次の日から、緋梅は晴仁とともに当時の聞き込みをして回ることにした。
「都じゃ、大火のことを進んで話したがる者なんてそうそういないよ」
晴仁がそう言ったとおり、大火について聞くと皆複雑な表情をして口を閉ざす。連続で訪れた三件で失敗に終わり、緋梅はがっくりとうなだれていた。途中で見かけた茶屋で英気を養うことにする。
「僕は当時のことをよく知らないけどさ、やっぱりみんなの心に少なからず傷は残ってるんだよ」
お茶をすすりながら、晴仁は難しい顔で言った。
「あの当時は、鬼と戦をしていて。鬼との戦いはいつも五分五分だからさ。どっちが勝つともわからないし、いつまで戦が続くかもわからないでしょ。そんな状態でみんな希望を失っているところに、とどめのように大火が起きたんだ。何も知らない人々の命がたくさん奪われた。思い出したくない、って感じるほうが自然な流れさ」
「その気持ちはわかる。でも、ここで諦めるわけにもいかないの」
晴仁の言葉は慰めだとわかっていて、緋梅は自分に言い聞かせるように言った。
「これまで勘違いがあったなら、それを正すことで、あたしたちは真の意味で手を取り合えるかもしれない」
ふと、緋梅は少年のことを思いだした。緋梅が角を失うきっかけになった少年。
「……あたしさ、父上が死んで戦が終わるってなって、焦って戦場まで行ったことがあったんだよね」
湯吞みの中を見つめながら、緋梅は言った。
「それまでは、戦のことを耳にするだけで、実戦に出ることは許されなかった。でも、父上が戦で死んだなんて想像できなくて、どうしても見ておきたくてさ。それで戦を見に行って、そこで後悔したんだ。死とはこういうものだって、嫌でも見せつけられた」
緋梅は言葉を切り、お茶を口に含んだ。苦みが舌に広がる。
「あんまり考えたくないし、辛い思い出だっていうのは、あたしもわかる。同じように戦で家族を失ったから。だからこそ、今ここで食い止めなきゃいけないって、思うのよ」
あの少年と出会って、緋梅は鬼も人も変わらないと知った。どちらにも心があり、同じく悲しめるのだと知った。いま、あの少年に出会ったなら、緋梅は何というだろう。あの時感じた気持ちを、今も追いかけている。戦のない世界をつくっていると言えたなら、少年は緋梅を許してくれるだろうか。目を閉じれば、怯えと恐怖と、憎しみのこもった瞳で緋梅を見る少年の顔が思い出される。
「お待ちどうさま、三色団子」
そのとき、緋梅たちの間に注文した三色団子が運ばれてきた。
「あんたたち、見たところ若いのに大火について考えてるのかい、えらいねぇ」
運んできた老女が、晴仁と緋梅の顔を見てほほ笑んだ。
「あ、あたしたち大火について調べてるんです!」
緋梅は思わず言った。ここまで連敗続きで、やっと話を聞けるかもしれない。少しでも手がかりになる情報を見つけて、壮真に報告したかった。
「大火からもう十年になるかね。あの時は、本当に大変だったね」
穏やかな表情のなかに、悲しみをにじませて老女は言った。
「大火について、知っていることを教えてくれませんか?」
緋梅の問いに、老女は静かにうなずいた。
「あたしで良ければ、知っていることを全部話そう。どこから話せばいいかね」
「大火の夜、大きな火の球が降ったって聞きました」
「あたしは家の中にいたから見てないけど、そうらしいねぇ。火事だー、なんて周りの声で起こされて」
そう言って、老女は遠い目をした。
「外に出たらどこもかしこも、炎の渦でね。あっちにこっちに逃げて。そのうち、煙を吸って倒れてしまった。あの時は死を覚悟したね。でも偶然、倒れたあとに火は消えていたみたいで。目が覚めたときには、真っ黒な都のなかで倒れてたんだ。あぁ、助かった。って胸をなで下ろしたとき、あたしは鬼を見たのさ」
老女は低い声で言った。緋梅は息をのむ。
「昨日の炎も全部、鬼の仕業だと腑に落ちたよ。鬼はずるずると、こっちに向かって歩いてきたんだ。急いで逃げようかとも思ったんだけど、身体が満足に動くかわからなかった。だからあたしは、死んだふりをすることにしたんだ。鬼は人と同じぐらいの背格好だったかね。よろよろ、よろよろこっちへ近づいてくるんだ。そして、ほんの数歩。あたしがいたところから、ほんの数歩の目の前を歩いていったんだ」
