はレジスタンス側についたのだろう。
あなたは………………魔法が使えない人間のことをあしらっていた筈なのに。
言葉にならない疑問を抱え、私はただ茫然とする。
「………お前は知りすぎた。二度と文字が読めなくしてやろうか?」
薄くヘレナは笑って、呪文を唱える。
どこか声も震えていて、歪んだ笑みをしていた。
トートも手を振り解き、防衛体制に入った。パチパチと青い光線が互いの首筋にまで飛び交う。
「コーテリ……」
「おい、お前たち!遅いぞ、何やっている!さっさと準備しろ!」
ヘレナが呪文を唱えようとした瞬間、ヘルメス先生の怒号が聞こえて、みんな我に帰った。
ナイスタイミングだ。
途端にヘレナは優等生モードに切り替え、慌てて照明器具を持ち出した。
私たちもそれに続いて、物理的には同じ動きに戻るが、心の距離はまだ埋まらない。
「事はきっとすぐ来る……あんたたちの顔が恐怖で歪むのが楽しみね。」
負け惜しみのようにヘレナは言って、倉庫を出て行った。
それを見やるように、照明器具は怪しく光り輝いていた。
誰かが塗ったような、紅月の赤だった。
☆*:.。. …………….。.:*☆
体育館では大勢の生徒があちらこちらに忙しなく動いていて、身動きをするのも困難だったほどだった。
ヘレナはヘルメス先生に呼ばれて、別の部屋の照明器具の設置に向かっている。
きっとしばらく帰ってこないだろう。
私たちはそれをいいことに、照明をペタペタと触って、徹底的に調べていた。
「怪しいものは何もなかったよ。」
「こっちも。魔力が反応しないわ。私魔力探知は得意なんだけれどね。」
パラも首をすくめる。
………………そろそろ言わなきゃ。
ウジウジしてたって何も進まない、よね……。
「ねえ、あのさ、やっぱり………。」
口を開きかけた時だ。
見なければよかった、と思う状況に遭遇してしまった。
「……ねえ、あれって例の計画の一部に使えるかも。」
「うん、この案、これで生きるかもね。」
私が物思いに耽る隙、二人は耳を当てて何やら喋っているのだ。
私に隠れて何やっているんだろう。
計画?私を抜いて?
その瞬間、心の中で、ぱりんと、音を立てて何かが割れた。
心に黒い影が忍び寄った気がして、息が浅くなる。
3人で同じ空間にいるのに、再び私はフィルムに押し込められて、二人の声が遠くから響いているみたいだった。
二人と出会う前より、フィルムの奥はずっと暗くて、虚しさだけが空っぽの空間に詰まっている。
しばらくして、トートが我に帰ったように言った。
「あ、ごめんごめん、ホーマ。続けようか。
軽く受け流してトートは照明器具を整える。
私より、その“大事なこと”の方が大切なのかな。
心が澱む。
彼女たちとは置いていかれている気がするけれど……
私は私で進まなきゃいけないのかもしれない。
迷っている暇なんて、ないのだから。
頑張らないと。
そうして、みんなで急ぐように、照明器具を整え始めた。
近くで羽虫が飛んでいた。微かな羽音が背中をぞくりと這わせる。
影は小さく揺れ、呼吸の音も聞こえない。
気づかないまま通り過ぎる私たちの背後で、視線はぴたりと絡みつき、粘りつくようにじっと動かない。
まるで生き物ではないように。………誰かに“見られていた”かのように。
……ジリ。ジリ。
モニターを映る映像を見て、一人の男は満足げな笑みを浮かべる。
「………扉の鍵はやはり彼女か。」
男の手に小型カメラが寄り付いてくる。それを男は、花をもぎ取るように男は無造作に握りつぶした。
「時は満ちた。門は、もうすぐ開かれる。」
男はそう言って、闇の中に姿を消す。
地下の回廊には、どこからか青白い光が差し込んでいた。
それは、何かをしらせるように、ゆらゆらと揺れ動いていた。
“門” の鼓動のようだった。
無言の先生たちが、指示通りに動く機会人形のように迫ってくる。
このまま、私たちはどうなるんだろうか。
レジスタンスに明け渡されて、殺されてしまうんだろうか。
そもそも、彼ら……先生たちやヘレナの目的はなんなのか。
タレス先生は何を伝えたかったのだろうか。
疑問が頭の中で渦を巻き、恐怖が体を縛りつける。
カミールの吠え声はますます鋭さを増していた。
カミール。お願い、早く逃げて。
レジスタンスにもし捕まれば……殺されるかもしれない。
ゾッと体が巻き上がる。
彼女が死んでしまうなんて、自分の一部を失うようなものだ。
自分が死ぬより、何倍も恐ろしい。
その時、金剛の淡い光が私たちを包み込んだ。
体がふわりと宙に浮き、手足の感覚が空気に溶けていく。
「!?」
何が起こった?
