目を合わせるまでの距離

「この前さ、っていうか、前の学校のとき、なんか、あの――」

言葉が探り探り、私の耳のすぐ手前で引っかかる。

彼はたぶん、あのときのことを言おうとしている。

廊下の陰、乾いた声、笑いの混じる空気。

私は毛布の銀や活字の黒のように、はっきりした色を探す。

「今は、配ってるから」

私は言う。

細く、でも切れない声で。

ラベルの角が滲む。

滲んでも、角は角のままだ。

「……あ、うん。そうだよな」

彼は少し下がり、列の隙間を確かめる。

私の視界の端で、ジャージの袖が遠ざかる。