昼下がりの休憩時間。

 暑さと共に眠気もグッと込み上げてきて、何度も頭を振って振り払う。
 太陽が、石灰で塗られた白い壁に反射して、繊細なガラス細工のようにきらめいた。

 「やはり、図書室では不十分だよ。灰の少女について知るのは。」

 トートが不満そうに言う。目の下にはげっそりとクマができていて、鎖骨がいっそう見えていた。言われずとも、飲まず食わずで図書室中を調べ抜いたのは明らかだ。

 「ねえ、そんな体張るような調べ方しなくてもいいんじゃない?手分けして探したり、本使いの精霊を使うとか。」

 パラが私の思ったことを代弁して言い張る。確かにトートは健康を犠牲にしすぎだ。もっと他の方法もある筈なのに。

 「それだと怪しまれるからだよ。三人一斉に同じような本を探す、精霊に尋ねるなんて。
 ただでさえ先の図書館騒動で私たちは話題になっているんだよ。どこにレジスタンスの手先が潜んでいるかわからない。
 用心するに越したことないよ。
 そのためにこうして一番熱いシエスタの時間に外に出てるんだから……」

 そう言ってトートは手で自分を仰いだ。彼女の手はあちらこちらに鉛筆だこができていて、職人のようだ。

 話題になっている、か。

 確かにそのせいであれ以来アレスターたちは構ってこない。
 その代わり裏で露骨に嫌な噂話をしている。私としてはありがたい反面、引っかかることもあった。

 ヘレナ。

 彼女の行動が変だった。いや、そんなものじゃない。はっきり言って、人が変わってしまった。
 急に私に優しく接するようになった。アレスターたちと離れて。まるで最初から友達だったかのように。
 
 それだけじゃない。
 時々、授業を抜けて,どこかへ行ってしまう。すぐに戻ってくるのだが、先生たちですらも、彼女がその間どこで何しているのか全くわからないのだ。
 そもそも、「優等生」だった彼女が無断で授業を抜け出すなんて…信じ難いことだった。

 トートが言う、レジスタンスの手先。

 もしかして、それがヘレナだったりして…。

 ないない。憶測でそんなこと語ってはいけない。彼女を嫌っているから、すぐそう言うやましいこと考えるんだ。

 自分の仮説を振り切る。そして何もなかったかのように,トートたちの議論に戻った。
 
 でも、心の中ではいつも,針金のような鋭い疑惑がいつまでもくっついて取れなかった。

 そして私の仮説が確信に変わったのは………………日曜日、思いもよらぬ形でやってくるのだった。 

☆*:.。…………………………………….。.:*☆

 「と言うわけで、今から探すよ。学園の秘密の書庫、カタコンベ書庫!」

 トートが廊下での冷たい視線を物ともせず胸を張った。
 今は放課後。昼間の暑さは海風が運び去り、人気の少ない北側の廊下では、もう一滴の光も届かなくて、真夜中のように暗かった。

 「探すって……その人、本当に存在しているのかしら?都市伝説を信じすぎるのは、あまりおすすめできないわね。」

 あきれ顔でパラは口を開く。

 「それでカタコンベ書庫って…詳しく言うとどう言うところなの。」

 「ふふっ。この学校には実は、図書室が2個あるのではないかと言われているの。」

 私の質問に得意げに胸を張ってトートが答える。

 「古代、この学校の地下は人間の地下都市があったの。
 中でもカタコンベ書庫は、世界最大だった。ありとあらゆる本が集まり、訪れる者を翻弄させた。
 当時としては最先端で、庶民も入れたんだよ。
 そしてその本たちは、神がこの世を治める今も、変わらず眠り続けているらしいの。」

 「…その話が本当なら、見つけさえすれば、灰の少女について何か手がかりが得られるということか?」

 トートはうなずく。

 「カタコンベ書庫には、古代からの膨大な書物が何千年経っても読めるほど丁寧に保存されているの。
 きっと、普通の図書室では得られない収穫があるはず。
 伝説によると鍵を見つければ、カタコンベ書庫へと導かれ、辿り着けるという。
 だからそれさえ探せばいい。きっとこの学校のどこかにあるのだから。」