急いで二人の方を見ると、パラが手を合わせて何か呪文を唱えていた。彼女の艶やかな黒髪が、風と共に揺らいで光を反射している。
……そういえば、パラは加護魔法が得意と言っていたな。
これは彼女の力だったのか。
心が軽くなり、内側から力が沸いてきた。
心地よい朝の空気と微かな花の香りが私を少しずつ現実に戻す。
パラが祈祷の声を強めると、さらに体が高く舞い上がった。
ヘレナたちが点のように見え、怒鳴り声さえも、遠くの囁きに変わる。
やがて私たちは、外へと光に流されていった。
日差しが目を刺し、眩しさのあまり目をつぶる。
カミールが慌てて追いかけ、後から、ヘレナたちが階段を上る音が聞こえる。
もう、雲が手に届きそうだ。
「すごい、すごいよ。私、こんな高さまで飛んだことない!」
トートがはしゃいでいう。パラも少し祈祷を緩め、こちらににっこり微笑んだ。
「どこまで行くの?もう、ヘレナたちは巻いたと思うけど。」
私がそう尋ねると、パラは天を仰いでいった。
「もう少し高く飛んで、しばらくして寮に行くわ。完全に見失わせるために。」
「寮に戻っても、どのみち捕まっちゃうんじゃないの?」
「大丈夫。そこには、レジスタンス派よりも権力を持つ“神統治派”の先生がたくさんいるの。彼らの目がある限り、目立った行動はできないわ。」
私は納得してうなずいた。
この学校では先生の中でも序列が激しい。
いくら優れたものでも、その流れに逆らうことはできない。
光はやがて窓へと流れ込み、私たちを寮へと導いた。
床に降り注ぐ光の筋が、私たちを柔らかく押し上げるように感じる。
尻尾を振ってカミールが待っていた。鼻を鳴らし、全身から喜びが溢れでている。
体を撫でると、一気に現実に戻されたような、安堵感が突き抜けた。
手に取ったハーブティーは、ほんのり暖かくて、吹き抜ける華やかな香りは、私の心を丸々温めるようだった。
しかし、その時間も長くは続かない。
現実は扉を押して、小波のように押し寄せてきたのだった。
………………タレス先生が,この部屋にきたのだから。
☆*:.。. ……………………….。.:*☆
「すまん!あいつらを呼んだのは、俺だっ!」
開口一番、タレス先生は謝罪と自白を口にした。
「……ど、どういうこと,ですか‥?」
恐る恐る、トートが尋ねる。タレス先生は、大きな目ん玉を左上へと押しやって答えた。
「まず、俺は過激なレジスタンス派ではない。君たちを捕まえてどうこうしようというつもりが毛頭ない。だが、一番伝えたかったのはそれじゃないのだ。」
深く息を吸う。
「……他の先生たちは魔法ではない何かで操られていたんだ。
多分、何らかの強い神の力だと思う。」
「「「え!?」」」」
あの時、むせるほど充満した花の香りが蘇る。
あれが、強い神の力……?