老女はそう言って、口を切った。
「そこで気づいた。鬼だと思っていたのは、人だったんだ」
緋梅はごくりと唾をのむ。
「大怪我を負った、人だった。異形の見た目だと思ったのは、大やけどのあまり皮膚がめくれていたからで、ずるずると歩いていたのは、小さな女の子が大人を背負っていたからだった」
そう言った老女の瞳は、うるんでいるように見えた。
「少女は一心不乱にその人を運んでいた。呆けたように見ていたあたしも、その時ばかりは驚いて、女の子を追いかけたんだ。それで、あたしも何とか力を貸して、一緒に運んだんだ」
「その人は、命を取り留めたんですか?」
「あぁ。何とかね。でも……」
そう言って、老女は表情を曇らせる。
「その人の傷は、ただの炎じゃないらしいんだよ。ずっと怪我が治らなくて、偉いお医者さまに見せたんだけどね。それが、何でも霊力、が起因しているだとか」
「霊力が?」
緋梅は思わずたずねた。どきりと心臓が弾む。
「その人は、今どこに?」
「だいぶ良くなったって言って、どこかに行ってしまったよ。知り合いかい?」
「いえ。でも、少し気になって」
「回復するまで、療養していた村があるから、そこに行ってみればいい。話を聞かせてくれると思うよ」
そう言って、老女は簡単に村までの地図を書いて手渡す。都から外れた場所にある閑静な村は、大火から免れたため、多くの負傷者たちが運び込まれたという。緋梅たちは老女に丁寧に礼をして、茶屋を出た。
「これは、何かが掴めるかもしれないわね」
「同感。まさか、こんな証拠を得られるとは思わなかった」
霊力の暴走による火傷――そんなものが起こるのは、術者にしかあり得ない。自分の身に余るほどの霊力。それを放出することによって、身体に大きな負荷がかかることは、想像に難くなかった。
(手がかりを、掴んだわよ)
緋梅は高い秋の空を見上げた。尻尾を掴みかけた気がしていた。
「都じゃ、大火のことを進んで話したがる者なんてそうそういないよ」
晴仁がそう言ったとおり、大火について聞くと皆複雑な表情をして口を閉ざす。連続で訪れた三件で失敗に終わり、緋梅はがっくりとうなだれていた。途中で見かけた茶屋で英気を養うことにする。
「僕は当時のことをよく知らないけどさ、やっぱりみんなの心に少なからず傷は残ってるんだよ」
お茶をすすりながら、晴仁は難しい顔で言った。
「あの当時は、鬼と戦をしていて。鬼との戦いはいつも五分五分だからさ。どっちが勝つともわからないし、いつまで戦が続くかもわからないでしょ。そんな状態でみんな希望を失っているところに、とどめのように大火が起きたんだ。何も知らない人々の命がたくさん奪われた。思い出したくない、って感じるほうが自然な流れさ」
「その気持ちはわかる。でも、ここで諦めるわけにもいかないの」
晴仁の言葉は慰めだとわかっていて、緋梅は自分に言い聞かせるように言った。
「これまで勘違いがあったなら、それを正すことで、あたしたちは真の意味で手を取り合えるかもしれない」
ふと、緋梅は少年のことを思いだした。緋梅が角を失うきっかけになった少年。
「……あたしさ、父上が死んで戦が終わるってなって、焦って戦場まで行ったことがあったんだよね」
湯吞みの中を見つめながら、緋梅は言った。
「それまでは、戦のことを耳にするだけで、実戦に出ることは許されなかった。でも、父上が戦で死んだなんて想像できなくて、どうしても見ておきたくてさ。それで戦を見に行って、そこで後悔したんだ。死とはこういうものだって、嫌でも見せつけられた」
緋梅は言葉を切り、お茶を口に含んだ。苦みが舌に広がる。
「あんまり考えたくないし、辛い思い出だっていうのは、あたしもわかる。同じように戦で家族を失ったから。だからこそ、今ここで食い止めなきゃいけないって、思うのよ」
