改札を抜ける人の流れの中で、朱里は立ち止まっていた。
約束の時間より、少し早い。
嵩はまだ来ていない。
──待つ、って。
こんな気持ちだったんだ。
不安がないわけじゃない。
でも、胸の奥にあるのは、落ち着いた温度だった。
スマートフォンが震える。
《今、着いた》
朱里が顔を上げると、少し離れた場所に嵩が立っていた。
スーツ姿。
少しだけ疲れた顔。
でも、こちらを見つけた瞬間、表情が緩む。
その変化に、朱里は胸がいっぱいになる。
歩み寄ってくる足音。
いつもの距離で、止まる。
「お疲れさまです」
「中谷も」
それだけで、十分だった。
並んで歩き出す。
会えなかった時間を埋めるような会話はしない。
天気の話も、仕事の愚痴も、今日は要らない。
駅を出て、夜の街へ。
「……変わった?」
嵩が、ぽつりと聞く。
「何がですか」
「雰囲気」
朱里は少し考えてから、答えた。
「変わった、というより……
逃げなくなった、かもしれません」
嵩は、歩きながら小さく笑った。
「それ、すごい進歩だと思う」
朱里は立ち止まる。
嵩も、気づいて止まる。
夜風が、二人の間を抜ける。
朱里は、深く息を吸った。
──言うなら、今だ。
でも、完璧な言葉は見つからない。
「……あの」
嵩が、黙って待つ。
「好き、って言うの……
まだ、ちょっと怖いです」
正直に言う。
取り繕わない。
「でも」
朱里は視線を上げる。
「言わないまま、離れるのは……
もう、選びません」
沈黙。
嵩は、しばらく何も言わなかった。
それから、静かに答える。
「それで、十分だ」
一歩、距離が縮まる。
触れそうで、触れない。
「俺も、完璧な言葉はいらない」
嵩は、少しだけ声を低くする。
「でも─
一緒に続けたいって気持ちは、同じだ」
朱里の胸が、じんと熱くなる。
「……それでも」
小さく、でもはっきりと。
「それでも、好きです」
言えた。
叫びじゃない。
泣き声でもない。
ただの事実として。
嵩は、驚いた顔をしてから、ゆっくり息を吐いた。
「……うん」
それ以上、言葉は要らなかった。
二人は歩き出す。
今度は、ほんの少し肩が近い。
百回言えなかった「大嫌い」は、もう要らない。
一度だけ言えた「好き」は、これから育てていく。
夜の街に、二人の足音が溶けていく。
物語は終わる。
でも、選んだ日々は、続いていく。
──それでも、好き。
約束の時間より、少し早い。
嵩はまだ来ていない。
──待つ、って。
こんな気持ちだったんだ。
不安がないわけじゃない。
でも、胸の奥にあるのは、落ち着いた温度だった。
スマートフォンが震える。
《今、着いた》
朱里が顔を上げると、少し離れた場所に嵩が立っていた。
スーツ姿。
少しだけ疲れた顔。
でも、こちらを見つけた瞬間、表情が緩む。
その変化に、朱里は胸がいっぱいになる。
歩み寄ってくる足音。
いつもの距離で、止まる。
「お疲れさまです」
「中谷も」
それだけで、十分だった。
並んで歩き出す。
会えなかった時間を埋めるような会話はしない。
天気の話も、仕事の愚痴も、今日は要らない。
駅を出て、夜の街へ。
「……変わった?」
嵩が、ぽつりと聞く。
「何がですか」
「雰囲気」
朱里は少し考えてから、答えた。
「変わった、というより……
逃げなくなった、かもしれません」
嵩は、歩きながら小さく笑った。
「それ、すごい進歩だと思う」
朱里は立ち止まる。
嵩も、気づいて止まる。
夜風が、二人の間を抜ける。
朱里は、深く息を吸った。
──言うなら、今だ。
でも、完璧な言葉は見つからない。
「……あの」
嵩が、黙って待つ。
「好き、って言うの……
まだ、ちょっと怖いです」
正直に言う。
取り繕わない。
「でも」
朱里は視線を上げる。
「言わないまま、離れるのは……
もう、選びません」
沈黙。
嵩は、しばらく何も言わなかった。
それから、静かに答える。
「それで、十分だ」
一歩、距離が縮まる。
触れそうで、触れない。
「俺も、完璧な言葉はいらない」
嵩は、少しだけ声を低くする。
「でも─
一緒に続けたいって気持ちは、同じだ」
朱里の胸が、じんと熱くなる。
「……それでも」
小さく、でもはっきりと。
「それでも、好きです」
言えた。
叫びじゃない。
泣き声でもない。
ただの事実として。
嵩は、驚いた顔をしてから、ゆっくり息を吐いた。
「……うん」
それ以上、言葉は要らなかった。
二人は歩き出す。
今度は、ほんの少し肩が近い。
百回言えなかった「大嫌い」は、もう要らない。
一度だけ言えた「好き」は、これから育てていく。
夜の街に、二人の足音が溶けていく。
物語は終わる。
でも、選んだ日々は、続いていく。
──それでも、好き。



