夕方には藍子は馬車で出立し、彩雪は早めに夕食をいただいて居間のソファでお腹の子どもに絵本を読んでいた。
「若奥様」
 女中に声をかけられ、彩雪は顔を上げる。

「妹だとおっしゃる方がお見えなのですが……」
「妹は入院中です」
「それが、寝間着のような浴衣姿で、その、ちょっと……」
 女中は言葉を濁して目をそらしたが、目線を彩雪に戻した。

「やっぱりお帰りいただきます」
「はい」
 女中が出した結論に、彩雪は頷く。
 もし本当に妹だったとしても、会いたくはない。危害をくわえられるとしか思えない。

 だが。

「彩雪! どこにいるの!?」
 叫びが聞こえ、彩雪は思わず立ち上がった。怒っているとき、千代子は彩雪を呼び捨てにする。
「お逃げ下さいませ」
 女中が叫ぶ。が、遅かった。
 ドアが大きな音とともに開かれ、浴衣を乱れさせた千代子が立っていた。

「煌真さまをどこに隠したの!?」
「千代子さん、落ち着いて」
 その言葉に、千代子は吊り上がった目をさらに吊り上げた。
「あんたなんかに指図されるいわれはないわよ!」
「お待ちください!」
 ずかずかと歩み寄る千代子に、女中が間に入って腕を掴み、それ以上は彩雪に近付けさせない。