目を合わせるまでの距離

四つ吸って、止めて、吐く。

天野さんは、私が視線を外したことに気づいても追いかけてこない。

ただ黙って箱の位置を少し動かし、私の立ち位置から読みやすい向きにそっと回す。

「この列、あと二箱で終わり」

私は「あ、ありがとうございます」と、やっと声を合わせる。

横ではカイロの箱が開かれ、別のボランティアが家族連れに配っている。

銀色の毛布がふわりとひらいて、肩にかかるたび、静かな「ありがとう」が小さく跳ねる。

私は活字の小さな粒をひとつひとつ拾い、声にして渡す。

そのたび、喉の奥の硬さが少しずつほどけていくのが分かった。