目を合わせるまでの距離

返したい気持ちはあるのに、目が合う瞬間を想像すると、喉が先に固くなる。

放課後の委員会、社会科の先生が「柚木さん、これ持って」とプリント束を差し出す。

指先がふるえ、受け取るまでのわずかな時間が永遠みたいに延びる。

四つ吸って、四つ止めて、四つ吐く。

あの日から覚えた呼吸の数え歌。

りこは机の下でそっと私の足をつつく。

「大丈夫」それだけ言って、前を向く。

彼女の一言は、私の背中を温める小さな湯たんぽだ。

けれど、授業が終わって廊下に出ると、また目は床を追い始める。

四角いタイルの継ぎ目は安全で、誰ともぶつからない。

私の世界は、足もとから始まって、足もとで終わる。

まだ少し怖い。