 「でもね、しつこいようだけれど……その話、本当に信ぴょう性があるのかしら?
 いつあの人たちが動き出すかも分からないのよ。あまり、時間をかけすぎるのもどうかと思うの。」

 「あるよ。だって…。タレス先生が言っていたもの。」

 「君たち,お呼びかい?」

 よく通る、しっかりした声が聞こえた。見ると、身長はゆうに180センチを超えるだろう、長身の男が立っている。
 髪は無造作にくるりとカールしているものの、スーツのシワはひとつもなく、着こなしていた。
 目からは底なしの強い意志が感じられ、生き生きと輝いている。
 この人は……。

 「タレス先生!」

 「君たちはどうやら、カタコンベ書庫を探しているようだね。でも多分ここにはないと思う。あくまで歴史的な仮説であるし、たとえ実在したとしても…
 人間の資料は、もうことごとく燃やされて,残っていないはずだ。」

 眉をひそめ、申し訳なさそうに彼は言う。
 
 タレス先生はこの学園では中等部の歴史を教えている。
 世の中のことを深く考えるまっすぐなところや、生徒思いなところから、人望も熱かった。

 「君たちくらいの時なら誰だって、でかいことにチャレンジしたくなるだろう。
 君たちで言ったらまあ、カタコンベ書庫探しだな。
 だがまあ…
 あまり、首を突っ込まない方がいいと思うぞ?自分の身を守るためには。
 危ないこと、するなよ?」

 意味深なことを残して、彼は去っていく。 

 ………横目でじっと、私たちのことを見つめていた気がした。

 その背中を見送りながら、私は思う。

 先生はまるで、レジスタンスのことを“知っている”みたいだった。
 いや、それどころか……私たちが何を掴んでいるか、すでに気づいていたのかもしれない。

 言葉のない時間が続く。コツ、コツ、と時計の音だけが響いた。
 空気が、さっきまでとは違う。
 やけに冷静で、それでいてどこかひりついていた。

 ふと、パラが重々しく口を開く。

 「先生たちにとって,このレジスタンスのことは周知の事実なのかしら?ホーマの話だと、もう一人男がいたのでしょう?学校内ですみかの準備を進めたかもしれない男。
 それが、ここの先生ということはないのかしら?」

 私たちは顔を見合わせた。

 「そうね。この学校の中にはレジスタンスよりの思考の先生もいる。
 人間の差別意識が強いこの学校で働く不満はたまりに溜まって、それがレジスタンスのテロの協力につながったかもしれないよ。
 もしかしたら、自らの手でこの学校を差し出したのかもしれない。」

 トートはちらりと地下時計を見た。もう5時を上回っている。階上からは足音一つ聞こえない。

 「先生たち…じゃあ随分と厳しい戦いになりそうだね。彼らも敵だと言うのなら…もっと慎重にならなくちゃ。
 タレス先生は生徒を売るような真似、しないと思うけど。」

 自分に言い聞かせるように,私は力強く言う。
 レジスタンス側の先生…つまりは私をよくしてくれた先生たちのことだろう。
 彼らの顔が浮かび上がっては消えていき、そのたび胸がきゅっと苦しくなる。

