不思議なことに、あのときの黒板の白も、廊下の冷たさも、靴底のきしむ感触まで思い出せるのに、私はいまだに、言葉の“続き”だけは思い出せない。

あったのか、なかったのか。

もし続きがあっても、私は聞かなかった。

私は枕元で小さなリストをつくる。

見られるもの、見られないもの。

時計の針は見られる。

教科書の地図も見られる。

人の瞳は、むずかしい。

スマホのロック画面の猫は、いつでも平気だ。

耳の奥で、ぴろん、と通知音。

市の防災アプリが、雨への注意を促してくる。

階段を上がる足音。

「灯、雨すごいね」

母の声。

私は「うん」とだけ返した。