会議室でひとり、朱里はテーブルに突っ伏していた。

「……もうほんと無理……」

 恥ずかしさで死にそうだ。
 いや、むしろ今ここで蒸発して空気になりたい。

 (平田さんの顔見るたびに変な反応して……。
  仕事にならないじゃん、私……)

 それなのに、朝からまともに目も合わせられない。

 こんなはずじゃなかった。
 ただちょっと好きになっただけなのに、こじらせすぎて全然コントロールできない。

 「こじらせてる」って美鈴に言われるたび、反論できなかった。

「はぁ〜〜〜〜」

 情けないため息を吐いたところで、会議室の扉がノックされた。

「中谷先輩?」

 例の天敵(?)——望月瑠奈が顔を出した。
 カフェでの会話以来、妙に鋭い。

「あ……瑠奈ちゃん。なに?」

「ちょっと資料の確認いいですか?……っていうか」

 瑠奈は容赦なく朱里に近づき、
 ズバッと一言。

「先輩、昨日より顔色悪いです」

「お、大丈夫だよ!?ほら元気!超元気!」

 あわあわ手を振る朱里。
 気まずさと焦りが混ざってバレバレだ。

「……やっぱり、平田先輩のこと……」

「言うなぁぁああ!!」

 全力で瑠奈の口を塞ぐ朱里。
 (この時点でほぼ自白)

「んむっ……むー……!」

「お願いだから廊下で言わないで!?誰が聞いてるかわかんないから!!」

 必死すぎて、こじらせ具合がMAX。

 ようやく手を離すと、瑠奈は小さく息を吐いた。

「先輩、わかりやすいですよ。避けてますよね、平田先輩のこと」

「……だって……」

 朱里は小さく肩を落とした。

「あの人見たら……胸がぎゅってするの。
 昨日映画に行ったのに……今日の私は、あれだよ……フリーズ女だよ……」

「それは恋ですね」

「やめてぇ!!!」

 会議室の壁が震えるほどの叫び。
 こじらせている自覚はある。
 でも言われると、心臓がいたい。

 瑠奈は苦笑しながら朱里の隣に座った。

「でも、先輩。そんなに意識して避けてたら……逆に平田先輩、不安になると思いますよ?」

「……うん、わかってる……。
 わかってるんだけど……!」

 朱里は両手で顔を覆った。

「近づきたいのに、近づくと逃げるって……
 ほんと最低の挙動不審じゃん……!」

「うん、挙動不審ですね」

「慰める気ある!?!?」

「事実です。こじらせすぎです」

 冷静な瑠奈。
 心が痛い朱里。

 その時だった。

「……あの、中谷さん。ここ、使っていい?」

「ひゃっっ!!?」

 嵩の声。

 3秒前の“挙動不審”という単語が空気中に漂っている状態での登場。

 朱里は反射的に、瑠奈の後ろに隠れた。

「えっと……中谷さん?なんで隠れて……?」

「き、気のせいです……!」

 気のせいじゃない。
 むしろ一番気のせいじゃない。

 嵩は眉を下げ、少し困ったように笑った。

「やっぱり……最近、避けられてるよね?」

「……っ!」

 図星。
 心臓が爆発しそう。

 瑠奈は一歩下がり、朱里の背中を押す。

「ほら先輩。ちゃんと話してきてください」

「むりむりむり……!」

「むりじゃないです。いってらっしゃい」

 後押し……という名の強制送還。

 朱里は覚悟を決め、嵩のほうを振り返る。

 胸がバクバクしている。
 でも、このまま逃げ続けるわけにもいかない。

「……すみません……避けてたわけじゃ……なく……なく……」

「うん?」

「……うまく話せないだけです……」

 朱里の声は蚊の鳴くように小さかった。
 嵩は一瞬驚いて、それから柔らかく目を細めた。

「そっか。じゃあ──少しだけ、話ししない?」

 その言葉に、朱里の心臓が跳ねた。

 逃げたいのに、逃げたくない。

 こじらせた恋が、また一歩動き出す。