公園の奥で、足音がした。
砂利を踏む、控えめな音。
朱里は振り向かなかった。
振り向いたら、今まで積み上げてきた覚悟が、少し崩れそうだったから。
「……待たせた?」
嵩の声が、背中に届く。
近い。
でも、触れない距離。
「いえ。今、着いたところです」
嘘ではない。
ほんの少し、早く来ただけ。
嵩は朱里の横に立ち、同じように空を見上げた。
視線が重ならないのが、ありがたかった。
二人の間に、静かな時間が流れる。
夜の公園は、思ったより明るい。
街灯の光が、影を長く伸ばしている。
「……ここ、覚えてた?」
嵩が、ぽつりと言った。
朱里は、少しだけ笑う。
「忘れるわけないです。
私が一番、格好悪かった場所ですから」
「俺は……一番、何も言えなかった場所だ」
その言葉に、朱里の胸が小さく鳴った。
(ああ、同じだったんだ)
どちらも、完璧じゃなかった。
だから、この場所が残っている。
嵩はベンチに腰を下ろし、朱里も少し間を空けて座る。
距離は、昨日と同じくらい。
でも、意味は違う。
「今日さ」
嵩が、前を向いたまま続ける。
「すぐに答えが出る話じゃないと思う。
だから……途中で止めてもいい」
朱里は、驚いて彼を見る。
嵩は、笑っていなかった。
でも、逃げてもいなかった。
「止めるなら、止めるって言っていい。
聞きたくないなら、それも……ちゃんと尊重する」
それは、優しさだった。
同時に、覚悟だった。
朱里は、膝の上で手を組む。
(聞く側って、こんなに勇気がいるんだ)
でも。
「……止めません」
声が、思ったより落ち着いていた。
「全部じゃなくていいなら。
今、話せる分だけでいいなら」
嵩は、ほんの少しだけ、目を細めた。
「ありがとう」
その一言で、空気が変わる。
重さはある。
でも、押しつぶす重さじゃない。
嵩は、息を吸う。
深く。
ゆっくり。
言葉が来る。
朱里は、それを察して、視線を落とした。
(来る)
転勤。
選択。
離れるかもしれない未来。
全部を一気に受け取る準備は、まだできていない。
それでも──
逃げない。
嵩が、口を開いた。
「……実は」
その最初の二文字が、夜に落ちる。
朱里は、ぎゅっと目を閉じた。
そして、開く。
“言われる側”の時間が、
いま、静かに始まった。
砂利を踏む、控えめな音。
朱里は振り向かなかった。
振り向いたら、今まで積み上げてきた覚悟が、少し崩れそうだったから。
「……待たせた?」
嵩の声が、背中に届く。
近い。
でも、触れない距離。
「いえ。今、着いたところです」
嘘ではない。
ほんの少し、早く来ただけ。
嵩は朱里の横に立ち、同じように空を見上げた。
視線が重ならないのが、ありがたかった。
二人の間に、静かな時間が流れる。
夜の公園は、思ったより明るい。
街灯の光が、影を長く伸ばしている。
「……ここ、覚えてた?」
嵩が、ぽつりと言った。
朱里は、少しだけ笑う。
「忘れるわけないです。
私が一番、格好悪かった場所ですから」
「俺は……一番、何も言えなかった場所だ」
その言葉に、朱里の胸が小さく鳴った。
(ああ、同じだったんだ)
どちらも、完璧じゃなかった。
だから、この場所が残っている。
嵩はベンチに腰を下ろし、朱里も少し間を空けて座る。
距離は、昨日と同じくらい。
でも、意味は違う。
「今日さ」
嵩が、前を向いたまま続ける。
「すぐに答えが出る話じゃないと思う。
だから……途中で止めてもいい」
朱里は、驚いて彼を見る。
嵩は、笑っていなかった。
でも、逃げてもいなかった。
「止めるなら、止めるって言っていい。
聞きたくないなら、それも……ちゃんと尊重する」
それは、優しさだった。
同時に、覚悟だった。
朱里は、膝の上で手を組む。
(聞く側って、こんなに勇気がいるんだ)
でも。
「……止めません」
声が、思ったより落ち着いていた。
「全部じゃなくていいなら。
今、話せる分だけでいいなら」
嵩は、ほんの少しだけ、目を細めた。
「ありがとう」
その一言で、空気が変わる。
重さはある。
でも、押しつぶす重さじゃない。
嵩は、息を吸う。
深く。
ゆっくり。
言葉が来る。
朱里は、それを察して、視線を落とした。
(来る)
転勤。
選択。
離れるかもしれない未来。
全部を一気に受け取る準備は、まだできていない。
それでも──
逃げない。
嵩が、口を開いた。
「……実は」
その最初の二文字が、夜に落ちる。
朱里は、ぎゅっと目を閉じた。
そして、開く。
“言われる側”の時間が、
いま、静かに始まった。



