玉蘭と秋香は宮に戻され、厳重な警備が敷かれた。
 
 揚揚が玉蘭を呪おうとしていたことに関しては、決め手となる証拠がないらしい。
 本人から直接その話を聞いたのは玉蘭だけだった。
 揚揚は、そんなことは言っていないとしらを切り続けているようだ。
 
「おふたりの宮から同じ呪いの痕跡があったのはたしかです。しかし呪物が見つからないため、これ以上の調査は不可能かと」
 占術師はそう言っているらしい。
 後宮内に運び込まれる物は、巫女の実家からの贈り物でも必ず検閲が入る。
 その線から、最近あやしいお香が揚揚の実家から届けられていないか調べてみたものの、そういった記録はなかったという。
 
「ということは、入内の時から持っていたのかもしれませんね」
 玉蘭の推察に、皓月は渋い顔で頷いた。
「入内の荷物は大量だから、検閲も甘くなる。その可能性が高いだろうな」
 だとすれば、使う相手や目的を定めぬまま切り札として最初から持ち込んでいたことになる。

 揚揚の虚偽の懐妊に関しては、侍医も首をひねって診断を下せないでいる。
「通常の妊娠は、していらっしゃいません。しかし、竜気を変換して竜を宿している状態というのを診た経験がないため、なんとも……」
 と、言葉を濁しているようだ。
 揚揚は、あくまで自分は懐妊しているつもりだと主張しているらしい。

 芳夫人の取り調べは、本人が錯乱していてなにを言っているのかよくわからないため、証拠にならないという。
 揚揚を完全に追い詰める手立てがない。
 玉蘭はあらためて後宮の闇深さを痛感した。
 またいつ狙われるとも限らない。だからこそ、竜卜占で竜の裁きを受けたい玉蘭だ。

「それより体調は大丈夫か?」
 皓月に問われた玉蘭は、笑顔で頷いた。
「はい。悪阻はおさまってきました」
 お腹の子は順調に育っていると侍医からもお墨付きをもらっている。
 あの日以来、皓月は夜に限らず頻繁に玉蘭の宮を訪れて、時間の許す限り一緒に過ごすようになった。
 少し過保護ではないかと思いながらも、玉蘭はうれしさを隠しきれずに笑顔になる。

 玉蘭のお腹に手を当てる皓月の顔は、すでに父親そのものだ。
(この子を守ってみせる……!)
 玉蘭は秘めた闘志を燃やす。 

 竜卜占の宣言の後に玉蘭の懐妊を知らされた時、皓月は眉根を寄せてなにかを思案している様子だった。
 もしも玉蘭が竜卜占を失敗したら、子まで失う可能性がある。だから複雑な胸中なのだろう――と思っていた玉蘭の予想は、外れた。
「よかった。きっと竜卜占は成功する」
 そう言うや否や、皓月はうれしそうに笑って玉蘭を抱きしめたのだ。

 懐妊と竜卜占がなにか関係あるんだろうかと首を傾げる玉蘭に、皓月は意味ありげなことを教えてくれた。
 玉蘭の竜気に関することだ。
「竜卜占では、私たちの子が手助けしてくれるはずだ。玉蘭の秘められた能力も明らかになるだろう」
「わたし、この子に助けられてばかりいるのです」
 すると皓月は、くくっと笑った。
「さすが、私たちの子だ」
 どういうことなのか、玉蘭にはまだよくわからない。
 しかし皓月に後押しされている安心感から、とても落ち着いた気持ちで過ごしている。

 
「玉蘭様、ひもが届きましたよ!」
 秋香が明るい声でやってきた。手には、赤いひもを握っている。
「ありがとう」
 受け取った玉蘭は、ひもをそっと撫でた。
「きっとうまくいきます!」
 秋香は、玉蘭の竜卜占がうまくいくと信じて疑っていない。
 独房に閉じ込められた時も、ずっと玉蘭の身の潔白を訴えつづけていたという。

 竜卜占には、碰鈴(ほうれい)という道具を使う。
 ひもの両端に真鍮製の鈴をくくりつけた楽器だ。それを鳴らしながら舞うことで竜を呼ぶ。
 竜卜占まであと五日。
 玉蘭は手作りの組みひもの碰鈴を使おうと思いつき、材料となるひもを取り寄せた。
 色は、皓月の髪と同じ赤色を選んだ。

 玉蘭は、鈴の音が竜へ届きますようにと祈りながら、丹精込めて組ひもを編んでいく。
 碰鈴が完成したのは、竜卜占本番の前日のことだった。