 彼らも敵だと言うのなら、私は一体何を信頼すればいいのだろう?
 調べて、先生たちに報告する…そんな安易な理想はすぐ打ち砕かれてしまった。

 「ところで、トート。あなたが言うには,カタコンベ書庫に入るには鍵がいるんでしょう。何か検討はついているのかしら?」

 「うん。もちろん………なーんもないよっ!」

 どこから湧いてきたのか分からない自信満々さで、彼女は言い切った。私とパラは、思わずずっこけそうになる。

 「は!?」

 「もちろん調べたよ。でもね。どの資料にも鍵の場所なんて書いてないんだもん。仕方ない、仕方ない♩」

 「仕方ないって…これじゃ困るじゃないか。他を当たろう…。」

 私が背を向けた時、トートは引き留めるように言った。

 「でもね。ある程度見つからないように隠すって言うなら場所は限られているよ。私だったらどこにかくせばいいかって、考えればいいもの。」

 「この学校は広いんだし,隠すような場所いっぱいあると思うのだけれど。」

 「カタコンベができた頃にはこの建物はなかったんだよ?何万年前からこの敷地内にあるものがあるじゃない。」

 「まさか。」

 「そう。鍵は、地面の中にある!」
 トートの声が、白い壁に跳ね返っては共鳴していた。

☆*:.。. ……………………………….。.:*☆

 それからというもの、私たちは朝早く起きて人気のないグラウンドをほじくり返しては、鍵を探っていた。

 早朝、というのは暑さを凌ぐためと、人目を避けるためだ。

 でも、朝早くからコソコソ校庭に集まるなんて、ある意味一番目立つと私は思う。

 第一、終わりが見えない。建物が立っている地面の奥底に鍵は沈んでいるかもしれないのだ。

 こんなの無駄足だ…パラと私はそう思ったが、暴走気味のトートは誰も止められないので、二人とも黙っていた。

 「ねえ。トート。私たち、違うところも探してもいいかしら?
 もしかしたら,鍵を探してカタコンベに行かなくても、灰の少女について知れるかもしれないでしょう?
 何も、図書室が全て、というわけではないのだから。」

 恐る恐るパラは尋ねると、トートは答えた。何か気になることがあるようだ。いぶかしげに眉をひそめて地面を見つめている。

 「もちろんいいよ。振り回してごめんなさい。でも、ちょっと待って。この地面、気になるところがあるの。」

 「気になるところ?」

 「ええ、聞いて、この音。」

 トートが指し示す地面は、炎のような色合いのアカザが円盤上に生えていた。
 指で押し出し軽く叩くと、カン、カン……と、乾いた空洞音が響く。
 普通の地面はもっと、低く詰まった音が鳴るというのに。
 明らかにそれだけが、異質だった。

 「ここ、もしかして地下に繋がっているんじゃない?それに、ここにはこんな草、生えない。
 アカザは乾燥地帯や岩場に生えるのよ。地下の入り口を知らせる目印に誰かが植えたとしか思えないわ。」

 「でも、鍵がないとどのみち入れないのでしょう?この近くにあるというのかしら?」

 「そこなのよ。ここほれワンワンでもしてくれる、犬がいるといいけれど。」

 「私犬飼っているよ。」

 そう言いながら、泥だらけの「お宝」を掘り当てて、嬉しそうに持ってくるカミールの姿が浮かんだ。
 彼女は探し物の名人だ。誰かがなくした革靴や、化石まで掘り当てる。カミールなら、私たちが見つけられない「鍵」を探し当てられるはずだ。
 自然と口元が綻び、ふんわりと柔らかい感触が胸に広がる。
 
 「そうなの、ホーマ?」

 「うん。カミールという、白い毛並みのサルーキ犬。彼女ならきっと、鍵を見つけられるよ。」

 「助かるわ。じゃあ明日の朝、彼女を連れてここに来てくれる?」

 「もちろん。じゃあ,また。」

 起床を知らせる鐘が鳴った。私は手を振り、二人と別れる。
 寮に着くとカミールが、尻尾を振って待っていた。

☆*:.。. ………………………………………….。.:*☆

 湿った早朝の、清々しい空気が私の脳を起こす。
 登りたての太陽の光が、きめ細やかに波に反射していた。
 今日は日曜日。授業もないことをいいことに、私たちはいつも以上に早起きして、校庭の隅っこに立っていた。
 横にはカミールも一緒だ。
 今にも掘り当てようと、忙しなく黒い鼻を動かしている。トートは大あくびをしながらも、律儀にカミールについて行った。

