目を合わせるまでの距離

呼吸が、丸い光の輪郭に合わせて整う。

天野さんは床の一点を見たまま、同じ速さで短く言葉を置く。

「できてる。上手い」

褒め言葉が、くすぐったくない。

むしろ、胸の通り道を一本増やしてくれたみたいだ。

「もっと楽にしたかったら、今見えるものを五つ、触れてるものを四つ、聞こえる音を三つ、匂いを二つ、味を一つ――って数える方法もあるよ。全部できなくても、どこか途中で止まっていい」

私は光の中を見回す。

見えるもの――毛布の皺、ペットボトルのラベル、母の手の影、床のテープ、非常口の緑。触れているもの――毛布、ひざ、懐中電灯の冷たい金属、パーカーの内側。

三つ目が出てこなくて、そこで止める。

止めてもいいのだと思うと、さらに息が通った。