「壮真、母上が呼んでるわ」
これまで住んでいた屋敷のなかに、壮真がいるというのが不思議な感覚がする。いつも無表情な壮真も、どことなく緊張しているようだった。
「緊張してる?」
「当たり前だ。緋梅の母親に初めて会うんだぞ。しかも鬼の女王ときた」
「普通の母親だと思えばいいわ。何かあったら、あたしが何とかするし」
「何とかできるのか」
壮真は呆れた顔で緋梅を見つめている。もちろん、と言いたいところだが断言はできない。壮真の前でああ言ったものの、母は強しだ。今までも、これまでも母に勝てる気がしなかった。
「でも、壮真のことは気に入ってると思う。陰陽師だし、あたしと結婚してくれたし」
緋梅は自分の髪をいじりながら答えた。
「私は、まだ緋梅にいいところを見せられてないな」
ふと、緋梅の頬に手が触れた。自然と壮真を見上げるかたちになる。いつもよりずっと近くにある壮真の顔に、緋梅の頬がみるみるうちに熱を帯びる。
「そ、壮真……?」
名前を呼ぶと、壮真は嬉しそうにほほ笑んだ。
「私は緋梅の夫だ。これからももっといいところを見せるべきだと思うのだが……どうだ?」
「う、うん……それはそうなんだけど」
こんなに近くに壮真がいると思うと、いつも通りに言い返せない。もごもごと口の中で言い訳を探しているうちに、壮真はぱっと身体を離した。
「よし、元気が出たな。行くか」
「……あたしは出てない」
軽口を叩く壮真に、緋梅もつい笑みをこぼす。
緋梅が桔梗を取り戻してから、半年が経った。幸い命に別条はなく、桔梗は普段どおりの生活を送っている。角を失ったことを悲観するかと思いきや、桔梗の諦めは早かった。後継者争いの重圧から逃れられたことが心地よいのか、晴れやかな表情を浮かべていた。
結局、芦名とひまりは取り逃がしてしまった。ふたりの姿はどこにもなく、じっと次の一手を練っているに違いない。鬼に着せられていた大火の汚名はそそがれ、鬼と人とは力を合わせて芦名を追うと決めた。芦名を追うため、鬼と人との連合軍の長として、壮真と緋梅が選ばれたのだった。
外に見える鬼の国は、桜の薄桃色に包まれている。帝にはすでに挨拶を済ませ、次は緋梅の母である撫子のもとへと向かうことになる。鬼と人が手を取り合い、共に立ち向かわなければならない。いまはその始まりなのだ。
「壮真、母上の前で恥かかせないでよ」
「安心しろ。夫として、陰陽師として、胸を張るさ」
ふたりは肩を並べて歩き出した。
――その先には、鬼の女王がふたりを待っている。
これまで住んでいた屋敷のなかに、壮真がいるというのが不思議な感覚がする。いつも無表情な壮真も、どことなく緊張しているようだった。
「緊張してる?」
「当たり前だ。緋梅の母親に初めて会うんだぞ。しかも鬼の女王ときた」
「普通の母親だと思えばいいわ。何かあったら、あたしが何とかするし」
「何とかできるのか」
壮真は呆れた顔で緋梅を見つめている。もちろん、と言いたいところだが断言はできない。壮真の前でああ言ったものの、母は強しだ。今までも、これまでも母に勝てる気がしなかった。
「でも、壮真のことは気に入ってると思う。陰陽師だし、あたしと結婚してくれたし」
緋梅は自分の髪をいじりながら答えた。
「私は、まだ緋梅にいいところを見せられてないな」
ふと、緋梅の頬に手が触れた。自然と壮真を見上げるかたちになる。いつもよりずっと近くにある壮真の顔に、緋梅の頬がみるみるうちに熱を帯びる。
「そ、壮真……?」
名前を呼ぶと、壮真は嬉しそうにほほ笑んだ。
「私は緋梅の夫だ。これからももっといいところを見せるべきだと思うのだが……どうだ?」
「う、うん……それはそうなんだけど」
こんなに近くに壮真がいると思うと、いつも通りに言い返せない。もごもごと口の中で言い訳を探しているうちに、壮真はぱっと身体を離した。
「よし、元気が出たな。行くか」
「……あたしは出てない」
軽口を叩く壮真に、緋梅もつい笑みをこぼす。
緋梅が桔梗を取り戻してから、半年が経った。幸い命に別条はなく、桔梗は普段どおりの生活を送っている。角を失ったことを悲観するかと思いきや、桔梗の諦めは早かった。後継者争いの重圧から逃れられたことが心地よいのか、晴れやかな表情を浮かべていた。
結局、芦名とひまりは取り逃がしてしまった。ふたりの姿はどこにもなく、じっと次の一手を練っているに違いない。鬼に着せられていた大火の汚名はそそがれ、鬼と人とは力を合わせて芦名を追うと決めた。芦名を追うため、鬼と人との連合軍の長として、壮真と緋梅が選ばれたのだった。
外に見える鬼の国は、桜の薄桃色に包まれている。帝にはすでに挨拶を済ませ、次は緋梅の母である撫子のもとへと向かうことになる。鬼と人が手を取り合い、共に立ち向かわなければならない。いまはその始まりなのだ。
「壮真、母上の前で恥かかせないでよ」
「安心しろ。夫として、陰陽師として、胸を張るさ」
ふたりは肩を並べて歩き出した。
――その先には、鬼の女王がふたりを待っている。