光を持たず、神でさえ意志を揺さぶる危険な力。
その予感に、胸がざわりと触れた。
「それって、なんですか?」
「わからない。危険なものは確かだ。問題は、誰がやったか、だ。」
太い指を額に押し当て,タレス先生は考えこむ。
一人で仮説を立てるように、静かに眉を寄せていた。
「俺はその場にいなかった。ただ、彼らの後をついてきただけだったから、被害に遭わずに済んだのだ。
二年生のミス・ヴィルシーが高度に操れるとは考えにくいし。
うーん。」
居ても立っても居られず、トートが声を上げた。目は輝いており、とてもじゃないが止められそうにない。
「……ねえ、二人とも。誰がやったか調べてみよう。目星はついているの。照明器具を調べてみよう。」
「え……でも。それよりやることがあるんじゃ……。ほら、あの本を調べるとかさ。」
ためらいがちに言うと、トートはきっと睨み返した。
「何で?調べたほうが絶対早いって!私に任せて!」
「………………。」
思わず怯んでしまう。 喉の奥がぎゅっと縮んで、首元が絞められたように違和感が肌についた。
……だめだ。これ以上自分の意見を押し通せば。
きっと、また馬鹿にされるだろう。
鼻で笑うアレスターたちの顔、声音。
ぴたりと心を閉じて、私は頷いた。
「おい、トート。無理するなよ。だが、いい考えかもしれないな。
じゃ、俺は君たちを支えるよ。
レジスタンスを、止めよう、みんなで。」
「いいわね。ホーマも、きっとその方がいいわよ?ね。」
パラも先生もトートの味方だ。
そっぽを向き、誰も私に気づいていないみたいだ。
多数の意見に、私は屈している。
……思えばこの頃だったのだ。
物語の“第二の歯車”が、ようやく動き出したのは。
不吉な予感で、肌が軋んだ。
☆*:.。. ………………………….。.:*☆
「いよいよ、学園祭まで1ヶ月!君たち中等部二年生には、学園祭に使う器具の準備、そしていよいよお楽しみ、クラス対抗の劇をやってもらう!」
担任のその一言は、教室の空気を弾けさせた。
机に突っ伏していた数人が顔を上げ、歓声を上げる。
朝のけだるさは、みんな一瞬でどこかに吹き飛んだ………
……私を除いて。
昨日のことが、ぼんやりと思い浮かぶ。
先生たちが何かで操られたこと。
学校祭にも影響があるかもしれないこと。
それをトートが調査すると言い出したこと。
「仕掛けるとしたら、照明係。みんなでこれを調べましょう。」
力強いトートの声がふと蘇る。
物思いにふけっていると、担任が「係決めするぞー。希望のところに名前をかけ!5組と合同だからな!」と指示を出した。
言われた通り、照明係 の欄にHoma,と濃い筆圧で書く。
……空回りしている気がする。そう思ったけれど、私は名前を書いてしまった。
次に照明係に書かれたのは……Helena・Vircy………………ヘレナの名前。
席に帰る時、ヘレナが私をみて,微かに微笑んだ気がした。
何一つ感情のない、“嘘の笑み”
……口角こそ上がっているが、瞳の奥は何かを隠すように、冷たく凍てついている。
私たちを邪魔するつもりなんだろう。
余計に気が滅入る。
視線を逸らすと、ヘレナはいつものように、赤毛をくるくるといじっていた。
