とうとう、玉蘭の処刑の朝がきた。
後宮の北側、普段は立入厳禁となっている場所に、死装束を着て後ろ手に縛られた玉蘭が立っている。
処刑方法は鴆毒。猛毒を混ぜた酒を罪人に飲ませて処刑する方法だ。
立会人は、芳夫人と宦官がふたり。
まだ朝靄の残る早朝に執行となったのは、芳夫人の差し金だろう。
占術師がガラスの酒杯を載せた丸盆を持って近づいてきた。
酒杯の中には金色の液体が入っている。
本来ならばこれが猛毒なのだろう。しかし揚揚の計画では、玉蘭やお腹の赤子がここで命を落とすのは困る。
だからこの液体は、鴆毒に似せた眠り薬かなにかだろうか。
倒れた玉蘭に嘘の死亡判定を下して後宮の外へ運び出す算段にちがいない。
「口をお開け下さい」
占術師が酒杯を持ち上げる。
玉蘭は固く閉じていた口を開いた。
毒を飲むためではなく、とある宣言を発するために。
「竜卜占を要求します」
玉蘭の凛とした声が響く。
占術師は、動きをピタリと止めた。
竜卜占とは、竜を呼び寄せて真偽を問う占いのことをいう。
遥か昔にはよく行われていた占いで、後宮の巫女が無実を証明するために竜を呼んだという伝説もある。
その伝説をもとに、後宮において身の潔白を証明するために竜卜占を宣言する者がいれば、必ずその要求をのまなければならないきまりがあるのだ。
(しっかり勉強していてよかった!)
玉蘭が一晩考え抜いて導いた打開策はこれだった。
これに芳夫人が異を唱えた。
「なにを馬鹿げたことを! 早くそれを飲ませなさい!」
しかし、占術師は動かない。
「なりません。後宮の規則でございます」
どうやら、ここにいる全員が揚揚に抱き込まれているわけではないらしい。
玉蘭はひとまずホッとした。
これで少しは時間稼ぎができる。
芳夫人の憤慨した金切声が響いた。
「そんな大昔の規則を持ち出して逃げのびたつもり? 竜を呼び寄せるですって? できるものですか!」
そう。竜卜占は竜が現れなければ失敗とされ、罪が確定する。
さらには、一度宣言すれば取り消すことはできない。
さらに芳夫人が言い募る。
「早く刑を執行なさい! この時代に竜がいるものですか!」
「先代の巫女がそれを言うとはな」
ここに居るはずのない人物の声が聞こえて、皆が弾かれたようにその方角を見た。
そこに、皓月が立っている。
「己の立場を理解しろと言ったはずだ。竜帝への侮辱とみなす。その女を捕らえよ」
芳夫人の隣にいた宦官たちは、ハッと我に返ったように動き出し芳夫人を拘束する。
「もう遅いわ! 竜卜占は取り消せないのだから!」
髪を振り乱して叫びながら、芳夫人は引きずられていった。
「玉蘭……」
皓月が玉蘭を引き寄せて抱きしめる。
「おかえりなさいませ」
皓月の鼓動が速い。
急いで駆けつけてくれたのだろうかと思いながら、玉蘭は温かい胸に頬を摺り寄せた。
「竜卜占を宣言したのか?」
「はい」
皓月の腕に力がこもる。
取り消せない宣言をしたのだから、やるしかない。そして竜が現れなければ玉蘭は罪人となる。
しかし不思議と玉蘭に怖さはなかった。
顔を上げ、皓月を確固たる光を宿した目で見つめる。
「わたし、必ず竜を呼んでみせます」
後宮の北側、普段は立入厳禁となっている場所に、死装束を着て後ろ手に縛られた玉蘭が立っている。
処刑方法は鴆毒。猛毒を混ぜた酒を罪人に飲ませて処刑する方法だ。
立会人は、芳夫人と宦官がふたり。
まだ朝靄の残る早朝に執行となったのは、芳夫人の差し金だろう。
占術師がガラスの酒杯を載せた丸盆を持って近づいてきた。
酒杯の中には金色の液体が入っている。
本来ならばこれが猛毒なのだろう。しかし揚揚の計画では、玉蘭やお腹の赤子がここで命を落とすのは困る。
だからこの液体は、鴆毒に似せた眠り薬かなにかだろうか。
倒れた玉蘭に嘘の死亡判定を下して後宮の外へ運び出す算段にちがいない。
「口をお開け下さい」
占術師が酒杯を持ち上げる。
玉蘭は固く閉じていた口を開いた。
毒を飲むためではなく、とある宣言を発するために。
「竜卜占を要求します」
玉蘭の凛とした声が響く。
占術師は、動きをピタリと止めた。
竜卜占とは、竜を呼び寄せて真偽を問う占いのことをいう。
遥か昔にはよく行われていた占いで、後宮の巫女が無実を証明するために竜を呼んだという伝説もある。
その伝説をもとに、後宮において身の潔白を証明するために竜卜占を宣言する者がいれば、必ずその要求をのまなければならないきまりがあるのだ。
(しっかり勉強していてよかった!)
玉蘭が一晩考え抜いて導いた打開策はこれだった。
これに芳夫人が異を唱えた。
「なにを馬鹿げたことを! 早くそれを飲ませなさい!」
しかし、占術師は動かない。
「なりません。後宮の規則でございます」
どうやら、ここにいる全員が揚揚に抱き込まれているわけではないらしい。
玉蘭はひとまずホッとした。
これで少しは時間稼ぎができる。
芳夫人の憤慨した金切声が響いた。
「そんな大昔の規則を持ち出して逃げのびたつもり? 竜を呼び寄せるですって? できるものですか!」
そう。竜卜占は竜が現れなければ失敗とされ、罪が確定する。
さらには、一度宣言すれば取り消すことはできない。
さらに芳夫人が言い募る。
「早く刑を執行なさい! この時代に竜がいるものですか!」
「先代の巫女がそれを言うとはな」
ここに居るはずのない人物の声が聞こえて、皆が弾かれたようにその方角を見た。
そこに、皓月が立っている。
「己の立場を理解しろと言ったはずだ。竜帝への侮辱とみなす。その女を捕らえよ」
芳夫人の隣にいた宦官たちは、ハッと我に返ったように動き出し芳夫人を拘束する。
「もう遅いわ! 竜卜占は取り消せないのだから!」
髪を振り乱して叫びながら、芳夫人は引きずられていった。
「玉蘭……」
皓月が玉蘭を引き寄せて抱きしめる。
「おかえりなさいませ」
皓月の鼓動が速い。
急いで駆けつけてくれたのだろうかと思いながら、玉蘭は温かい胸に頬を摺り寄せた。
「竜卜占を宣言したのか?」
「はい」
皓月の腕に力がこもる。
取り消せない宣言をしたのだから、やるしかない。そして竜が現れなければ玉蘭は罪人となる。
しかし不思議と玉蘭に怖さはなかった。
顔を上げ、皓月を確固たる光を宿した目で見つめる。
「わたし、必ず竜を呼んでみせます」
