目を合わせるまでの距離

眠る前、枕の脇で耳をすます。

外の雨は、ぽつぽつから、ざあざあへ変わりかけていた。

家の壁を伝う水の音が、遠い心臓の鼓動みたいに絶え間ない。

私は天井を見つめる。

目を合わさない訓練ばかりしてきた私の視線は、逃げ場所を覚えるのがうまい。

逃げるのは、悪いことではないと、ずっと思ってきた。

けれど、逃げ続けると、世界はどんどん狭くなる。

明かりの届く範囲だけが、私の安全地帯になってしまう。

目を閉じると、六年の春の声がまた再生される。

「俺、柚木のことが嫌いだわ。」

たった一度の音が、時間を越えて現在形になる。