「ねぇ、二階堂君、ジジは元気?」
俺しか来ないはずの部室の扉を開けるやつは、一人しかいない。
「なんでこう毎日毎日ここに来るのか……あんた暇なの? 何学部?」
「文系は心にも時間にもゆとりがあるのだよ、二階堂君。それで、ジジは元気?」
俺にすでに名前つけられた黒猫を押し付けた張本人――名前はアザミというらしい。下の名前も名乗っていたけど忘れたな。
アザミっていう名字が特徴的過ぎなんだ。薊っつったら生薬しか思い浮かばねぇ俺も、大概のバカなんだが。
アザミがうるさいので、俺は仕方なくスマホの画面を見せる。
「うっわ! 待ち受けにしてるじゃない。さては二階堂君、隠れた猫好きでしょう」
アザミがそういって嬉しそうに笑うから、俺はますます不機嫌になる。猫が好きで悪いかよ。
「今度会いに行ってもいい?」
「駄目に決まってんだろ」
「えぇ! どうして!」
「俺が一人暮らしだからだよ」
一人暮らしの男の家に、女を入れるわけにはいかない。まぁ、なんの過ちも起こりそうにねぇけど。
「そっかぁ、残念だなぁ。じゃあいつか友達呼ぶときに呼んでよ、便乗させてもらう」
「いや、俺友達とかいないから」
取り付く島のない答えに、アザミはさすがにぽっかりと口を開いたまま言葉を失ってしまった。
友達っていえる奴といえば、地元にいる蒼佑くらいだ。
俺はその蒼佑との約束に駆られて、柄でもないといわれる生薬部に入り浸り、暇潰しがてら黙々と実験に明け暮れているのだが。
最近アザミが邪魔しに来るから進まない。当の本人はこの部室の何を気に入ったのか、毎日のように来るのだからたまったものではない。
「一人暮らしって、実家どこ?」
「北海道」
羅臼といっても内地の人間にはどこかわかんねぇんだろうな。知床くらいは知ってるか?
「遠っ! でも素敵! 行きたい!」
来んな。いや、そこは来てもいいか。俺はもてなさないけれど。
「あのさ、アザミさん。俺は真剣に実験してるから、帰ってくんない」
「そういえば、いつも真剣に何やってるの?」
「実験の練習。研究室に配属になったらすぐに色々できるようになりたいし」
俺には、やらなきゃいけないことがあるから。
「ふぅん。二階堂君は見た目によらず真面目なんだね」
「アザミさんはいつもここにサボりに来て見た目によらず不真面目なんだな」
いい返すとアザミは頬を膨らませた……かと思うとぷぷっとおかしそうに噴き出す。
「上手い事いうねぇ! 山田君、二階堂君に座布団一枚!」
「座布団いらねぇから早く帰れよ」
「はいはい、邪魔者は帰りますよーだ。あ、私園芸部なの。生薬部も植物園で生薬育ててるでしょう? そっちでも会えるかもね」
いやいや、会わなくていいから。俺はひらひらと手を振って軽快に帰っていくアザミを視線だけで見送った。
あぁ、せっかく部室が自由に使えるようになったというのに、面倒くさいやつに目をつけられてしまった。二年に上がったばかりの俺は、盛大にため息を吐いた。
俺しか来ないはずの部室の扉を開けるやつは、一人しかいない。
「なんでこう毎日毎日ここに来るのか……あんた暇なの? 何学部?」
「文系は心にも時間にもゆとりがあるのだよ、二階堂君。それで、ジジは元気?」
俺にすでに名前つけられた黒猫を押し付けた張本人――名前はアザミというらしい。下の名前も名乗っていたけど忘れたな。
アザミっていう名字が特徴的過ぎなんだ。薊っつったら生薬しか思い浮かばねぇ俺も、大概のバカなんだが。
アザミがうるさいので、俺は仕方なくスマホの画面を見せる。
「うっわ! 待ち受けにしてるじゃない。さては二階堂君、隠れた猫好きでしょう」
アザミがそういって嬉しそうに笑うから、俺はますます不機嫌になる。猫が好きで悪いかよ。
「今度会いに行ってもいい?」
「駄目に決まってんだろ」
「えぇ! どうして!」
「俺が一人暮らしだからだよ」
一人暮らしの男の家に、女を入れるわけにはいかない。まぁ、なんの過ちも起こりそうにねぇけど。
「そっかぁ、残念だなぁ。じゃあいつか友達呼ぶときに呼んでよ、便乗させてもらう」
「いや、俺友達とかいないから」
取り付く島のない答えに、アザミはさすがにぽっかりと口を開いたまま言葉を失ってしまった。
友達っていえる奴といえば、地元にいる蒼佑くらいだ。
俺はその蒼佑との約束に駆られて、柄でもないといわれる生薬部に入り浸り、暇潰しがてら黙々と実験に明け暮れているのだが。
最近アザミが邪魔しに来るから進まない。当の本人はこの部室の何を気に入ったのか、毎日のように来るのだからたまったものではない。
「一人暮らしって、実家どこ?」
「北海道」
羅臼といっても内地の人間にはどこかわかんねぇんだろうな。知床くらいは知ってるか?
「遠っ! でも素敵! 行きたい!」
来んな。いや、そこは来てもいいか。俺はもてなさないけれど。
「あのさ、アザミさん。俺は真剣に実験してるから、帰ってくんない」
「そういえば、いつも真剣に何やってるの?」
「実験の練習。研究室に配属になったらすぐに色々できるようになりたいし」
俺には、やらなきゃいけないことがあるから。
「ふぅん。二階堂君は見た目によらず真面目なんだね」
「アザミさんはいつもここにサボりに来て見た目によらず不真面目なんだな」
いい返すとアザミは頬を膨らませた……かと思うとぷぷっとおかしそうに噴き出す。
「上手い事いうねぇ! 山田君、二階堂君に座布団一枚!」
「座布団いらねぇから早く帰れよ」
「はいはい、邪魔者は帰りますよーだ。あ、私園芸部なの。生薬部も植物園で生薬育ててるでしょう? そっちでも会えるかもね」
いやいや、会わなくていいから。俺はひらひらと手を振って軽快に帰っていくアザミを視線だけで見送った。
あぁ、せっかく部室が自由に使えるようになったというのに、面倒くさいやつに目をつけられてしまった。二年に上がったばかりの俺は、盛大にため息を吐いた。



