「私はお呼びしていないのですが」
「結婚の披露に嫁の両親を呼んでいないと? そんなわけはありますまい。招待状を出し忘れた非礼は水に流して差し上げましょう。今後は良いお付き合いを。これは私の妻の良理子と次女の千代子です」
 良理子に続き、千代子が頭を下げた。

 煌真は不快さを隠さず眉を寄せた。結婚の知らせを送り、挨拶に伺いたいと手紙を出せば必要ないと返事が来た。そのくせ軍の高官への紹介を請う手紙は来ていて、都度、断っていた。その状態で招待を受けていない夜会に堂々と来られる神経の太さにはあきれる。
「おお、あちらにいらっしゃるのは伯爵」
 悟史は一方的に宣言し、良理子とともにその場を離れた。
 残った千代子はうっとりと煌真を見つめていて、だから彩雪は不安に目をくもらせた。

「なんて素敵なお方。あなたさまのような方は初めて拝見いたしました」
 頬を赤く染めて、千代子が煌真に言う。
「そうですか」
 答える煌真の声は冷たい。

「ああ、先輩、やっと会えた~! って、話し中でしたか、失礼」
 軍服の男性が現れ、煌真に話しかける。
「話しは終わったから大丈夫だ」
 煌真はさりげなく彩雪を千代子から引き離し、彼を彩雪に紹介する。

「彩雪さん、こちらは陸軍学校時代の後輩の富沢幹雅(とみざわ みきまさ)。幹雅、こちらは妻の彩雪さん」
 初めまして、とお互いに挨拶をするが、幹雅の目はわくわくと好奇心に満ちていて、彩雪は戸惑った。