目を合わせるまでの距離

お昼前、炊き出しのおにぎりが段ボールから顔を出した。

海苔の匂いが少しだけ体育館の空気を変える。

配り終えると、天野さんが離れたベンチを顎で示す。

「ここ、空いてる」

私は二席ぶん距離をおいて座る。

距離があると、息が通りやすい。

「高校、どこ?」と私は問わない。

背景を詰めても、息は楽にならないから。

ただ、おにぎりの三角の角を見つめて、言えることだけ言う。

「さっきの、ありがと」

「こちらこそ。三秒、世界記録だった」

彼は軽く笑って、すぐ笑いを引っ込める。

「あ、笑わせようとしてない。ごめん」

「だいじょうぶ」

私はおにぎりをひと口。

米が、今はちゃんと米の味に戻っている。

昨夜は怖さで味が薄かった。

「もう一個、練習、増やしていい?」

彼はベンチの背に指で丸を描く。

「名前で呼ぶやつ。今は俺が“柚木さん”って呼ぶから、無理なかったら合図して、目を三秒。ムリだったら“丸”で止める」