店長の剛田は埼玉エリアのトップセールスで、社長の信任も厚い。
しかし、それをいいことに決められた会社のルールを守らず、業務をないがしろにして、他の人間に投げる癖がある。それを不満に思っている部下も多いが、今は異を唱える社員は少ない。
以前、剛田が店長を務めていた浦和店は、そんな剛田に殆どの社員が半旗を翻し、店長1人を残して全員辞めてしまったので、閉店を余儀なくされた。
自己中の剛田も流石に一時は反省したかに見えたが、川越店の店長に就任して暫くすると、また元の木阿弥。
喉元過ぎれば熱さを忘れる。
傲慢な性質はそう簡単に治るものではなかった。
一般的な住宅リフォームの会社は、営業からインテリアコーディネート、現場監督まで、一連の業務を1人で行うことが多い。
対し、石丸リフォームでは、営業、インテリアコーディネーター、現場監督を分業で行っている。
多くの受注を取ってくる営業マンは会社から重宝され、発言力か強くなるが、それ以外の人間は、仕方なく、理不尽な業務負担を強いられることになる。
顧客満足度ナンバー1を経営理念に掲げる石丸リフォームでは、毎月2回、カイゼンミーティングを行っている。
お店を良くして、顧客満足度を上げ、契約歩留まりを向上させるのが、カイゼンミーティングの狙いだが、毎度おかしな空気になる。
現場監督の服部は、そのカイゼンミーティングが大嫌いだった。
お店を良くする為のミーティングであれば、お店のリーダーである店長が仕切るのが妥当なところだが、剛田は
「反町さん、去年大クレーム起こして、お店としても大問題だから、カイゼンは反町さんが担当して!
これは店長としての業務指示だから、出来ませんとかなしだからね!」
と、面倒な仕事を強引に、現場監督の反町にぶん投げた。
公務員的な給料体系の石丸リフォームでは、自分にさえ矛先が向かなければオッケーな社風。
自分以外の人間に矛先が向いていれば、そこに乗っかり、一緒になって責め立てる。そうすることで、自分に目が向かないようにすれば、保身に繋がる。
ここのところ受注が取れておらず、営業成績が不振な細川も自分に矛先が向かないよう保身に必死だ。意見を求められると、直ぐ様他人の欠点指摘をして、自分から目線をそらさせる技は巧みだ。反町問題が顕在化している今は尚、指摘がしやすい。
反町のいい加減な事務処理のお陰で、普段から実際に迷惑を被っている事務員の八千草はまだしも、インテリアコーディネーターの富田も最近、仕様書に記入漏れがあり、現場トラブルに発展していたため、何とかそこに目が向かないように、反町バッシングに拍車をかける。
ここまで来ると、小学生の虐めに似ている。
確かに反町も悪い。
数年後に定年を控えたの反町は、中途採用で入社して一年になるが、目先のことを何とか我慢して、定年まで会社にしがみついていれば、そこそこの給料が貰えるというマインドで仕事をしているため、中々業務改善される気配がない。
再三に渡る指導も、助言も、右から左。
暖簾に腕押し、糠に釘。
反町には、本社の工事部長も店長の剛田もホトホト手を焼いていた。
手を焼いた挙げ句、剛田は部下の指導をも服部に投げてきた。
「服部くんも副エリア長なんだからさあ、反町さんのこと何とかしてよ!」
「………。」
来たよ。無茶振り。
服部は副エリア長という訳の分からない肩書きに翻弄され、いい加減嫌気がさしていた。
本社の工事部長から任命された肩書きではあるが、正式な役職でもなければ、給料に手当てが付くわけでもない。
要は体のいい雑用係だ。
外して貰って一向に構わない、というより寧ろ外して貰いたい。
「副エリア長副エリア長って言いますけど、何の権限もメリットもなくって、店長が言って聞かないものを、私が今更何か言って聞くと思いますか?」
服部は思わず反抗的になる。
「店長だろうが、副エリア長だろうが、長って付いたら文句言われんだよ!
