八月第三週の金曜日。十五時。約束の時間からもう既に、一時間が経過している。
先週のあの日、あの男たちに襲撃されてから彼女からの返信は来ず、電話をかけてみても繋がらない。
一体どこに行ってしまったのだろうか。
僕はこの前と同じ、コミュニティラウンジに一人、座って待っている。
たまに、夏休みの最初の方で座っていた席を見に行っても、もちろん彼女の姿はない。
進まない数学の宿題。積み上がった同じ二冊の問題集。
一瞬でもいい。一秒でもいい。彼女が現れてさえくれれば。
ただ、それでいい。
―――
閉館時間を知らせる蛍の光の放送。コミュニティラウンジの重い扉を開いて、上に繋がる階段をゆっくりと登った。
結局、彼女はやってこなかった。
あの日、あんなことを言うから、もうこの先もほんとに会えないんじゃないかと思ってしまう。できるだけマイナス思考にならないよう、きっと大丈夫と自分に言い聞かせながら、一段一段登った。
図書館の自動ドアが開くと、夏の夕方がなだれ込んできた。
湿っぽい、むせかえるような空気。夕方の住宅街。ひぐらしがそこら中で鳴いていた。
頭上の電信柱に止まった一匹は、声を枯らすように鳴いている。彼は一体、何日間相手を待ち続けているのだろうか。そして、あと何日残されているのだろうか。
居ても立ってもいられなくなって、僕は家に帰る前にもう一度、先週彼女が襲われた公園に立ち寄る。
来たのは彼女が襲われたあの日以来だ。
彼女に会えない今、少しでもなにか手がかりがなりそうなものがあるかもしれない。
そう思って、公園へ足を踏み入れる。
相変わらず、手入れがされていないのか、木々が生い茂り伸び放題だが、一部、中央部分の草が減っていた。確かあそこは先週、僕が火をつけて燃やしたところだ。黒く大きな円で焦げたあとがある。
話に聞くと、あのあと消防が駆けつけ消火作業は数分で済んだことで周辺住民への被害や影響はなかったという。
火が上がり、消防が駆けつけたときにはひと一人すら残っていないどころか、なにも証拠も見つからず、原因は不明のまま迷宮入りしたという。
少なくとも僕に疑いを持たれていることもなく、リップクリーム入りティッシュは無事、跡形もなく燃えきってしまったようだ。このあと、火事の取り調べなどで僕が濡れ衣を着せられることはなさそうだ。少しホッとした。
焦げた後の地面にはまだ草は生えておらず、少し焦げた色の草が根本から枯れているようだ。もちろん、そこに彼女がいるわけでもない。一体彼女はどこへ行ったのだろうか。
諦めて公園を出ようとした瞬間、草むらの中に落ちている、なにか布の生地のものを拾う。大半が焼失しており、一見竹の長い草の枯れ葉に見えるが、よく見ると黒い刺繍が刻まれている。
それは、襲撃してきた男たちが巻いている、光沢のある白いバンダナだった。おそらく、リーダー格ではないやつが落としていったのだろう。ほとんど焼けていない部分は、大変肌触りが良く、おそらく上質な天然由来の生地でできているようだった。
しかし、一体この家紋のような、エンブレムのようなものは何だろうか。とりあえず、なにかの役に立つのではないかと考え、ポケットに忍ばせた。
顔を上げると夕日はいつの間にか沈んでいて、空は赤寄りの紫色で、やがて来る夜を感じる。
そこに携帯の通知が来る。彼女からだった。
広場に立っていた僕はそのまま携帯を開く。ぼんやりと画面の光が僕の顔を照らして、くるぶしをチクチクと刺してくる焼けた草にかゆみを覚えながら、携帯を操作する。
そこには淡々と文章が綴られていた。
「この前はありがとう。ようすけがいなかったらどうなっていたわからない。」
いつもよりも元気がないようだ。
「そして、今日は図書館に行けなくてごめんね。ずっとね、怖くて行けなかった。また襲われるんじゃないかって。もうこれ以上、よーすけを危険な目に合わせたくない。」
迷惑なんて思っていない。むしろ、僕は守りたいとすら思っているのに。
