彼は夜の訪問を詫びたあと、部屋に入ることなく続ける。
「箱根の旅館で、女性の働き手が欲しいと言う話を聞きました。いかがですか? 住み込みなので、住居の心配は必要ありません。賄い付きでお給金は……」
 続く言葉は、うまく頭に入らなかった。

「私……やはりお邪魔でしたか」
 しょんぼりと尋ねると、煌真は驚いて彼女を見返す。
「違います。ここにいては母があなたを私の嫁にしようとするから申し訳ないのです。あなたには好いた人と結ばれてほしいのです」
「でしたら……私はここにいたく思います」
 振り絞った言葉に、煌真の言葉が消える。

「あなたのお子を、私に産ませてください。この世にあなたをつなぎとめるために」
 彩雪はまっすぐに彼を見る。
「どういうことですか」
「見ておればわかります。あなたはもうお覚悟をお決めです」
 幼いころは熱を出すたびに命が危うかったという。大人になっても多少よくなった程度でしかなく、だから先が長くないと悟っているのが察せられた。
 そのせいで儚げな美しさがあるのも事実だった。だけど、そんな美よりも彼に生きていてもらいたい。

「あなたを引き留められるなら私はなんでもいたします」
「なにを言ってるのか、わかっておいでか」
「わかっています。充分にわかっています!」
 彩雪は彼にしがみついた。

「女がここまで言っているのです。覚悟をおわかりくださいませ」
 彩雪はうつむく。彼がどんな顔をしているのか、見るのは怖かった。あきれているのか、怒っているのか。否定的な状況は想像できるのに、彼が受け入れてくれるなんてまったく考えられない。