 「この辺だね、昨日気になったところは。利用しやすさを考えると、鍵はこの近くにあると思う。目印も一緒に。」

 「目印なんてわかりやすいな。不用心じゃないか?それとも置き場所がコロコロ変わるのか?」

 「いいえ。本来は……カタコンベ書庫は、誰でも使える“知の広場”だったんだ。
 書物も知識も、平等に開かれていた。……それが今は、ただの“都市伝説”だなんて。
 そうなったのはここ数年のこと。
 支配される時はもう、戦争の影響でほとんどほったらかし状態みたいだったし、人間には猶予もなかったみたいだから、おそらくそのままだと思う。」

 「そうか…。」
 人々が集う書庫も、戦争というもので存在を忘れ去られるのは、なんだか残酷のように思えた。
 
 日があたり金色が織りなされている草壁を見つめる。
 
 気のせいだろうか、風がないのに、わずかに揺れ動いた気がした。

 ……誰か、いる?
 背後にはもちろん、誰もいない。

 でもどこか……森の木の狭間や校舎に影で、“見られている”気がする。

 地面に鼻を擦り付けて、カミールはなおも鍵を探し続けている。
 トートが、「ここ?」「やっぱこっちかな?」とカミールを誘導していた。白い毛並みを土気色に染めながら、カミールは掘っては戻すことを繰り返している。

 ……気のせい、だよね。

 私は自分の錯覚を、慌てて振り払った。

☆*:.。.…………………….。.:*☆

 突然、カミールの体が固まった。
 カミールは、前足を後ろに蹴って、激しく吠え始める。
 朝の静寂を破り、何かに呼び止められているようだった。

 「ワワワワン!ワンッ!」

 「どうしたの、カミール?もしかして…?」

 「ワンッ!」

 カミールは激しく、地面を掘り始める。
 目は怪しくギラリとひかり、吸い寄せられるように一点だけを見つめていた。
 
 風も、止まる。 草木が、何かを知らせるようにざわめいた。

 ガリガリ、ガリガリ…。

 爪を地面に引っ掻く音だけが響く。

 私たちは固唾を飲んで、カミールを見つめていた。

 「…‥。」

 突然カミールは止まった。そして,土の中に顔を突っ込み、モゾモゾと体を動かしている。

 しばらくして、カチャン、という、金属音が聞こえた。
 彼女が鼻先を突っ込み、金属をくわえる瞬間、彼女の毛並みが、淡く神秘的な光で染まっているように見えた。

 優美な足取りで彼女はこちらに近づいてくる。

 時間がゆっくりと流れ始めた。

 今、この世界ではカミールだけが動いていた。まるで彼女がこの世界の時間を司っているように。

 カミールは口から、鍵を外した。

 彼女がくわえた鍵はずっと前から埋まっていたというのに、汚れ一つなく、金箔が日光に揺られ輝いている。
 
 カタコンベ書庫の鍵、だった。
 ………………カミール、やっぱりすごい。

 トートが鍵を受け取ると、合図のようにまっすぐ光が伸びて、一点を明るく照らした。赤茶けた岩肌と乾いた土に焦点が合わさる。

 枯れ枝でくるまった空洞の穴が姿を現した。アカザの葉が風に揺れ、時折乾いた砂が舞い上がる。
 
 しばらくすると、木製の古ぼけた階段が、まるで私たちを呼び込むように穴の淵に食い込んだ。

 地下への階段。知識の宝庫…………カタコンベ書庫への道。

 三人で互いの顔を見つめる。
 なぜか、怖くはなかった。

 本当は、心の奥で怯えているかもしれないけれど………………。
 パラとトートという、仲間がいるだけで、恐怖をもかき消された。
 ……三人なら、きっとできないことはない。
 灰の少女の手がかりを、信じて。