まるで何もなかったかのように。胸の奥が少しざわめいた。
☆*:.。. ……………………….。.:*☆
「いよいよね。早速明日から調査を始めましょう♪」
トートがはっちゃける。それをパラが、冷静に制した。
「遊びではないし、私たちがこの係を選んだのは調査のため、でしょ。照明なんて、操り魔法の典型的なパターンだもの。何かわかるかもしれないわ。」
「……ヘレナも一緒だよ。調べられないと思う。」
「確かにね……でも、ある意味いいチャンスよ。」
トートが言った言葉に、私は首を傾ける。
「どういうこと?」
「相手が私たちの動向を探る代わり、私たちもヘレナの動向を探れるかもしれないってこと。相手が隠すつもりでも、一緒に作業する折、必ずボロが出るわ。それを私たちは、掴むのよ。」
「ハイリスクローリターンね……。」
パラが静かにため息をつく。
確かにそうだ。
何度も彼女の“嘘”をみてきた私なら断言できる。
私以外の人に見せる好意的な姿…ヘレナは感情を装う天才だ。
聡明なトートですら勝てるはずがない。
……これで本当にいいのだろうか。
脳内で、殴り書きされたインクや壁画が霞む。
見るたび、心が揺れるような、懐かしい何かを思う出すような……。
ねえ、やっぱり私、あのインクについて調べてみる。
言葉は喉元まで出かかっていたのに、理性と恐怖心が私の言葉を堰き止めていた。
二人は楽しげに何やら話し込んでいたが、聞く元気もなかった。
☆*:.。. …………….。.:*☆
「始めるぞ!係ごとに集まれ!」
軍手をはめた学年主任が声を張る。
ぎゅうぎゅう詰めの体育館に、日がことある隙間から飛び出していて、眩しかった。
私は手を振っているトートたちの元へ行く。
今日のトートはいつにも増して、目が煮えたぎっていた。
おちゃらけた顔はなく、何かを探しているようだ。
ゾロゾロと生徒たちが集まってきて、あちらこちらに固まった。
ヘレナもこっちに向かってくる。
照明係は私たち含め、四人。
ヘレナと対人戦だ。
続いて、照明係担当の先生もやってくる。くすんだ金髪に灰色の目、厳しいことで有名な、呪文学のヘルメス先生だ。
彼は反レジスタンス派。ヘレナの抑止力になるといいけど……と思う。
「ぼーっとしてないで、とっとと動け!器具を倉庫からもってこい!」
パンパン、とヘルメス先生が手を叩いて急かす。慌てて返事をして、私たちは倉庫へと走り出した。
「倉庫…物を探れるいいチャンスよ!」とトートの口が動く。
「あんたたちの期待……全部打ち砕いてやるから。」
ヘレナも冷たい声で言い返した。
倉庫の煙が黙々と空を覆って、雲すら見えなくなっていた。
☆*:.。. ………………….。.:*☆
倉庫内は、重苦しく、湿った空気が漂っていた。
トートは物探しのふりをして壁を探り、ヘレナはその動きを監視。
絶対に逃すまいと、赤い瞳から殺気が漏れ出ていた。
張り詰めた空気の中、私はそっと、照明器具を取り出す。
照明器具は全部で5台。
私くらいの歳の女の子でも容易に持ち出せる、軽量なものだ。
強い魔力が込められているので、それでも十分、広いステージを照らせる。
………この中のどれかを探ればいいの?
