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 芳夫人はどうしても皇帝の視察が終わる前に処刑を強行したいらしい。
 玉蘭がなにをどう訴えても、相変わらず聞く耳を持たない。
 逆に、玉蘭に不利になる情報は嬉々として語りにくる。
「占術師からの報告によれば、玉蘭の宮と揚揚の宮から出た呪いの痕跡は同一のものだったようです。これでまた証拠がひとつ増えましたね」
「ですから逆です。揚揚がわたしに呪いをかけたのです」
 揚揚本人がそう告白したのだから間違いない。
 しかし芳夫人は、玉蘭の言葉をただ聞き流すだけだ。

 陛下の帰還を待ちましょうと進言する宦官たちにも屁理屈を通そうとするらしい。
「まるで暴君のようだな」
 と、彼らが愚痴る声が聞こえる。

 先日、井戸で皓月に叱責された件をここまで根に持っているのか、意固地になっているのかはわからない。
 後宮で女帝のように振る舞っていたところに水を差されたのが、それほどまでに恨みを募らせるものなのだろうか。
 最初から揚揚と申し合わせて共謀していたわけでもなさそうだ。
 かいといって、揚揚の悪だくみに気づかないはずがない。むしろ一緒に乗っかれば、玉蘭を貶めたいという目的を果たせると思ったのだろう。
 冷静さを欠いた芳夫人の目つきに、玉蘭はうすら寒さを感じている。

 人の恨みや執着は、なんと恐ろしいのだろう。
『この国をともに支えてほしい』
 皓月の言葉が脳裏によみがえる。
 彼を支えたいと純粋に思う気持ちが悪いことだったとは到底思えない。
(揚揚も芳夫人も自分勝手なことばかりして、皓月様のことも国の民のこともなにも考えてはいないじゃない!)
 
 真面目な優等生が鼻につくと揚揚に言われたショックは、まだ尾を引いている。
 しかし、泣き崩れて己の運命を呪い、されるがままになるのは御免だ。
 
 水と食事を与えられているのは、不幸中の幸いだった。
 それは玉蘭のためではなく、お腹の赤ん坊のためなのだろうけれど。
「あなたに助けられてばっかりね」
 玉蘭は優しくお腹を撫でる。

 実際は、この子がいる限り処刑されることはない。
 だったら、どうにかできる機会はあるだろう。
 秋香は、別の独房に閉じ込められているらしい。彼女も助けなければならない。
 
「わたしは、あきらめないわ」

 なにか策はないか、玉蘭は考えつづけたのだった。