夢を見ていた。
何度も何度も繰り返し見た、小さな頃の記憶。焼け焦げた平原に、壮真はひとりで立っている。人のかたちを成したものは残っておらず、眼前には炭と化した死体と黒く焼け焦げた木々が横たわっていた。しんとした静けさのなか、風に煽られて灰が舞った。焦げ付いた肉の匂いが鼻につく。胸の中にまで染み込んでくるようだった。
(あぁ、またこの夢だ)
壮真は夢のなかでそう認識する。この夢は、父が死んだことを自分に突き付けてくる。もう嫌というほど、父の死と向き合ってきた。壮真は夢のなかで頭を抱えた。
(父上。なにがよくないのですか)
この夢を見るということは、亡き父が壮真になにかを伝えようとしている。壮真はそう思うことにしていた。何度も何度も見る夢に意味を持たせなければ、気が狂ってしまいそうだった。
(やはり、鬼の姫との結婚は、許されるものではなかったのですか)
壮真は心のなかで問いかけた。
壮真の父は、鬼との戦いに出ていったきり、戻らなかった。父が指揮していた隊は、戦が終わってもう十年が経つが、誰の遺体も見つかっていない。優秀な陰陽師ばかり集めたはずの隊が、忽然と姿を消した。仕方がない戦いだったのだと、そう言って周りは壮真を慰めた。父は死力を尽くして戦ったのだと。
父が最後まで鬼と戦い抜いて死んだのなら、そんな鬼と結婚をするなんて、なんて親不孝なんだと自分でも思う。誰かがやるしかないのであれば、壮真が一番適任だった。
(民のために、私は選んだのです)
父なら、どう言うだろう。民のために生きる壮真を肯定してくれるだろうか。それとも、もっと自分のことを考えろと叱ってくれるだろうか。弟子の晴仁がそうしてくれたように。
夢のなかで、壮真はとぼとぼ歩き出した。どうすればこの夢から覚められるのか。壮真にはわからない。いつも歩いているうちに、絶望とともに目が覚めるのだ。だが、今日は違った。
なにかを踏みしめる音が聞こえて、壮真は顔をあげた。そこにいたのは、かつて出会った鬼の少女がいた。もう顔は覚えていない。だからだろうか。壮真が結婚した緋梅とおなじ顔のかたちをしていた。
「大丈夫?」
壮真に手を伸ばして、鬼の少女は語りかける。はっとして、壮真は少女の額にある角を見上げた。美しい金色の角が、夕焼けに照らされて赤く光っていた。
壮真は夢のなかの少女に手を伸ばす。指先が届くかどうか。その刹那、ふっと意識が揺らぎ、壮真は目を覚ました。
しんと静まった部屋の天井を見て、壮真は荒い息を整えた。過去の夢を見ると、決まって身体にびっしょりと汗をかいている。壮真は重たい身体を起こし、身支度を始める。
汗を拭って、その上に着物を羽織る。そして、毎日欠かさず身に付けている勾玉を首にかけた。勾玉はいつも静かに光を放っている。父が遺した形見の勾玉だった。
――必ず壮真の身を護ってくれる。
そう父が言った通りに、初めて鬼に出会ったあの日、壮真は勾玉に命を救われた。鬼と近づいた瞬間に勾玉が光り出し、光が消えたと思ったら、目の前にいた鬼は、角を無くして倒れていた。壮真はあまりの恐ろしさに、わき目もふらず逃げ出した。もしかしたらあの鬼は、その後死んでしまったのかもしれない。悪いことをした、と今になって胸が痛む。この勾玉には、そのときの鬼から奪った霊力が封じられている。この霊力をどうしたら良いのか。活用することもできず、壮真は肌身離さずこれを身に付けていた。
居間に向かうと、すでに緋梅も晴仁も食卓についていた。あの事件があってから、屋敷のなかでなら自由にして良いと決めた。最初はぎこちなかった緋梅だったが、一緒に食事を囲むことが日常になってきた。
緋梅は霊獣たちに懐かれているようで、ふう子や葉隠はいつも周りをうろうろしている。ふう子に至っては、緋梅の膝上にごろんと寝転がっていることもあった。緋梅の放つ霊力は、不思議と心地よいのだそうだ。