 私たちはこの地下の道に飛び込んだ。

☆*:.。. ……………….。.:*☆

 水滴がわずかに、滴り落ちる音がした。

 ひんやりとした空気が肺を密閉して、湿気が肌に粘りつく。

 かすかなカビの匂いと、石壁に染み込んだ歴史の重みが鼻をくすぐった。

 足元が見えるようにと、パラが光をつける魔法で、ゆらゆらと影法師が揺れていた。

 階段は何段も連なっていて、終わりが見えない。

 体力があまりないトートはすでに、息を切らしていた。

 慎重に、歩みを進める。

 階段は薄汚れた水に上面が浸されていて、少しでも油断すると転げ落ちてしまう。私たちは何も言わずに、階段を下り続けていた。

 「はあ、はあっっ………。そろそろ、…………終わりじゃない?もう百段は……降りたと思うけど。」

 深い息と共にトートは言う。パラはなだめるように優しく言って聞かせた。

 「安心して。もう少しでこれも終わると思うわ。あなた、体力無さすぎよ。」

 「だってこの階段長すぎるもの……。」

 トートがぼやいた。
 私たちは一呼吸おいて階段を降りていく。

 汗と湿った石の質感が混ざり合い、妙に心地よかった。

 下る折、私は妙なものを見つけた。

 「ねえ、これ………………。」

 階段の踊り場で、私たちは立ち止まる。

 壁には力強い文体と、エチゾチックな絵が大きく描かれていた。

 複数の人物が描かれ、その中央には二対の少女が立つ。横には、カミールに似た、白い犬。
 下には ”1945915“いう横並びの数字。
 
 口を開けた不気味な大木。

 これが何を意味するのか私はわからなかった。

 「The king betrayed us. A traitor………
 王は私たちを見放した。裏切り者だ。……なんだか不気味。私、怖くなってきちゃった‥。」

 「でも、灰の少女について知るには行くしかないわよ。……これ、一体誰が書いたのかしら。ずいぶん急いでいるように見えるけれど。」

 パラに言われてみると,確かに筆跡がひどく乱れていた。

 uがa、rがnに見える。

 何かに追われて書いたに違いない。

 「……れる。………………から…………は燃える……。」

 ??? 

 頭に声が滑り込んだ。

 知らないけれど、どこか懐かしい声。

 気のせいだろうか?

 ぼーっと、しばらく考え込む。

 パラの呼び声で、現実に戻された。

 「ちょっと。ホーマ、大丈夫?どうしたのよ。」

 「えっ、ああ、うん。」

 「続き話してもいい?これ、自分たちを神に売ったことを恨んだ人間が書いたものだね。でも、この絵は何かな。」

 さっきのことは振り切って、即座に答える。

 「………………王座から人が裂けて、転げ落ちている?‥この手、なんだか……数字の、四?
 いや、指がそう見えるだけかな……?
 ねえ、これもしかして、あと四段でカタコンベにつくことを示唆しているんじゃないか?」