「だから、みんなから離れることにしたの。金ちゃんにも迷惑がかかるから。だから、その、今までありがとう。」
どういうことだ。1人はかえって危険だろう。すかさずポケットに携帯を入れて、金ちゃんの店へ、彼女の元へ駆け出した。
金ちゃんの店の二階の電気は消え、シャッターは閉まっていた。
インターホンを押すと、向こうから「はーい、今出るからねー」といういつもの金ちゃんの声がする。
「おお、ようすけ。この前ぶりじゃの。あの時はありがとう。今日はどうした?美穂はまだ、帰ってきとらんよ。」
「そっか。さっき、美穂さんからこんな連絡が来たんだ。」
光る携帯電話の画面に表示された、メッセージを金ちゃんに見せる。金ちゃんが呼んでる間はとても静かで、街灯に飛んできた虫がカツカツとプラスチックのカバーがかかった光源にぶつかる音だけが聞こえる。
「そうか、まぁ、この世界はやはり彼女には危険じゃ。無理はない。」
妙に金ちゃんは納得をしている。僕は、こんなにも混乱していて、納得なんかしていないのに。
「どういうことだよ、金ちゃん。彼女から何か聞いたのかよ!何か知ってるのかよ!どこにいるんだよ!今この時も、危ない目に遭っているというのに。」
金ちゃんは俯いて、僕の主張を何も言わずに聞いていた。そして、一通り言い放ったあと、彼は口を開く。
「ああ、知っている。遥か昔からな。話してやってもいいが、多分、美穂がそれを許さないだろうな。申し訳ない。」
金ちゃんは申し訳なさそうに目を伏せて、頭を下げた。
そうじゃない、そうじゃないんだよ。僕がして欲しいことは。
「どうしてだよ…なんで…」
僕はその場に崩れ落ちる。店先のコンクリートの地面は思ったよりもひんやりしていて、うなだれた僕の膝を冷やしていく。
滴る汗が頬に伝わり落ちて、シミになっていく。悔しくて悔しくて、仕方がない。
「きっと彼女は無事だから。もしかしたらもう会えないかもしれないが…彼女も君のことを想ってしたことだから、わかってやってくれないか。」
金ちゃんも僕の気持ちを汲んでくれて、残念そうに見つめる。
彼女が何者で、そしてどこに行ってしまったのか。
―――
「ありがとう、金ちゃん。取り乱してごめん。」
気持ちも落ち着いて、僕は立ち上がった。
「いや、いいんだ。いつかはわかるはずだ。だが、今は力になってやれなくてすまないな。」
僕より背丈の小さい金ちゃんは見上げて、僕の肩をポンポンと叩く。
「あとは、お前も美穂を襲った奴らに顔を見られているのだから、くれぐれも気をつけるんだぞ。」
「ああ、わかった。…そういえば、アイツら名乗ってもいないのに僕の名前、知ってたんだ。どこかで会ったことがあるのかな。」
「そうだなぁ。これもなんともいえんな。申し訳ない。」
「そうか…ありがとう。」
こうして、僕は金ちゃんの店を後にする。家までの帰り道が長く感じた。
信号のない十字路を渡ろうとすると、向こう側から人影が見える。それはとても知っている顔で、街灯の真下になるまで暗くてわからなかった。
「おう、ようすけ!偶然だな!こんなところでばったり会うなんてな!」
なんと、それは雅也だった。十九時半の道の真ん中。
サッカーの練習着のような、半袖半ズボンに運動靴でジョギングの速度で向かってきた。
こんな時間に、ばったり出くわすなんて。
「この前の江ノ島ぶりだな!あの時は花火ができなくて残念だったなあ。また今度、みんなで遊ぼうぜ。」
「ああ、そうだな。」
どうしても、いまいち元気が出ない。さっきのことがあったからだ。
「ん?どうした、いつもよりも元気がねえぞ。なんかあったか?」
僕は少し黙ってから、ゆっくり話し始めた。
「ああ、そうだな。でも、美穂さんはしばらく会えないかもしれないんだ。だから、いつかまた、みんなで遊べるといいな。」
雅也の表情が変わった。少し険しい。
「そうなのか。何かあったのか?」