兎に角、現場の問題は工事課の問題なんだから、そっちで何とかしてよ!」
若干切れ気味に剛田は言うと、立席してタバコを吸いに行った。
カイゼンミーティングとは実質、公開処刑のようなもので、営業の現場に対する不満を工事課にぶつけるだけの、ぶつけられる側からしてみると、単なる苦痛の時間でしかない。決定事項を自分達で考えて出せと言って、出なければただただ時間が消費されていき、その間仕事が進まないため、業務時間が果てしなく失われていく。業務時間が奪われることで、仕事の精度が落ち、ミスや抜けが出る確率が上がる。そのリカバリーをするマイナスの業務が更に時間を圧迫し、デフレスパイラルに陥る。
服部は現場の精度が低くて現場がグダグダになるのは、何も工事課だけの責任とは思っていなかった。反町も内心はそうだった。
引き継ぎの時点で、仕様書はおろか、工事内容すら曖昧なことが多い。引き継いでしまえば、あとは突っ込みどころを探して、工事課のせいにしてしまえばいいのだ。
プランの詳細なディティールについて、お客様が認識していなくても、営業とインテリアコーディネーターは
「ちゃんとイメージパースも出して説明したから分かってるはずだよ!」
と理解していないお客さんのせいにして、自分たちに落ち度がないことを主張するのが常だが、
工事課の監督が、お客さんに説明したことが上手く伝わってない時には、
「伝えたつもりになってても、お客さんが理解してなければ伝え方が悪いんだよ!」
という全く逆の理屈で言い込める。
結局、異を唱えると、口の達者な営業マンの逆襲に遭い、更にダメージを受けるのは自明の理。じっと我慢してやり過ごすか、或いは「いいね!」と誰もが言う対策を発案するしか、解決策はない。
服部からしてみたら、いいね!という対策を発案したところで、反町が実行しなければ、絵に描いた餅。
実際にやれるんだろうね!?
やれなければ何の意味もないんだよ!
どうなの、今まで出来なかったことをホントにやれるの?
やれるとは到底思えないんだけど!?
と、問い詰められる映像が脳裏に浮かぶ。
反町は相変わらず黙りを決め込んでいる。
時間は刻々と過ぎていく。
喫煙所から戻ってきた剛田は
「カイゼン案はまとまった?」
といつも通り他人事の様子。
暫しの沈黙の後、
服部は手帳から「退職願」と書かれた白い封筒を取り出し、店長に手渡して言った。
「後はやれる人達でやってください」
END
しかし、それをいいことに決められた会社のルールを守らず、業務をないがしろにして、他の人間に投げる癖がある。それを不満に思っている部下も多いが、今は異を唱える社員は少ない。
以前、剛田が店長を務めていた浦和店は、そんな剛田に殆どの社員が半旗を翻し、店長1人を残して全員辞めてしまったので、閉店を余儀なくされた。
自己中の剛田も流石に一時は反省したかに見えたが、川越店の店長に就任して暫くすると、また元の木阿弥。
喉元過ぎれば熱さを忘れる。
傲慢な性質はそう簡単に治るものではなかった。
一般的な住宅リフォームの会社は、営業からインテリアコーディネート、現場監督まで、一連の業務を1人で行うことが多い。
対し、石丸リフォームでは、営業、インテリアコーディネーター、現場監督を分業で行っている。
多くの受注を取ってくる営業マンは会社から重宝され、発言力か強くなるが、それ以外の人間は、仕方なく、理不尽な業務負担を強いられることになる。
顧客満足度ナンバー1を経営理念に掲げる石丸リフォームでは、毎月2回、カイゼンミーティングを行っている。
お店を良くして、顧客満足度を上げ、契約歩留まりを向上させるのが、カイゼンミーティングの狙いだが、毎度おかしな空気になる。
現場監督の服部は、そのカイゼンミーティングが大嫌いだった。
お店を良くする為のミーティングであれば、お店のリーダーである店長が仕切るのが妥当なところだが、剛田は
「反町さん、去年大クレーム起こして、お店としても大問題だから、カイゼンは反町さんが担当して!