陰陽師である壮真は、術を使ってこの地に流れている霊力を操ることができた。だが、霊獣とは違い霊力の探知には長けていない。ふう子たち霊獣と、鬼の霊力に似ているものがあるから、心地よいのだろうか。
壮真はまだ、緋梅に対してどう接するべきか考えあぐねていた。離れにいたときは、考えないようにしていればよかった。だが、こうして目の届く範囲にいるだけで、自然と感情をかき乱される。自ら許したはずなのに、自ら心を乱されている。なんておろかなことだ、と壮真は思う。
あのとき――屋敷に帰ってきて最初に思ったのは、皆が無事でよかったという安堵と驚きだった。緋梅をどうやって押さえつけるか、鬼の恐ろしさを知っているからこそ、どう対処すべきかを考えながら屋敷へ帰ってきた。だが、皆を救ったのは緋梅だったというのだから、驚いた。
鬼は残忍な生きものだと思っていた。人に仇をなす存在だとも。だが、緋梅はそうではなかった。自分のことを省みず、晴仁や霊獣たちを守った。信じられるかもしれない、と壮真の心のどこかで声がする。これまで信じてこなかった鬼というものを、条件付きではあるが、信じようとしても良いのかもしれないと思う。その心境の変化は、壮真が想像だにしていなかったものだった。
「さて、あの化け物は結局何だったと考える?」
食事を終えた壮真は、晴仁を呼び出した。
「……ふう子が言うには、あれは神さまだと」
文箱の前に座った晴仁は、神妙な顔つきで答えた。晴仁の言葉に、壮真は小さくため息をつく。
「神さま、か。たしかに、ここのところ、堕ち神の問題は多発しているな」
壮真は考え込んだ。
堕ち神――人から見捨てられ、暴走した神のことをそう言う。神とは、極めて高い霊力を持ち、人から恐れ敬われているものを総称して言う。その霊力が正しく使われているうちは問題ないが、霊力が枯渇したり、暴走をして人にあだなす存在になった途端、それは堕ち神と呼ばれるようになる。陰陽師たちは、そうした堕ち神を鎮める役目も負っていた。ここ最近、堕ち神が出たという話をよく聞く。そのたびに、陰陽師を派遣していた。
「あの後、化け物が入っていたという文箱を調べてみました。念のため、ふう子と葉隠にも見てもらいましたが、あの文箱自体には霊力の痕跡はなかったと」
「……一体誰が、何のために」
思わず壮真はつぶやいた。
誰かが、悪意を持って壮真を狙った。そうとしか言いようがない。もしくは、緋梅の存在を知る誰かが、緋梅を狙ったのか。緋梅のことを知っているのは、この国の中でも一握りだ。まだ民にも知らせていない情報になる。
「もしあれが本当に堕ち神だったなら、どうやって使役したのかも気になります」
晴仁の言葉に、壮真もうなずいた。
「そうだな。神をも使役できる術者がこの国にいるなんて……驚くべきことだ」
壮真でもまだ、神を使役することはできない。せいぜいが、霊獣であるふう子や葉隠ぐらいだ。神をも使役するとなると、死んだ父親と同等もしくはそれ以上の術者だ。
「気を付けたほうがいいな。一層の警戒を強めるように」
いまの自分、果たして術者と顔を合わせて勝つことができるだろうか。にわかに焦りが壮真の心に浮かんだ。もし、自分の身に何かがあったとしたら。この国は――そして緋梅はどうなるのだ。
壮真は拳を握りしめた。このまま、やられてばかりではいられない。壮真は晴仁を伴って、術の修行をすべく、外に出た。
何度も何度も繰り返し見た、小さな頃の記憶。焼け焦げた平原に、壮真はひとりで立っている。人のかたちを成したものは残っておらず、眼前には炭と化した死体と黒く焼け焦げた木々が横たわっていた。しんとした静けさのなか、風に煽られて灰が舞った。焦げ付いた肉の匂いが鼻につく。胸の中にまで染み込んでくるようだった。
(あぁ、またこの夢だ)
壮真は夢のなかでそう認識する。この夢は、父が死んだことを自分に突き付けてくる。もう嫌というほど、父の死と向き合ってきた。壮真は夢のなかで頭を抱えた。
(父上。なにがよくないのですか)
