茶屋の老女が言っていた村までは、さほど時間はかからなかった。村はさほど大きくなく、ぽつぽつと家々が立ち並んでいる。のどかな光景の中で、晴仁の表情だけが険しかった。
「晴仁、どうしたの?」
「この村の入り口に、微かですが結界を張った跡がある。陰陽師のものだ」
緋梅には見えない、陰陽道の術を使った痕跡があるらしい。晴仁に言われて、緋梅は周りの霊力の流れを確認する。すると、たしかに違和感があった。晴仁に言われなかったら気づかなかっただろう。見えている景色は特段変わったところはない。ただ、この村へ近くの霊力が吸い寄せられているような微かな違和感があった。
「たしかに、何かがおかしい」
違和感の正体がなにかはわからない。それ故に、緊張感が高まった。
村では、数人の村人たちが農作業をしていた。緋梅たちの訪れに対しても、特に気にした素振りもない。交通の要所というわけではないが、都から近いがために、来客は珍しいものではないのだろう。
「すみません、少しお話を聞かせていただいてもいいですか?」
近くで農作業をしていた男に声をかける。
「大火のとき、ここで大怪我をした人を保護したと聞いたのですが」
「あぁ、先生のことかね」
緋梅の言葉に、男はすぐ答えた。
「その、先生という人のことを教えてくれませんか? その人に会いたくて」
「先生なら、もうとっくにいなくなっちまったぞ」
「行先を知りませんか?」
「あぁ……俺らも探してんだ。いつの間にかいなくなっちまったからな」
村人は頭をかきながら答えた。
「その、先生という人は陰陽師だったんですか?」
晴仁の問いに、村人は驚いた表情をする。
「あれ、先生の知り合いなのか? そうだよ、先生は昔陰陽師だったらしい」
「名前を教えてください!」
晴仁の剣幕に、複数の村人たちが集まってきた。
「それが俺らも聞けなかったんだ。最初にここに運ばれてきたとき、すでに死にかけだったんだが、あの陰陽師が付ける五芒星あるだろ。あれを付けた着物を着てたんだ」
「なんか変わった雰囲気を持ってたからな。俺らはみんな先生って呼んでたんだ」
「一緒に女の子がいるって聞きました」
緋梅が口を挟む。村人たちはうなずいた。
「あぁ、ひまりちゃんね。最初は先生の家族かと思ったんだが、血の繋がりはないらしい。先生に命を救われたとか、なんとか言ってたね」
「あの子はいい子だったな」
「……ひまり」
どこかで聞いたことがある。そんな気がして、緋梅は記憶をたどる。そして、思いだした。
「あたし、燈籠流しの日に、会ったことがある。ひまりって子に」
緋梅は思わずつぶやいた。
* * *
壮真はひとり、宮中の書庫にいた。ここは、先の大火で焼失を免れた巻物が眠っている。壮真が見ていたのは、陰陽師を輩出している家々の家系図だった。これと、断片的に残っている先の戦で出立した陰陽師の数を照らし合わせることで、目星を付けようとしていたのだ。
陰陽師の世界は狭い。というのも、霊力を扱えるかどうかは才能に大きく依存しているからだ。才能、といってもそれは血筋が多くを占める。東雲家は、陰陽師を最初に輩出した家系であり、陰陽師たちを束ねる陰陽頭は、代々東雲家が務めていた。晴仁のように、才能をかわれて陰陽師となる者はほんの一握り。陰陽師の家系に生まれつかなければ、ほとんどは陰陽師になることはできない。
「……これを見れば分かると思ったんだが」
大火を企てたのが、鬼でないとしたら――。陰陽師しかあり得ない。もしかしたら、ここに載っている名前の誰かが、犯人かもしれない。それと同時に、壮真の心にはひとつの仮説が浮かび上がっていた。
(芦名さん、あなたなのですか)
壮真は心のなかで問いかける。壮真の父と同等の力を持つ陰陽師として壮真が思い浮かべたのは、芦名だった。最後に芦名に会ったのは、父と一緒。戦に出立する前のことだった。それから、芦名は父とともに死んだと思っていた。
(だとしたら、あの早瀬川で感じた痕跡は、芦名先生で間違いないのか)
あのとき感じた懐かしい痕跡。壮真の感覚が正しければ、あれは芦名のもの。もし、芦名が生きていたとして、ではなぜ都を襲う必要がある。芦名は父の右腕として、優秀な陰陽師として、戦ってきたはずだった。守るべき都を襲うことで、何かを得られるはずがない。
壮真は頭を抱えた。いくら思索を巡らせていても、芦名の考えにはたどり着かない。
