目を合わせるまでの距離

「おはよう。今日もラベル、お願いできる?」

落ち着いた声。

天野湊さんだ。

彼は腕章を整え、名札を指で軽く叩いてから、私の立ち位置から読みやすい向きに箱を回した。

「無理しないで。必要なら“丸”」

合図の言葉は、いつでも逃げ道になる。

私はうなずき、活字に息を合わせる。

「小麦・乳、含む。アレルゲン明記あり。内容量……」

読んで、渡す。読む。渡す。

テープの音、ペットボトルのコトリという短い音。

列が前へ進む。

湿ったジャージの擦れる音の合間に、知っている声の高さが混じってくる。

私は視線をラベルに貼り付けたまま、四つ吸って、四つ止めて、四つ吐く。

「……柚木?」真正面ではない、斜め下からの音。

三上の声は、昔のまま少し軽い。