鬼姫の失せもの探し

 二匹に案内され、緋梅は自分がこれから住むことになる離れにたどり着いた。屋敷の敷地内にあるそこは、もうひとつの門をくぐり抜けた先にあり、小さな池付きの庭まであった。
 離れ、といっても緋梅だけが過ごすには大きすぎた。離れでこれならば、本邸はどれだけ大きいのだろうと、緋梅は思わず壮真がいるはずの方向を見やる。すっかり夜になり、辺りは闇に覆われていた。石畳沿いに置かれている灯籠が、ぼんやりと辺りを照らす。近くの草むらからは、虫の声が聞こえていた。目を閉じれば、まるで自然のなかにいると錯覚するほど、屋敷は静かだった。
 離れのなかに入ると、綺麗に掃除が行き届いている。床の間には、淡く光る梅の枝が飾られていた。緋梅は思わず、梅の花に近寄った。季節はもう秋だ。まさか、この季節に梅が咲いているはずがない。花に近づくと、ほのかな霊力を感じた。すこし冷たいような、手先がぴりっとするような感覚。
「それは、壮真さまが霊力で生み出した梅なの!」
 ふう子が声をかける。
「鬼の姫さまのお名前を聞いて、咲かせたのよ」
「あたしの?」
 先ほどの様子を見た限り、緋梅の名前を覚えているとは思えなかった。怪訝そうにしていた緋梅に、ふう子はにっこりとほほ笑んだ。
「うん! きっと壮真さまなりの、歓迎の証なのよ」
 緋梅はもう一度、霊力で作られたという梅の花を眺めた。
「そう……なのかしら。あなた方の主人は、あたしのことを――鬼のことをどう思っているの?」
「そりゃあ、嫌いに決まってるだろう」
「葉隠!」
 狐――葉隠が答えるのとほぼ同時に、ふう子の尻尾が葉隠の頭を叩いた。
「本当のことじゃないか」
「そんなこと、鬼の姫さまの前で言わなくてもいいの!」
「大丈夫よ。あたしも自分の立場はよくわかっているわ」
 緋梅は冷静に答えた。これまでふたつの種族は争い合っていた。すぐに打ち解けられなくて、当たり前だ。
「あなたたちは、壮真さまの何なの?」
 緋梅は素朴な疑問をたずねた。すると、ふふんとふう子が胸を張る。
「よくぞ聞いてくれたの! あたしたちは、壮真さまに使役されている霊獣なの」
「そのれいじゅうって言うのは、何なの?」
 少なくとも、鬼の国では聞いたことがなかった。
「霊獣は、その名の通り、霊力を持った獣のことを言う。人は神の使い、とも言う」
 ふさりと尻尾を揺らして、葉隠が得意げに言った。
「神さまの使いが、陰陽師に仕えているの?」
「そうよ! 壮真さまは凄いのよ。あたしのお母さんと契約したの」
「ってことは、ふう子のお母さんって、神さまなの?」
「そうよ。あたしのお母さんは山を守る神さまなのよ」
 ぽん、とふう子はお腹を叩いた。
「へぇ。じゃあ鬼の国にも、神さまはいたのかしら。あたしは見たことなかったわ」
「鬼の国にもいるにはいると思うが、鬼は閉鎖的な種族だからな」
「あんた、よく鬼のこと知ってるわね」
 緋梅は思わず声をあげた。葉隠はしまったというふうに口をつぐんだ。
「あたしたち霊獣も神さまたちも、鬼たちのことを意識してるの。鬼はとっても強いから」
 そう言って、ふう子は緋梅を見上げた。
「姫さまも、きっと凄く強いのよね? 霊力も、どこか不思議な感じがするの」
 ふう子の言葉に、緋梅はどきりとした。
「あ、あたしは……鬼のなかでもそこそこってとこかしら」
「ふうん。そうかなぁ。あたしにはとっても強い鬼に見えるの!」
 緋梅に角がないことが、ばれてしまっただろうか。純粋に緋梅を見上げてくる瞳を見ていると、騙しているようで罪悪感がじわじわと湧いてくる。
 その時、緋梅のお腹がぐーっと鳴った。羞恥で顔が熱くなる。
「そろそろ、夕餉の時間なのよ。見てくる!」
 恥ずかしさと解放感がない混ぜになるなか、ふう子がそう言って姿を消した。外から話し声が聞こえてくる。そちらを見ると、小柄な人影が見えた。まだ年若い――壮真よりも幾分か年下だろうか。まだ少年と言ってもいいぐらいの見た目の男が、湯気が立つ御膳を運んでいた。緋梅のいる場所には入らずに、外に御膳を置いていく。ちらりと見えた瞳には、緋梅に対する警戒の色が見えていた。
「あれは、誰?」
 葉隠にたずねる。
「壮真さまの弟子のひとりだ」
「弟子……」
「壮真さまは陰陽師の長だからな。弟子もたくさんいるんだ」
 どこか誇らしげに、葉隠は言った。壮真も若く見えたが、先ほど見えた弟子は壮真よりずっと若く見えた。
「姫さま、ご飯を運んでくれる?」
 ふう子に声をかけられ、緋梅は外においてあった御膳を部屋のなかへ運ぶ。
 御膳には、色鮮やかな魚や白米、あたたかな汁物が並んでいた。
 緋梅はまず、魚に口をつけた。厚い白身はふっくらとしており、ぱらりとかけられた塩気がちょうどよい。汁物をすすると、どこか懐かしい味がして、ほっと一息つけた。どれを食べても、ほっぺたが落ちそうなほど美味しい。鬼の国で、こんなご馳走にありつけるのは正月ぐらいだ。ご馳走を毎日食べられるなら、人の国も悪くない、なんて思ってしまう。
 初めての食事を終えて、緋梅は早々に寝床についた。ふかふかの布団に身を沈めると、すぐに睡魔が襲ってくる。慣れない旅路に、初めての出会い。どうやら、緋梅自身も気付かないうちに、緊張して疲れていたらしい。足元で丸まっている二匹の寝息が、良い子守唄になっていた。意識が薄れていく。
 眠りに落ちる前、瞼の裏に、あの少年の顔がふとよぎった。