月曜の朝。

朱里はオフィスの入り口で深呼吸をした。



(よし、今日は素直に……!)



美鈴に「行動あるのみ」と背中を押されてから二日。

朱里は決心していた。

「大嫌い」じゃなくて、「ありがとう」や「お疲れさま」をちゃんと言おう。

それくらいならできるはず。



ちょうどその時、エレベーターの前で嵩と鉢合わせた。

「おはようございます、中谷さん」

いつもの柔らかい笑顔。



朱里の心臓はドクンと跳ねた。

(よし、ここで……自然に!)



「お、おは……」

言いかけた瞬間、頭の中が真っ白になる。



沈黙に耐えられず、反射的に口から飛び出した言葉は──

「……大嫌い」



最悪。

よりによって一番言っちゃダメなセリフ。



「え?」

嵩がきょとんと目を瞬かせる。



「ち、違っ……その、えっと……」

朱里は慌てて手を振るが、頭の中は大混乱。



「い、いまのは……その……冗談です!」



「……ああ、冗談、ですか」

嵩は苦笑しながらも、どこか寂しそうに目を伏せた。



その表情に、朱里の胸は締め付けられる。

(あああ、またやっちゃった……!せっかく素直になろうと思ったのに……)



エレベーターに一緒に乗り込むが、重苦しい沈黙。

朱里は自分の靴のつま先ばかり見つめて、降りる階を心待ちにしていた。



──結局、「おはようございます」の一言さえ言えなかった。



デスクに戻ると、美鈴からタイミングよくメッセージが届いていた。

【で、今朝は素直に言えた?】



朱里は額に手を当てて、小さくため息を漏らした。

(言えるわけないじゃない……私、ほんとに“素直になれない病”だわ)



返信は短く。

【失敗。】



送信ボタンを押した瞬間、朱里は机に突っ伏した。

──こじらせの道は、まだまだ続きそうだった。