目を合わせるまでの距離

私は活字を見たまま、返事のかわりにペットボトルを前へ差し出す。

「一本どうぞ」声は出る。

「ありがと」

ペットボトルが受け取られ、静かにキャップが鳴る。間。彼は続けた。

「さ、さっきさ……っていうか、前の、その、六年のときの、さ」

言葉が狭いところでつかえているみたいだ。

私は膝に重心を落とし、トン、トンを探す。

手首の下の小石みたいな鼓動が、指に触れる。

天野さんが、列に向けて淡々と声を出す。

「水は一本ずつで回してください。小さなお子さんに先を譲ってください」

声の流れに、空気が少し広がる。

私はノートを胸ポケットの中で指先だけ開く。

まだ書かない。

けれど、書く場所があると思うだけで、息は通りやすくなる。