「煌真さまは私だけのものですわ！」
　千代子の声が、彩雪の胸をえぐるように響き渡る。
　彩雪は胸を押さえてその声をやりすごした。

　妊婦を刺激して大変なことになったらと思うと怖いし、自分と自分の子を守るためにも、彼の邪魔をしないためにも帰る選択は妥当なはずだ。だが、これで良いのだろうか。

　暴れる千代子を任せる罪悪感とともに、煌真の手を煩わせる妹への怒りがわいてくる。
　と同時に、その怒りは純粋なものではないように思えてしっくりこない。
　幹雅に玄関まで送られて、病院の前で客待ちをしていた人力車に乗り、洋館へ戻る。

　道中ももんもんと考え続け、やがてその感情の正体に気が付く。
　私、嫉妬したんだ。
　とりおさえるためとはいえ、煌真は千代子の腕をつかんだ。患者だからとはいえ、自分以外の異性に触れた。それを見たのが嫌だったのだ。

「私、こんなふうで彼の妻を名乗っていいのかな……」
　彩雪はおなかを撫でた。嫉妬に怒るくせに、怖くて逃げ出してしまう自分。

「ごめんね、こんな弱いお母さんで。もっと強くならないとダメだよね」
　千代子から子を守る強さをもたなければならない。
　だが、いつになったらそんな自分になれるのか。まったく予想がつかなくて、彩雪はため息をこぼした。