鬼姫の失せもの探し

 凛とした声に振り返ると、そこにいたのは童子だった。おかっぱ頭に、風車模様の着物を着た少女。子どものような見た目をしながらも、静かに光る銀色の瞳が、人ならざる者であると示していた。
「……あなたが、早瀬姫」
 壮真がつぶやいた。早瀬姫は、壮真にうなずき、そして深々とお辞儀をした。綺麗に切り揃えられた髪が揺れる。
「あなた方がいなければ、私はどうなっていたかわかりません。本当に、ありがとうございました」
「私たちは、為すべきことを為しただけです。早瀬姫、なぜあなたが堕ち神に?」
「なにがあったのか、私には今もわからないのです」
 悔しげに、早瀬姫は唇を噛む。
「あなたの祠に、陰陽師の霊力が残っていました。誰かが祠に来ませんでしたか?」
 たずねる壮真の顔には、はっとするほどの切実さが込められていた。早瀬姫は顔を曇らせた。大きな丸い瞳に、恐怖の色が滲む。
「たしかに来ました。ひとりは男。もう一人は女。男は私が見えているようでした」
 早瀬姫はそう言って、自分の身体を抱いた。
「男は私に、力が欲しいかとたずねました」
 壮真の問いに、早瀬姫はうなずく。
「私は……力など要りません。ずっとこの地で穏やかに暮らせれば、それでよかった。それなのに、男は私に迫り……気づいたときに、私は意識をなくし、怒り狂う神になっていました」
 緋梅は言葉を失った。早瀬姫の話を聞く限り、早瀬姫を堕ち神にした人物がいる。その人物は――もしかしたら、壮真の屋敷を襲ったのと同一人物かもしれない。なぜ、そんなことをする必要があるのか、緋梅にはわからない。早瀬姫は、人に豊かさをもたらす神だ。そんな神を堕ち神に仕立てあげたとして、人が得るのは荒廃だけ。
 そこまで考えて、緋梅ははたと気づく。
 ――荒廃を望んでいるのだとしたら、辻褄が合う。
 神を堕ち神にして、この地を荒廃させる。それが首謀者の企みなのかもしれない。だが、そもそも人の荒廃を望むものなんて、人と敵対している鬼ぐらいだろう。口のなかに苦いものが広がる。もしこれが鬼の仕業なのだとしたら、大変なことになる。和平を結ぶことなんて、出来るはずがない。
「そこの少女は、鬼ですよね?」
 そのとき、早瀬姫が緋梅を指した。銀色の瞳が緋梅をひたと見つめる。
「……あなたは今、人でも鬼でもないものへと変わりつつあります」
 早瀬姫は大人びた表情を浮かべ、緋梅に語りかけた。
「あなたは神の器ともなってしまう。だから気を付けなさい。誰かにあなたを明け渡さぬよう」
「どういうことですか」
 緋梅は思わずたずねた。早瀬姫は静かに首を横に振るだけだった。太陽の光が緋梅たちをやわらかく照らす。緋梅がもう一度たずねるより早く、早瀬姫はかすかな微笑みを残し、静かに姿を消した。あとに残ったのは、さらさらと流れる穏やかな川の音だけだった。

* * *

 帰りの輿のなかで、壮真は静かに眠る緋梅を眺めていた。さすがに疲れたのか、最初は外の景色を眺めていた緋梅も、しばらくするといつの間にか眠りについていた。
 緋梅の額には、これまでついていた金色の角がない。ぱっと見ただけでは、鬼だとはわからない。まるで人間のようだった。だが、あの人離れした身体能力を見せられては、鬼であることに疑いの余地はない。
 壮真はいつも肌身離さず身につけている勾玉を取り出した。金色に光る勾玉には、壮真が奪った鬼の霊力が入っている。
(もしや、あの鬼の少女が緋梅なのか……?)
 角のない緋梅を見たときに感じた直感。おぼろげにしか覚えていない鬼の少女と、目の前で眠る緋梅の顔が重なる。もし、あの時出会った少女が一緒なのだとしたら、この霊力は緋梅に返すべきだ。
 壮真は睡眠の妨げにならない程度に、ため息をついた。どうやったらこの勾玉の霊力を引き出し、緋梅に返すことができるのか。この勾玉は父がくれたものだった。かつての父がおこなっていた術の研究。その一部を応用したものが、この勾玉だと聞いている。
(父上……どうか教えてください)
 目をつぶって、壮真は亡き父に問う。
(あなたはなぜ死んだのですか)
 あの祠に残っていた霊力の痕跡。それは、かつて懐いていた父の親友のものとそっくりだった。
 ――芦名(あしな)頼光(よりみつ)。
 忘れはしない。父の親友であり、優秀な陰陽師だった男だ。屋敷に入り浸っては、父とよく盃を交わしていた姿を覚えている。彼もまた、父と同じく鬼との戦へ向かい、死んだはずだった。
 彼が生きているなら、父が生きている可能性もあるのではないか。わずかに浮かんだ希望の芽をしいて摘み取る。もし父が生きているのなら、戦が終わって十年が経っても屋敷に帰ってこないはずがない。
(……なんにせよ、芦名さんに会わなくては)
 揺れる輿のなかで、壮真は静かに心に決めるのだった。