「ああ、わからないんだ。もしかしたら、夏休みが明けても来ないかもしれない。」
「そんな。それじゃあ困るんだよ!!!」
急に声を荒げた。こんな雅也は初めてだ。いつもは穏やかなコイツが、心を乱すなんて。
「…わりぃ、つい声を荒げてしまった。」
キョトンとする僕を見て、静かにさせないように彼は慌てて話し続けた。
「いやあ、その、また会えるもんだとばかり思ってたからさ。その、アレだよ、彼女が俺には必要なんだよ。」
「まさか、美穂さんのことが……好きなのか?」
僕は恐る恐る聞いた。雅也は落ち着かない様子で、本音を隠そうとするようにしていたが、もごもごと話す。
「まぁ、そんなところだな。恋とかそういうのじゃないけどな。この夏で全てカタをつけようと思っててよ。」
意外だった。
あの夏祭りの日から、てっきり千佳のことが好きなのだと思っていたから。僕は驚いて言葉が出てこない。荒い呼吸のような、声にならない声のような息が漏れ出す。
「…そんなことだからよ、もし高久美穂に会ったりしたら、俺も会いてえからよ、教えてくれや。…友達だろ?な?」
「…ああ、わかった。きっと会えないけど、その時は連絡する。」
とりあえず、返事をした。とりあえず、だ。
「ありがとうよ!そんじゃ、俺ちょっと探し物してるからよ、またな。気をつけて帰れよ!」
「ああ、またな。」
そういい、「じゃ!」と手を振って、向かってきた時と同じようにジョギングをしながら、僕が来た道の方へ行った。
まさか、雅也が彼女のことを好きだったなんて。
どうしてもその場のノリで、見つけたら連絡をするといってしまった。
しかし、雅也が思っている以上に僕は彼女が心配で、それでいて、今すぐにでも会いたい。もし彼女に僕が先に出会っていたら、きっと雅也には連絡しないだろう。できないだろう。
なぜなら、取られてしまうのが怖い、そんな気がしていたから。
ああ、やっぱりそうだ。今になってはっきりした。
僕は、彼女が好きだ。
高久美穂が、好きなんだ。
―――
先週のあの日、あの男たちに襲撃されてから彼女からの返信は来ず、電話をかけてみても繋がらない。
一体どこに行ってしまったのだろうか。
僕はこの前と同じ、コミュニティラウンジに一人、座って待っている。
たまに、夏休みの最初の方で座っていた席を見に行っても、もちろん彼女の姿はない。
進まない数学の宿題。積み上がった同じ二冊の問題集。
一瞬でもいい。一秒でもいい。彼女が現れてさえくれれば。
ただ、それでいい。
―――
閉館時間を知らせる蛍の光の放送。コミュニティラウンジの重い扉を開いて、上に繋がる階段をゆっくりと登った。
結局、彼女はやってこなかった。
あの日、あんなことを言うから、もうこの先もほんとに会えないんじゃないかと思ってしまう。できるだけマイナス思考にならないよう、きっと大丈夫と自分に言い聞かせながら、一段一段登った。
図書館の自動ドアが開くと、夏の夕方がなだれ込んできた。
湿っぽい、むせかえるような空気。夕方の住宅街。ひぐらしがそこら中で鳴いていた。
頭上の電信柱に止まった一匹は、声を枯らすように鳴いている。彼は一体、何日間相手を待ち続けているのだろうか。そして、あと何日残されているのだろうか。
居ても立ってもいられなくなって、僕は家に帰る前にもう一度、先週彼女が襲われた公園に立ち寄る。
来たのは彼女が襲われたあの日以来だ。
彼女に会えない今、少しでもなにか手がかりがなりそうなものがあるかもしれない。
そう思って、公園へ足を踏み入れる。
相変わらず、手入れがされていないのか、木々が生い茂り伸び放題だが、一部、中央部分の草が減っていた。確かあそこは先週、僕が火をつけて燃やしたところだ。黒く大きな円で焦げたあとがある。
話に聞くと、あのあと消防が駆けつけ消火作業は数分で済んだことで周辺住民への被害や影響はなかったという。
