鬼姫の失せもの探し

 早瀬姫の件が解決してから、壮真はほとんど家に帰ってこない。思い詰めた顔をしてどこかに出かけ、大量の巻物を抱えて戻ると、眉間に深い皺を刻みながら夜遅くまで巻物を読んでいる。食事に顔は出すものの、どこか上の空の状態が続いていた。
 緋梅もまた、母から譲り受けた金の角飾りを失って、心のどこかにぽっかりと穴が空いたようだった。鬼は結婚にあたって、角飾りを付けて相手の家へ嫁入りする。緋梅の付けていた角飾りは、母の母、そしてそのまた母の代から脈々と受け継がれてきた大切なものだった。あの後、可能な限り失った破片を探したが、見つかったのは正面にはめ込まれていた真紅の宝玉だけだった。
 これを使って新しい角飾りを作ろうかとも思ったが、積み重ねてきた歴史の重みは戻らない。新しいものを付けても虚しいだけだと、緋梅は角がないまま過ごしていた。角がない緋梅を見て、最初は驚いていた晴仁も、壮真が説明をしてくれたようで、直接的に聞いてはこなかった。
 ふう子と葉隠は、緋梅に角がないことに気づいていたらしい。霊獣ならではの勘というものなのだろう。それでも、壮真に言わなかった二匹に、緋梅はこっそりと感謝をしていた。嫁いできてからすぐに、角がないと知られたら、鬼の国へ帰りたくなるぐらい辛かったに違いない。誰も気にする様子はなかったものの、やはりどこか落ち着かず、どことなく気が塞ぎがちの日々を過ごしていた。
 そんなある日の夕食の場で、ふう子がある提案をした。
「灯籠祭りにいきたいの!」
「灯籠祭り?」
「そうよ! 秋のお祭りなの、たっくさん人が来るのよ」
 ふう子は瞳をきらきらとさせて、緋梅を見上げた。鬼の国で言うお祭りというのは、戦いで勝ったあとにおこなわれるものだった。戦のない平和な世の中であっても、人の国では祭りをするのだろうか。疑問を浮かべる緋梅の様子を見て、壮真が助け船を出した。
「灯籠祭りは、毎年おこなわれる祭りだ」
「どこでやるの?」
「都のはずれにある神社でおこなわれる。行ってみるか?」
 気持ちが落ちてばかりの日々だった。気分転換に外に出るのも面白そうだ。そう思う気持ちと、人の中に入っていくのを躊躇する気持ちとで、揺れる。
「もし気が向けば、行ってみると良い」
 緋梅の葛藤を察してか、壮真が言った。
「壮真は行かないの?」
 緋梅の問いに、壮真は一瞬だけ動きを止めた。
「いや、私はやることがある」
「壮真さまは、一回も行ったことがないの! 美味しいご飯もあるのに、全然連れていってくれないのよ」
「そうだそうだ!」
 いつもは言い合いばかりしているふう子と葉隠だが、今日は珍しく意見が合ったらしい。連れてけ連れてけと大合唱が始まった。緋梅は苦笑しながら、二匹の頭を撫でた。
「壮真が忙しいなら、あたしが連れていくわ」
 咄嗟に口にしたものの、緋梅の胸にはまだ迷いがあった。人のなかに混じるのは、やはり落ち着かない。食事を終える頃になっても気持ちは揺れていたが、ふう子と葉隠が明らかにそわそわしているのを見て、少しずつ気持ちが動き始める。ふたりがこんなに楽しみにしているのだ。この機会を逃してしまうのは、なんだか惜しいように思えてきた。
 夕刻になって、緋梅は鏡を見ながら身支度を始める。こう見ると、角がないおかげで、まるで人間のようだった。これなら、人の都を歩いても鬼だとは気づかれないだろう。
「ふう子と葉隠は、そのままいくの?」
 たずねると、二匹はきょとんとした顔をする。
「そのまま行ったら、喋る狸と狐だって、驚かれるわよ?」
「たしかに……それを言ったらそうかも」
 ふう子は鼻先にしわを寄せて、むむむとうなった。
「じゃあ、こうするのはどうかしら」
 ぼわんと白い煙が立ちのぼり、その中から少女が現れた。たれ目がちな大きな瞳に、ふっくらした桃色の頬。茶色がかった髪をゆるくお下げに編んでいる様子は、人と狸の違いはあれど、ふう子らしい見た目をしていた。
「しょうがないから、俺も化けるか」
 そう言って、葉隠もまたぼわんと白い煙を立ちのぼらせる。そして次の瞬間には煙のなかに少年が立っていた。短髪に涼やかな一重の様子は、どことなく壮真に似ている。ふう子よりも幼く、所在なさげな顔つきだ。
「へへん! 子どもに化けたほうが、同情をかいやすいんだぞ!」
 葉隠が胸を張ってふう子に自慢した。
「いいの、あたしはいざとなったら泣くから。泣いたほうが強いのよ!」
「むむむむむ」
 いがみ合うふたりを見て、緋梅はため息をついた。
「ふたりとも、せっかくのお祭りなんだから、喧嘩はなしよ」
「はぁーい。でも今日はみんなあたしについてくるしかないの!」
 そう言って、ふう子が空に手を突きあげた。小さな手には、茶色をした平べったい物体が握られている。
「ふう子、それはなに?」
「ふっふーん! よく聞いてくれたの! これがお金。人間は、お金を使ってものと交換するのよ」
「へぇ。これとものを交換するのね」
 そう言って緋梅がお金を取ろうとした瞬間、緋梅の手がぱちりと払いのけられる。
「お金は大事なの! 落としたら大変だし、姫さまは使い方がわからないはずだから、あたしが持っててあげる」
 何がなんだかわからなかったが、緋梅はふう子の言葉に従い、そっと手をひっこめた。あの茶色い金属とものが交換できるとは、想像もつかない。
「それじゃあ、出発なの!」
 意気揚々とふう子は腕を振り上げた。お祭りの始まりだ。