私はうなずき、視線をゆっくり上げる。

いち、に、さん――行けた。

今度は逃げずに、自分の意思で下ろす。

胸の中の水が、静かに均(なら)される感じ。

「いけてた」彼は短く言って、名札を指で直す。

「欲張らなければ、五秒もいつか来る」

「じゃ、斜めで五秒、次の目標」

私はノートに書き足す。

「3.0秒/合図:なし/気持ち:均」

その下に小さく、“斜め5秒”。

遠くで子どもが笑い、係の人が「歩くときは足もと注意」と繰り返す。

天井の雨音は、朝よりさらに軽い。

私はノートを閉じ、胸ポケットに戻す。

白いテープの上を一歩。

自分の歩幅で一歩。

世界は急に広くならない。

けれど、境界線は自分で一本、引ける。

丸い光がなくても、紙の枠と、指先の脈と、三つまでの数え歌があれば、歩ける。

私は小さくうなずき、次の箱へ向かった。

次の三秒のために。