これは店長としての業務指示だから、出来ませんとかなしだからね!」
と、面倒な仕事を強引に、現場監督の反町にぶん投げた。
公務員的な給料体系の石丸リフォームでは、自分にさえ矛先が向かなければオッケーな社風。
自分以外の人間に矛先が向いていれば、そこに乗っかり、一緒になって責め立てる。そうすることで、自分に目が向かないようにすれば、保身に繋がる。
ここのところ受注が取れておらず、営業成績が不振な細川も自分に矛先が向かないよう保身に必死だ。意見を求められると、直ぐ様他人の欠点指摘をして、自分から目線をそらさせる技は巧みだ。反町問題が顕在化している今は尚、指摘がしやすい。
反町のいい加減な事務処理のお陰で、普段から実際に迷惑を被っている事務員の八千草はまだしも、インテリアコーディネーターの富田も最近、仕様書に記入漏れがあり、現場トラブルに発展していたため、何とかそこに目が向かないように、反町バッシングに拍車をかける。
ここまで来ると、小学生の虐めに似ている。
確かに反町も悪い。
数年後に定年を控えたの反町は、中途採用で入社して一年になるが、目先のことを何とか我慢して、定年まで会社にしがみついていれば、そこそこの給料が貰えるというマインドで仕事をしているため、中々業務改善される気配がない。
再三に渡る指導も、助言も、右から左。
暖簾に腕押し、糠に釘。
反町には、本社の工事部長も店長の剛田もホトホト手を焼いていた。
手を焼いた挙げ句、剛田は部下の指導をも服部に投げてきた。
「服部くんも副エリア長なんだからさあ、反町さんのこと何とかしてよ!」
「………。」
来たよ。無茶振り。
服部は副エリア長という訳の分からない肩書きに翻弄され、いい加減嫌気がさしていた。
本社の工事部長から任命された肩書きではあるが、正式な役職でもなければ、給料に手当てが付くわけでもない。
要は体のいい雑用係だ。
外して貰って一向に構わない、というより寧ろ外して貰いたい。
「副エリア長副エリア長って言いますけど、何の権限もメリットもなくって、店長が言って聞かないものを、私が今更何か言って聞くと思いますか?」
服部は思わず反抗的になる。
「店長だろうが、副エリア長だろうが、長って付いたら文句言われんだよ!
兎に角、現場の問題は工事課の問題なんだから、そっちで何とかしてよ!」
若干切れ気味に剛田は言うと、立席してタバコを吸いに行った。
カイゼンミーティングとは実質、公開処刑のようなもので、営業の現場に対する不満を工事課にぶつけるだけの、ぶつけられる側からしてみると、単なる苦痛の時間でしかない。決定事項を自分達で考えて出せと言って、出なければただただ時間が消費されていき、その間仕事が進まないため、業務時間が果てしなく失われていく。業務時間が奪われることで、仕事の精度が落ち、ミスや抜けが出る確率が上がる。そのリカバリーをするマイナスの業務が更に時間を圧迫し、デフレスパイラルに陥る。
服部は現場の精度が低くて現場がグダグダになるのは、何も工事課だけの責任とは思っていなかった。反町も内心はそうだった。
引き継ぎの時点で、仕様書はおろか、工事内容すら曖昧なことが多い。引き継いでしまえば、あとは突っ込みどころを探して、工事課のせいにしてしまえばいいのだ。
プランの詳細なディティールについて、お客様が認識していなくても、営業とインテリアコーディネーターは
「ちゃんとイメージパースも出して説明したから分かってるはずだよ!」
と理解していないお客さんのせいにして、自分たちに落ち度がないことを主張するのが常だが、
工事課の監督が、お客さんに説明したことが上手く伝わってない時には、
「伝えたつもりになってても、お客さんが理解してなければ伝え方が悪いんだよ!」
という全く逆の理屈で言い込める。
結局、異を唱えると、口の達者な営業マンの逆襲に遭い、更にダメージを受けるのは自明の理。じっと我慢してやり過ごすか、或いは「いいね!」と誰もが言う対策を発案するしか、解決策はない。
服部からしてみたら、いいね!という対策を発案したところで、反町が実行しなければ、絵に描いた餅。
実際にやれるんだろうね!?
やれなければ何の意味もないんだよ!
どうなの、今まで出来なかったことをホントにやれるの?
やれるとは到底思えないんだけど!?
と、問い詰められる映像が脳裏に浮かぶ。
反町は相変わらず黙りを決め込んでいる。
時間は刻々と過ぎていく。
喫煙所から戻ってきた剛田は
「カイゼン案はまとまった?」
といつも通り他人事の様子。
暫しの沈黙の後、
服部は手帳から「退職願」と書かれた白い封筒を取り出し、店長に手渡して言った。
「後はやれる人達でやってください」
END



