「ねぇ、家で猫飼える人いないかなぁ?」

 生薬部の部室で試薬の蒸留をしていると、知らない女が部室の扉を開けた。風が吹いた勢いで、バーナーの火が少しだけなびく。
 よその部室を開ける態度じゃないな――まずはノックだろ。

「あれ、君一人だけ?」
「そう」

 みんな幽霊部員で俺の天下だ。

「ねぇ、猫飼わない」
「飼わない」

 実はちょっと、いや、けっこう、いや、かなり好きだけどな。猫。

「ねぇ君、生薬部っぽくないね」
「うるせぇな、なんなんだあんた、人の部室に勝手に入ってきて。邪魔だ」

 やってしまった。これだから、人から誤解されるのだと、蒼佑(そうすけ)に呆れられそうだ。
 特に女はよくない。こうやって邪険にするとすぐに悪い噂をたてる。

 だけど、こいつは腹を立てる様子を見せずに申し訳なさそうな顔をした。

「本当だわ、ごめんなさい」

 そうやって冷静に謝られるとこちらも話を聞いてやらなくもない。

「あんたの家の猫?」

 尋ねると、女は首を横に振った。

「野良猫を見つけたんだけど、飼い主を見つけないと先生に保健所に連れていくっていわれちゃって……私、猫も犬も大好きなんだけど、お父さんが飼っちゃ駄目っていうから……」
「なるほどな。他を当たってくれ」
「もう散々当たった後なの」

 女はそういって、ひどく困ったような顔をした。 こいつが困った顔をしたからじゃない。猫がが保健所に連れて行かれるのが嫌だったからだ。
 俺は結局猫を引き取った。