大嫌い!って100回言ったら、死ぬほど好きに変わりそうな気持ちに気付いてよ…。

 駅前の小さなカフェは、平日の夜にしてはほどよく静かだった。

 私は美鈴の向かいに座り、湯気の立つカフェラテを見つめている。

「……で?」

 一口も飲まないうちに、美鈴が言った。

「今日は“ちょっとだけ”って言ってたけど、その顔は絶対ちょっとじゃないよね」

「顔?」

「うん。完全にこじらせてる人の顔」

「失礼な」

 そう返しながら、否定できない自分がいる。

「平田さん?」

 ストローで氷をくるくる回しながら、美鈴はあっさり核心を突く。

「……なんでわかるの」

「だって、朱里が自分から“ちょっとだけなら”って言うときは、だいたい相手が原因」

 ぐうの音も出ない。

 私はため息をついて、視線を落とした。

「……最近、距離が近いんだか遠いんだかわからなくて」

「うんうん」

「話してると安心するのに、あとから自己嫌悪するし」

「うんうん」

「で、気づいたら“なんでもない”って言葉ばっかり増えてる」

 美鈴は、静かに頷いてから言った。

「それ、“大嫌い”って言ってた頃より重症じゃない?」

「……」

 図星すぎて言葉を失う。

「ねえ朱里」

 美鈴は少しだけ声を落とした。

「平田さんの前で、“大嫌い”って言わなくなったの、いつから?」

「……最近」

「それってさ」

 美鈴は、にやっと笑う。

「好きすぎて、冗談にできなくなったってことじゃない?」

「ちが……」

 反論しかけて、止まる。

(違う、って言えない)

「しかも」

 美鈴は続ける。

「向こうも、朱里のこと気にしてる顔してるよ」

「……それは、ない」

「じゃあ聞くけど」

 美鈴は身を乗り出した。

「瑠奈ちゃんが近くにいるとき、平田さんのこと見るの、なんでそんなに嫌そうなの?」

「それは……」

 答えはわかってる。

 でも、口に出したら負けな気がして。

「朱里」

 美鈴は真剣な目で言った。

「このままだと、誰かに取られるよ?」

 心臓が、ぎゅっと縮む。

「“大嫌い”って100回言う前にさ」

 美鈴は、少し優しく笑った。

「一回くらい、“好き”って思ってる自分を認めなよ」

 私はカップを持ち上げ、ようやく一口飲んだ。

 甘くて、少し苦い。

(……ずるい)

 親友は、どうしてこんなに全部見抜くんだろう。

「……ねえ、美鈴」

「なに?」

「もしさ」

 私は、恐る恐る言った。

「向こうから一歩踏み込まれたら……どうすればいいと思う?」

 美鈴は即答した。

「逃げない」

「……」

「それだけでいい」

 その言葉が、胸に残る。

 カフェを出たあと、夜風に当たりながら、私はスマホを握りしめた。

 画面には、平田さんとのトーク。

 最後のメッセージは、あの一言。

──今日の帰り、また一緒に帰りたい。

 まだ返していない。

 でも。

(……逃げない)

 私は、指先に力を込めた。