火が上がり、消防が駆けつけたときにはひと一人すら残っていないどころか、なにも証拠も見つからず、原因は不明のまま迷宮入りしたという。
少なくとも僕に疑いを持たれていることもなく、リップクリーム入りティッシュは無事、跡形もなく燃えきってしまったようだ。このあと、火事の取り調べなどで僕が濡れ衣を着せられることはなさそうだ。少しホッとした。
焦げた後の地面にはまだ草は生えておらず、少し焦げた色の草が根本から枯れているようだ。もちろん、そこに彼女がいるわけでもない。一体彼女はどこへ行ったのだろうか。
諦めて公園を出ようとした瞬間、草むらの中に落ちている、なにか布の生地のものを拾う。大半が焼失しており、一見竹の長い草の枯れ葉に見えるが、よく見ると黒い刺繍が刻まれている。
それは、襲撃してきた男たちが巻いている、光沢のある白いバンダナだった。おそらく、リーダー格ではないやつが落としていったのだろう。ほとんど焼けていない部分は、大変肌触りが良く、おそらく上質な天然由来の生地でできているようだった。
しかし、一体この家紋のような、エンブレムのようなものは何だろうか。とりあえず、なにかの役に立つのではないかと考え、ポケットに忍ばせた。
顔を上げると夕日はいつの間にか沈んでいて、空は赤寄りの紫色で、やがて来る夜を感じる。
そこに携帯の通知が来る。彼女からだった。
広場に立っていた僕はそのまま携帯を開く。ぼんやりと画面の光が僕の顔を照らして、くるぶしをチクチクと刺してくる焼けた草にかゆみを覚えながら、携帯を操作する。
そこには淡々と文章が綴られていた。
「この前はありがとう。ようすけがいなかったらどうなっていたわからない。」
いつもよりも元気がないようだ。
「そして、今日は図書館に行けなくてごめんね。ずっとね、怖くて行けなかった。また襲われるんじゃないかって。もうこれ以上、よーすけを危険な目に合わせたくない。」
迷惑なんて思っていない。むしろ、僕は守りたいとすら思っているのに。
「だから、みんなから離れることにしたの。金ちゃんにも迷惑がかかるから。だから、その、今までありがとう。」
どういうことだ。1人はかえって危険だろう。すかさずポケットに携帯を入れて、金ちゃんの店へ、彼女の元へ駆け出した。
金ちゃんの店の二階の電気は消え、シャッターは閉まっていた。
インターホンを押すと、向こうから「はーい、今出るからねー」といういつもの金ちゃんの声がする。
「おお、ようすけ。この前ぶりじゃの。あの時はありがとう。今日はどうした?美穂はまだ、帰ってきとらんよ。」
「そっか。さっき、美穂さんからこんな連絡が来たんだ。」
光る携帯電話の画面に表示された、メッセージを金ちゃんに見せる。金ちゃんが呼んでる間はとても静かで、街灯に飛んできた虫がカツカツとプラスチックのカバーがかかった光源にぶつかる音だけが聞こえる。
「そうか、まぁ、この世界はやはり彼女には危険じゃ。無理はない。」
妙に金ちゃんは納得をしている。僕は、こんなにも混乱していて、納得なんかしていないのに。
「どういうことだよ、金ちゃん。彼女から何か聞いたのかよ!何か知ってるのかよ!どこにいるんだよ!今この時も、危ない目に遭っているというのに。」
金ちゃんは俯いて、僕の主張を何も言わずに聞いていた。そして、一通り言い放ったあと、彼は口を開く。
「ああ、知っている。遥か昔からな。話してやってもいいが、多分、美穂がそれを許さないだろうな。申し訳ない。」
金ちゃんは申し訳なさそうに目を伏せて、頭を下げた。
そうじゃない、そうじゃないんだよ。僕がして欲しいことは。
「どうしてだよ…なんで…」
僕はその場に崩れ落ちる。店先のコンクリートの地面は思ったよりもひんやりしていて、うなだれた僕の膝を冷やしていく。
滴る汗が頬に伝わり落ちて、シミになっていく。悔しくて悔しくて、仕方がない。
「きっと彼女は無事だから。もしかしたらもう会えないかもしれないが…彼女も君のことを想ってしたことだから、わかってやってくれないか。」