あの少年と出会って、緋梅は鬼も人も変わらないと知った。どちらにも心があり、同じく悲しめるのだと知った。いま、あの少年に出会ったなら、緋梅は何というだろう。あの時感じた気持ちを、今も追いかけている。戦のない世界をつくっていると言えたなら、少年は緋梅を許してくれるだろうか。目を閉じれば、怯えと恐怖と、憎しみのこもった瞳で緋梅を見る少年の顔が思い出される。
「お待ちどうさま、三色団子」
そのとき、緋梅たちの間に注文した三色団子が運ばれてきた。
「あんたたち、見たところ若いのに大火について考えてるのかい、えらいねぇ」
運んできた老女が、晴仁と緋梅の顔を見てほほ笑んだ。
「あ、あたしたち大火について調べてるんです!」
緋梅は思わず言った。ここまで連敗続きで、やっと話を聞けるかもしれない。少しでも手がかりになる情報を見つけて、壮真に報告したかった。
「大火からもう十年になるかね。あの時は、本当に大変だったね」
穏やかな表情のなかに、悲しみをにじませて老女は言った。
「大火について、知っていることを教えてくれませんか?」
緋梅の問いに、老女は静かにうなずいた。
「あたしで良ければ、知っていることを全部話そう。どこから話せばいいかね」
「大火の夜、大きな火の球が降ったって聞きました」
「あたしは家の中にいたから見てないけど、そうらしいねぇ。火事だー、なんて周りの声で起こされて」
そう言って、老女は遠い目をした。
「外に出たらどこもかしこも、炎の渦でね。あっちにこっちに逃げて。そのうち、煙を吸って倒れてしまった。あの時は死を覚悟したね。でも偶然、倒れたあとに火は消えていたみたいで。目が覚めたときには、真っ黒な都のなかで倒れてたんだ。あぁ、助かった。って胸をなで下ろしたとき、あたしは鬼を見たのさ」
老女は低い声で言った。緋梅は息をのむ。
「昨日の炎も全部、鬼の仕業だと腑に落ちたよ。鬼はずるずると、こっちに向かって歩いてきたんだ。急いで逃げようかとも思ったんだけど、身体が満足に動くかわからなかった。だからあたしは、死んだふりをすることにしたんだ。鬼は人と同じぐらいの背格好だったかね。よろよろ、よろよろこっちへ近づいてくるんだ。そして、ほんの数歩。あたしがいたところから、ほんの数歩の目の前を歩いていったんだ」
老女はそう言って、口を切った。
「そこで気づいた。鬼だと思っていたのは、人だったんだ」
緋梅はごくりと唾をのむ。
「大怪我を負った、人だった。異形の見た目だと思ったのは、大やけどのあまり皮膚がめくれていたからで、ずるずると歩いていたのは、小さな女の子が大人を背負っていたからだった」
そう言った老女の瞳は、うるんでいるように見えた。
「少女は一心不乱にその人を運んでいた。呆けたように見ていたあたしも、その時ばかりは驚いて、女の子を追いかけたんだ。それで、あたしも何とか力を貸して、一緒に運んだんだ」
「その人は、命を取り留めたんですか?」
「あぁ。何とかね。でも……」
そう言って、老女は表情を曇らせる。
「その人の傷は、ただの炎じゃないらしいんだよ。ずっと怪我が治らなくて、偉いお医者さまに見せたんだけどね。それが、何でも霊力、が起因しているだとか」
「霊力が?」
緋梅は思わずたずねた。どきりと心臓が弾む。
「その人は、今どこに?」
「だいぶ良くなったって言って、どこかに行ってしまったよ。知り合いかい?」
「いえ。でも、少し気になって」
「回復するまで、療養していた村があるから、そこに行ってみればいい。話を聞かせてくれると思うよ」
そう言って、老女は簡単に村までの地図を書いて手渡す。都から外れた場所にある閑静な村は、大火から免れたため、多くの負傷者たちが運び込まれたという。緋梅たちは老女に丁寧に礼をして、茶屋を出た。
「これは、何かが掴めるかもしれないわね」
「同感。まさか、こんな証拠を得られるとは思わなかった」
霊力の暴走による火傷――そんなものが起こるのは、術者にしかあり得ない。自分の身に余るほどの霊力。それを放出することによって、身体に大きな負荷がかかることは、想像に難くなかった。
(手がかりを、掴んだわよ)
緋梅は高い秋の空を見上げた。尻尾を掴みかけた気がしていた。
