帝との会談を終えて、緋梅たちは屋敷へ帰ってきた。
「おかえりなさいなの~!」
 わらわらとふう子と葉隠が出迎える。緋梅はふたりをもふもふしながら、壮真に向かってつぶやく。
「ここからが本番ね……」
「あぁ、休んでいる暇はないな。少しでも大火の情報が欲しい。晴仁を呼んでくる」
 屋敷のなかには、夕暮れの光が差し込んでいる。だいぶ日が短くなってきた。壮真が言ったとおり、休んではいられない。緋梅はふたりから手を離し、ぱちんと自分の頬を叩いた。
 そして、壮真が呼んだ晴仁とともに、作戦会議を始める。帝に言われたことを話すと、最初は驚いていた晴仁は神妙な面持ちになって、大火について語り出した。
「当時、僕はまだ五歳かそこらの何もわからない子どもでした。ただ覚えているのは、外からものすごい爆音がしたこと。そして外に出たときには、都の外れが赤くなっていた。そこからは逃げるのに必死で、何も覚えていません。街中が大混乱で、怪我をしたひとも火傷をしたひとも、たくさんいました」
 晴仁は泣きそうな顔で言った。
「あの時は、大きな赤い玉が降ったと皆言っていました」
「赤い玉……?」
 緋梅の問いに、晴仁は大きくうなずく。
「そうです。僕は外にいなかったからわからなかったけれど、大きな赤い玉が夜空に浮かんでいて、そしてそれがこちらに向けて降ってきたと。最後は赤い炎の雨が降ったそうです。それがあまりに綺麗で、人の業とは思えなかった。だから皆、それが鬼の仕業だと信じたんです」
「私は当時、都から離れていたが――そこから赤い玉は見えた。都ひとつを覆いつくすような炎の雨だった。あれがもし鬼の仕業でないとするなら、あれはよっぽどの術者でないと出来ない」
「壮真でも、出来るかわからないってこと?」
 壮真は難しい顔でうなずいた。
「あぁ。今の私でも――当時、陰陽師のなかでも最強と呼ばれていた私の父でさえも、難しいだろう。もしやるとしたら、術を極めた複数人で霊力を集め、一気に放出する他ない。だが、もしそれをするのであれば、かなり優秀な術者でなければならない。ひとりでも能力が足りなければ、狙って炎の雨を落とせるとは思えない」
「当時、そんな優秀な人たちはいたの?」
「わからぬ。当時、陰陽頭であった私の父は、陰陽師の集団を率いて戦に赴いたはずだ。命の危険が発生する戦に赴けるほどだ。たしかに、力がある陰陽師はいたはずだ。だが、どれほど優秀なのかはわからない。当時いた陰陽師については、私のほうで調べてみよう」
「鬼の姫、怒らないで聞いてくれよ? 鬼に、そういう術を使える者はいないのか?」
 不躾に晴仁がたずねた。
「あたしの知る限りは、いないと思う。ふたりが見たのは、炎の雨で間違いないよね?」
 緋梅の問いに、壮真と晴仁は黙ってうなずいた。
「鬼は角の種類によって、扱える術が異なる。炎を操れるのは、赤い角を持つ鬼だ。思いだせる限りの赤い角の鬼を思い出したけど、そんな鬼はいないはず」
 眉間に皺を寄せて、緋梅は唸る。はっとして、緋梅はつぶやいた。
「いや、ひとりだけならいたかもしれない。あたしの、父上なら」
「そんなに強い鬼だったのか?」
 緋梅は自信たっぷりにうなずいた。
「父上は、金色の角を持った鬼だった。さっきも言ったように、鬼は角の種類によって扱える術が異なるの。その中でも金と銀の角を持つ鬼は、強い力を持ち、複数種の術を使うことができる。金の角を持っていた父上であれば、もしかしたらひとりで炎の雨を降らせることもできたのかもしれない――けれど」
 緋梅は言葉を切った。
「大火の直前に亡くなったわ。それに、父上が卑劣なことをするはずがない」
 誰よりも誇りを大切に生きた父。どんなに自分たちが押されていたとしても、女子どもも巻き込むような術を使うはずがない。緋梅には自信があった。
「あれだけの術を使える人間も、鬼も限られるな。術者を追うことで、手がかりを探すことができるかもしれない。私は当時の陰陽師たちの足取りを追ってみよう」
「じゃああたしは、当時の状況を詳しく知っている人を探してみようかな。晴仁、頼んだわよ」
「えぇっ、どうして僕が鬼の姫を手伝わなきゃいけないんですか。僕は師匠についていきた――」
「晴仁、緋梅についていってやれ」
 諭すように言った壮真に、晴仁はぷくりと頬を膨らませながらもうなずいた。