なにより許せないのは、煌真を夫としたことだ。
 彼がこんなに素敵だと知っていたならば、高名な人たちと友人なのであるならば、自分が嫁に来たのに。こんな短期間で健康を取り戻すなんて、そんなの聞いてなかった。

 彩雪のドレスはシルク、自分も絹の振袖だが、あの西洋風の美しいレースやフリルがついたドレスなんて持ってない。結い上げた髪も今風で、野暮ったかった彩雪がこんなに垢抜けているのが許せない。

 有能で美しい自分こそが彼にふさわしいのに。
 またあの薬を使わなくちゃ。
 でも、どうやって。同居じゃなければ飲ませる機会なんてない。

 ぎりぎりと彩雪をにらむ。
 彩雪は目を逸らしているが、煌真はわざとらしく彩雪の腰を抱き、仲の良さを見せ付けている。
 彩雪をにらんでばかりいたから、その手がなんどもお腹をさすっていることに気がついた。

「妊娠したの!?」
 気付いた瞬間、憎悪は激しく燃え上がる。なんとしても出産を邪魔しなくてはならない。子が産まれれば、離婚させるのは難しくなるだろう。
 夜会を終えて帰った千代子は、部屋に帰るなり手に持っていたバッグを畳に叩きつけ、踏みつける。

「彩雪なんかがどうしてよ。私のほうがいい女なのに……」
 そうつぶやいたときだった。
「千代子さん」
 縁側から声がして、千代子はけげんな顔をした。
 この声は、今ここで聞こえるはずがないのだ。

「千代子さん、開けてください」
 再びの声に、そっと障子を開けて驚いた。暗がりの中ではあれ、あの美しい男性を見間違えるはずがない。
「煌真さま、どうしてここに!?」
「あなたが忘れられなくて来てしまいました。少しお話できませんか?」
「どうしましょう、お父様に見つかったら大変だわ」
 千代子は目を輝かせ、あえてじらすように言う。

「見つからなければ良いのです。私を部屋に招いてください」
 男の目がきらりと光り、千代子は頭がくらっとした。
「どうぞ。中にいらして」
 千代子が言うと、男は縁側から彼女の部屋へと入る。

 翌朝、目が覚めたときには男はおらず、千代子は理由もなく確信した。
 自分は煌真の子を宿したのだと。