金ちゃんも僕の気持ちを汲んでくれて、残念そうに見つめる。
彼女が何者で、そしてどこに行ってしまったのか。
―――
「ありがとう、金ちゃん。取り乱してごめん。」
気持ちも落ち着いて、僕は立ち上がった。
「いや、いいんだ。いつかはわかるはずだ。だが、今は力になってやれなくてすまないな。」
僕より背丈の小さい金ちゃんは見上げて、僕の肩をポンポンと叩く。
「あとは、お前も美穂を襲った奴らに顔を見られているのだから、くれぐれも気をつけるんだぞ。」
「ああ、わかった。…そういえば、アイツら名乗ってもいないのに僕の名前、知ってたんだ。どこかで会ったことがあるのかな。」
「そうだなぁ。これもなんともいえんな。申し訳ない。」
「そうか…ありがとう。」
こうして、僕は金ちゃんの店を後にする。家までの帰り道が長く感じた。
信号のない十字路を渡ろうとすると、向こう側から人影が見える。それはとても知っている顔で、街灯の真下になるまで暗くてわからなかった。
「おう、ようすけ!偶然だな!こんなところでばったり会うなんてな!」
なんと、それは雅也だった。十九時半の道の真ん中。
サッカーの練習着のような、半袖半ズボンに運動靴でジョギングの速度で向かってきた。
こんな時間に、ばったり出くわすなんて。
「この前の江ノ島ぶりだな!あの時は花火ができなくて残念だったなあ。また今度、みんなで遊ぼうぜ。」
「ああ、そうだな。」
どうしても、いまいち元気が出ない。さっきのことがあったからだ。
「ん?どうした、いつもよりも元気がねえぞ。なんかあったか?」
僕は少し黙ってから、ゆっくり話し始めた。
「ああ、そうだな。でも、美穂さんはしばらく会えないかもしれないんだ。だから、いつかまた、みんなで遊べるといいな。」
雅也の表情が変わった。少し険しい。
「そうなのか。何かあったのか?」
「ああ、わからないんだ。もしかしたら、夏休みが明けても来ないかもしれない。」
「そんな。それじゃあ困るんだよ!!!」
急に声を荒げた。こんな雅也は初めてだ。いつもは穏やかなコイツが、心を乱すなんて。
「…わりぃ、つい声を荒げてしまった。」
キョトンとする僕を見て、静かにさせないように彼は慌てて話し続けた。
「いやあ、その、また会えるもんだとばかり思ってたからさ。その、アレだよ、彼女が俺には必要なんだよ。」
「まさか、美穂さんのことが……好きなのか?」
僕は恐る恐る聞いた。雅也は落ち着かない様子で、本音を隠そうとするようにしていたが、もごもごと話す。
「まぁ、そんなところだな。恋とかそういうのじゃないけどな。この夏で全てカタをつけようと思っててよ。」
意外だった。
あの夏祭りの日から、てっきり千佳のことが好きなのだと思っていたから。僕は驚いて言葉が出てこない。荒い呼吸のような、声にならない声のような息が漏れ出す。
「…そんなことだからよ、もし高久美穂に会ったりしたら、俺も会いてえからよ、教えてくれや。…友達だろ?な?」
「…ああ、わかった。きっと会えないけど、その時は連絡する。」
とりあえず、返事をした。とりあえず、だ。
「ありがとうよ!そんじゃ、俺ちょっと探し物してるからよ、またな。気をつけて帰れよ!」
「ああ、またな。」
そういい、「じゃ!」と手を振って、向かってきた時と同じようにジョギングをしながら、僕が来た道の方へ行った。
まさか、雅也が彼女のことを好きだったなんて。
どうしてもその場のノリで、見つけたら連絡をするといってしまった。
しかし、雅也が思っている以上に僕は彼女が心配で、それでいて、今すぐにでも会いたい。もし彼女に僕が先に出会っていたら、きっと雅也には連絡しないだろう。できないだろう。
なぜなら、取られてしまうのが怖い、そんな気がしていたから。
ああ、やっぱりそうだ。今になってはっきりした。
僕は、彼女が好きだ。
高久美穂が、好きなんだ。
―――