到底何か工作されているとは思えない。
トートに視線をやる。彼女は「照明器具の機動線、どこかなー。」と、安易に見破れるような嘘をつき、あたりを歩いていた。
「ん?これって………。」
突然ピタッと、トートが止まった。
彼女がめくった「倉庫は綺麗に使おう。」のポスターの裏に、カタコンベ書庫の時のような筆体でまた何か書かれている。
今度は真新しくて、トートの指の先にインクがこぼれついていた。
「神の門は少女に開かれる……。」
トートが読み上げた瞬間、ヘレナの顔色がぱっと変わった。
早足でトートに迫る様子に、明らかに動揺が見え隠れている。
力強く彼女の腕を掴み、手をかざす。
右手の小指が微かに震えており、手汗が滴り落ちていた。
赤く光る瞳の奥に浮かんだのは、怒りよりも………恐怖に近い色だった。
彼女は“その文字”を見ないように視線を泳がしていた。
強い違和感が残る。
なぜ、こんなにも動揺しているのだろう。そもそも何で彼女はレジスタンス側についたのだろう。
あなたは………………魔法が使えない人間のことをあしらっていた筈なのに。
言葉にならない疑問を抱え、私はただ茫然とする。
「………お前は知りすぎた。二度と文字が読めなくしてやろうか?」
薄くヘレナは笑って、呪文を唱える。
どこか声も震えていて、歪んだ笑みをしていた。
トートも手を振り解き、防衛体制に入った。パチパチと青い光線が互いの首筋にまで飛び交う。
「コーテリ……」
「おい、お前たち!遅いぞ、何やっている!さっさと準備しろ!」
ヘレナが呪文を唱えようとした瞬間、ヘルメス先生の怒号が聞こえて、みんな我に帰った。
ナイスタイミングだ。
途端にヘレナは優等生モードに切り替え、慌てて照明器具を持ち出した。
私たちもそれに続いて、物理的には同じ動きに戻るが、心の距離はまだ埋まらない。
「事はきっとすぐ来る……あんたたちの顔が恐怖で歪むのが楽しみね。」
負け惜しみのようにヘレナは言って、倉庫を出て行った。
それを見やるように、照明器具は怪しく光り輝いていた。
誰かが塗ったような、紅月の赤だった。
☆*:.。. …………….。.:*☆
体育館では大勢の生徒があちらこちらに忙しなく動いていて、身動きをするのも困難だったほどだった。
ヘレナはヘルメス先生に呼ばれて、別の部屋の照明器具の設置に向かっている。
きっとしばらく帰ってこないだろう。
私たちはそれをいいことに、照明をペタペタと触って、徹底的に調べていた。
「怪しいものは何もなかったよ。」
「こっちも。魔力が反応しないわ。私魔力探知は得意なんだけれどね。」
パラも首をすくめる。
………………そろそろ言わなきゃ。
ウジウジしてたって何も進まない、よね……。
「ねえ、あのさ、やっぱり………。」
口を開きかけた時だ。
見なければよかった、と思う状況に遭遇してしまった。
「……ねえ、あれって例の計画の一部に使えるかも。」
「うん、この案、これで生きるかもね。」
私が物思いに耽る隙、二人は耳を当てて何やら喋っているのだ。
私に隠れて何やっているんだろう。
計画?私を抜いて?
その瞬間、心の中で、ぱりんと、音を立てて何かが割れた。
心に黒い影が忍び寄った気がして、息が浅くなる。
3人で同じ空間にいるのに、再び私はフィルムに押し込められて、二人の声が遠くから響いているみたいだった。
二人と出会う前より、フィルムの奥はずっと暗くて、虚しさだけが空っぽの空間に詰まっている。
しばらくして、トートが我に帰ったように言った。
「あ、ごめんごめん、ホーマ。続けようか。
軽く受け流してトートは照明器具を整える。
私より、その“大事なこと”の方が大切なのかな。
心が澱む。
彼女たちとは置いていかれている気がするけれど……
私は私で進まなきゃいけないのかもしれない。
迷っている暇なんて、ないのだから。
頑張らないと。
そうして、みんなで急ぐように、照明器具を整え始めた。
近くで羽虫が飛んでいた。微かな羽音が背中をぞくりと這わせる。
影は小さく揺れ、呼吸の音も聞こえない。
気づかないまま通り過ぎる私たちの背後で、視線はぴたりと絡みつき、粘りつくようにじっと動かない。
まるで生き物ではないように。………誰かに“見られていた”かのように。
……ジリ。ジリ。
モニターを映る映像を見て、一人の男は満足げな笑みを浮かべる。
「………扉の鍵はやはり彼女か。」
男の手に小型カメラが寄り付いてくる。それを男は、花をもぎ取るように男は無造作に握りつぶした。
「時は満ちた。門は、もうすぐ開かれる。」
男はそう言って、闇の中に姿を消す。
地下の回廊には、どこからか青白い光が差し込んでいた。
それは、何かをしらせるように、ゆらゆらと揺れ動いていた。
“門” の鼓動のようだった。