そろそろ、緋梅の姉である桔梗も人の国にたどり着く頃だ。一度、調査を中断しなければならない。緋梅たちが得た情報と、照らし合わせる必要があった。
「晴仁、どうしたの?」
「この村の入り口に、微かですが結界を張った跡がある。陰陽師のものだ」
緋梅には見えない、陰陽道の術を使った痕跡があるらしい。晴仁に言われて、緋梅は周りの霊力の流れを確認する。すると、たしかに違和感があった。晴仁に言われなかったら気づかなかっただろう。見えている景色は特段変わったところはない。ただ、この村へ近くの霊力が吸い寄せられているような微かな違和感があった。
「たしかに、何かがおかしい」
違和感の正体がなにかはわからない。それ故に、緊張感が高まった。
村では、数人の村人たちが農作業をしていた。緋梅たちの訪れに対しても、特に気にした素振りもない。交通の要所というわけではないが、都から近いがために、来客は珍しいものではないのだろう。
「すみません、少しお話を聞かせていただいてもいいですか?」
近くで農作業をしていた男に声をかける。
「大火のとき、ここで大怪我をした人を保護したと聞いたのですが」
「あぁ、先生のことかね」
緋梅の言葉に、男はすぐ答えた。
「その、先生という人のことを教えてくれませんか? その人に会いたくて」
「先生なら、もうとっくにいなくなっちまったぞ」
「行先を知りませんか?」
「あぁ……俺らも探してんだ。いつの間にかいなくなっちまったからな」
村人は頭をかきながら答えた。
「その、先生という人は陰陽師だったんですか?」
晴仁の問いに、村人は驚いた表情をする。
「あれ、先生の知り合いなのか? そうだよ、先生は昔陰陽師だったらしい」
「名前を教えてください!」
晴仁の剣幕に、複数の村人たちが集まってきた。
「それが俺らも聞けなかったんだ。最初にここに運ばれてきたとき、すでに死にかけだったんだが、あの陰陽師が付ける五芒星あるだろ。あれを付けた着物を着てたんだ」
「なんか変わった雰囲気を持ってたからな。俺らはみんな先生って呼んでたんだ」
「一緒に女の子がいるって聞きました」
緋梅が口を挟む。村人たちはうなずいた。
「あぁ、ひまりちゃんね。最初は先生の家族かと思ったんだが、血の繋がりはないらしい。先生に命を救われたとか、なんとか言ってたね」
「あの子はいい子だったな」
「……ひまり」
どこかで聞いたことがある。そんな気がして、緋梅は記憶をたどる。そして、思いだした。
「あたし、燈籠流しの日に、会ったことがある。ひまりって子に」
緋梅は思わずつぶやいた。
* * *
壮真はひとり、宮中の書庫にいた。ここは、先の大火で焼失を免れた巻物が眠っている。壮真が見ていたのは、陰陽師を輩出している家々の家系図だった。これと、断片的に残っている先の戦で出立した陰陽師の数を照らし合わせることで、目星を付けようとしていたのだ。
陰陽師の世界は狭い。というのも、霊力を扱えるかどうかは才能に大きく依存しているからだ。才能、といってもそれは血筋が多くを占める。東雲家は、陰陽師を最初に輩出した家系であり、陰陽師たちを束ねる陰陽頭は、代々東雲家が務めていた。晴仁のように、才能をかわれて陰陽師となる者はほんの一握り。陰陽師の家系に生まれつかなければ、ほとんどは陰陽師になることはできない。
「……これを見れば分かると思ったんだが」
大火を企てたのが、鬼でないとしたら――。陰陽師しかあり得ない。もしかしたら、ここに載っている名前の誰かが、犯人かもしれない。それと同時に、壮真の心にはひとつの仮説が浮かび上がっていた。
(芦名さん、あなたなのですか)
壮真は心のなかで問いかける。壮真の父と同等の力を持つ陰陽師として壮真が思い浮かべたのは、芦名だった。最後に芦名に会ったのは、父と一緒。戦に出立する前のことだった。それから、芦名は父とともに死んだと思っていた。
(だとしたら、あの早瀬川で感じた痕跡は、芦名先生で間違いないのか)
あのとき感じた懐かしい痕跡。壮真の感覚が正しければ、あれは芦名のもの。もし、芦名が生きていたとして、ではなぜ都を襲う必要がある。芦名は父の右腕として、優秀な陰陽師として、戦ってきたはずだった。守るべき都を襲うことで、何かを得られるはずがない。
壮真は頭を抱えた。いくら思索を巡らせていても、芦名の考えにはたどり着かない。
そろそろ、緋梅の姉である桔梗も人の国にたどり着く頃だ。一度、調査を中断しなければならない。緋梅たちが得た情報と、照らし合わせる必要があった。