 それを聞いて、トートが顔を光らせた。パラも合点したかのように頷く。

 「ああっ。なるほどね。確かに光を照らすと,四段で階段が終わっているわね。」

 「図書館?いよいよ図書館なの!」

 トートが途端に、子供のように叫んで一気に階段を駆け降りた。

 ……よっぽど、階段が嫌だったんだね。

 トートの小さな手が、石造の門に触れた。
 その門は、ところどころ藻やキノコが生えていて、怪しくただずんていた。

 ゴゴゴゴゴ………………
 ゆっくりと厳かな音と共に、扉が開いた。

 私たちは一瞬、空気を吸うのを忘れてしまっていた。
 
 目の前には……見たこともない数の本が、本棚とともに連なっていたのだ。

 地下の最下層に向かって、アーチ状に本棚は置かれ、目が回りそうになる。

 この部屋に入ると湿気は一気に消え去り、代わりに透き通った空気が部屋中を充満していた。

 まるで、絵本の世界みたいだ。

 ……ここが秘密の書庫、カタコンベ………。

 しばらく立ち止まっている私たちをよそに、トートはいそいそと本棚に駆け寄り、小さな手にいくつもの本を持って寄ってきた。

 「グググ……重い……これが多分,灰の少女についての本だと思う。」

 「もう見つけたの。」

 「うん。見つけるのは得意だし……それにあの壁紙やこの書庫の歴史を考えると、灰の少女についての本って、一番目に入る本棚にありそうな気がするんだよね。」

 「なるほどね。」

 そう言ってパラはペラペラとページをめくる。

 英語で書かれた本から、フランス語、ロシア語、中国語……その他未知の言語まで、たった10冊でも様々な言語の本があった。

 人類の書物を集めた、みんなの知識の場……トートの言ってた言葉が,身をもって理解できた。

 トートとパラは「翻訳の魔法」を使って、どんどん読み進める。

 ……ちょっと、羨ましいかも。

 「……あっ。」
 
 私が思い耽っていると、突然パラの手が止まった。トートも私も、パラの本を慌ててのぞきこむ。

 「これ,灰の少女についてだわ。……灰の少女。 歴代、
 この世界を治めるある大きな国があった。
 その国は、神と繋がっており近代化が進んだ現代でも、神の儀式を政治の一環として欠かさず行なっている。
 その儀式に不可欠だったのが灰の少女だ。彼女は神と人間を繋ぐ力を持っている。
 ……灰の少女は、祭司だったってことかしら?」

 「うん。おそらくね。ねえ、もっと詳しいこと書かれてない?」

 トートがワクワクしたように促す。

 「ええ、彼女は黒髪で、動物とわかりあえて……ちょっと待って。次のページ……。」

 パラが恐る恐るページをめくる。

 すると、壁画のように、真っ赤な字で殴り書きされていた。

 ……さっきの壁画といい、このページといい、一体なんなの?

 「我らを救うには、灰の少女が必要!
 …‥これって、ホーマが言ってた男たちの話と一緒じゃない?」

 パラが緊迫した表情で言う。

 確かに……と頷こうとした時だった。

 ……誰かの荒々しい足音が聞こえた。

 それと共に、見慣れた少女が降りてくる。赤毛が暗闇に映えていた。

 嘘……。

 「あなたたち、そこで何をしているのかしら?」

 「ヘレナ?どうしてここに?」
 驚きと恐怖で、声が引きつった。

 彼女に見られては、行けなかった…………そんな直感が、胸を痛みつける。

 「扉が開いていたから入れたのよ。それよりあなたたち……一体何を知ろうとしているの?」

 「……っそれは……。」

 「そう、でも隠しても無駄よ。ホーマ、あなたがあの晩,レジスタンスの計画を聞いてしまったこと、私はもう知っているから。」

 「え?」

 胸がバクバクと、大きな音を立てた。
 頭が真っ白で、何も………………考えられない。
 一体どういうことだ。もうばれていた?

 「それにしても、あんたみたいな子が、ね………。」

 意味深にヘレナは薄く笑う。
 まるで、全て見透かしているように……。
 「盗み聞きなんて卑怯よ?私、卑怯な手は大嫌いなの。
 …‥だからね、先生に言っちゃった。
 私たちの計画を邪魔されないために。
 神の味方をするあんたたちなんて、絶対に許さないから。」

 吐き捨てるようにヘレナが言う。高慢な笑みを浮かべるヘレナの横に、ゾロゾロと……先生たちが集まってきた。
 レジスタンス派の先生、

 それに………タレス先生も。

 彼は、私と目が合った瞬間、一瞬だけ眉を寄せ、そしてすぐに視線を逸らした。 

 彼の大きな瞳には、戸惑いの色が見える。何か言いたげに瞳が揺れていた。

 彼らはぎりぎりと、私たちに迫っていく。
 
 弱い私たちはただ、立っていることしかできない。

 その時、ふわりと、甘く湿った花の香りがした。

 見せつけるように、匂いがむせそうなほど濃くなっていく。

 静かに、でも確かに、鼻から吸うその匂いが私の肺を侵食している。

 その正体はなんなのか、わからない。考えることもできず、吸い込まれていく。

 ……やられた。

 灰の少女に囚われすぎていた。
 先生や、ヘレナの動向にもっと気を配ればよかったのだ。
 あのとき感じた視線だって、きっと気のせいじゃなかった筈。

 レジスタンス派の彼らに、「レジスタンス打倒計画」を知られてしまった。

 その意味は、私だってわかる。

 目をつぶる。見えなくてもなお、緊迫した空気が巡っていることは分かった。

 外では、カミールが大声をあげて吠えていた。