この夢を見るということは、亡き父が壮真になにかを伝えようとしている。壮真はそう思うことにしていた。何度も何度も見る夢に意味を持たせなければ、気が狂ってしまいそうだった。
(やはり、鬼の姫との結婚は、許されるものではなかったのですか)
壮真は心のなかで問いかけた。
壮真の父は、鬼との戦いに出ていったきり、戻らなかった。父が指揮していた隊は、戦が終わってもう十年が経つが、誰の遺体も見つかっていない。優秀な陰陽師ばかり集めたはずの隊が、忽然と姿を消した。仕方がない戦いだったのだと、そう言って周りは壮真を慰めた。父は死力を尽くして戦ったのだと。
父が最後まで鬼と戦い抜いて死んだのなら、そんな鬼と結婚をするなんて、なんて親不孝なんだと自分でも思う。誰かがやるしかないのであれば、壮真が一番適任だった。
(民のために、私は選んだのです)
父なら、どう言うだろう。民のために生きる壮真を肯定してくれるだろうか。それとも、もっと自分のことを考えろと叱ってくれるだろうか。弟子の晴仁がそうしてくれたように。
夢のなかで、壮真はとぼとぼ歩き出した。どうすればこの夢から覚められるのか。壮真にはわからない。いつも歩いているうちに、絶望とともに目が覚めるのだ。だが、今日は違った。
なにかを踏みしめる音が聞こえて、壮真は顔をあげた。そこにいたのは、かつて出会った鬼の少女がいた。もう顔は覚えていない。だからだろうか。壮真が結婚した緋梅とおなじ顔のかたちをしていた。
「大丈夫?」
壮真に手を伸ばして、鬼の少女は語りかける。はっとして、壮真は少女の額にある角を見上げた。美しい金色の角が、夕焼けに照らされて赤く光っていた。
壮真は夢のなかの少女に手を伸ばす。指先が届くかどうか。その刹那、ふっと意識が揺らぎ、壮真は目を覚ました。
しんと静まった部屋の天井を見て、壮真は荒い息を整えた。過去の夢を見ると、決まって身体にびっしょりと汗をかいている。壮真は重たい身体を起こし、身支度を始める。
汗を拭って、その上に着物を羽織る。そして、毎日欠かさず身に付けている勾玉を首にかけた。勾玉はいつも静かに光を放っている。父が遺した形見の勾玉だった。
――必ず壮真の身を護ってくれる。
そう父が言った通りに、初めて鬼に出会ったあの日、壮真は勾玉に命を救われた。鬼と近づいた瞬間に勾玉が光り出し、光が消えたと思ったら、目の前にいた鬼は、角を無くして倒れていた。壮真はあまりの恐ろしさに、わき目もふらず逃げ出した。もしかしたらあの鬼は、その後死んでしまったのかもしれない。悪いことをした、と今になって胸が痛む。この勾玉には、そのときの鬼から奪った霊力が封じられている。この霊力をどうしたら良いのか。活用することもできず、壮真は肌身離さずこれを身に付けていた。
居間に向かうと、すでに緋梅も晴仁も食卓についていた。あの事件があってから、屋敷のなかでなら自由にして良いと決めた。最初はぎこちなかった緋梅だったが、一緒に食事を囲むことが日常になってきた。
緋梅は霊獣たちに懐かれているようで、ふう子や葉隠はいつも周りをうろうろしている。ふう子に至っては、緋梅の膝上にごろんと寝転がっていることもあった。緋梅の放つ霊力は、不思議と心地よいのだそうだ。
陰陽師である壮真は、術を使ってこの地に流れている霊力を操ることができた。だが、霊獣とは違い霊力の探知には長けていない。ふう子たち霊獣と、鬼の霊力に似ているものがあるから、心地よいのだろうか。
壮真はまだ、緋梅に対してどう接するべきか考えあぐねていた。離れにいたときは、考えないようにしていればよかった。だが、こうして目の届く範囲にいるだけで、自然と感情をかき乱される。自ら許したはずなのに、自ら心を乱されている。なんておろかなことだ、と壮真は思う。
あのとき――屋敷に帰ってきて最初に思ったのは、皆が無事でよかったという安堵と驚きだった。緋梅をどうやって押さえつけるか、鬼の恐ろしさを知っているからこそ、どう対処すべきかを考えながら屋敷へ帰ってきた。だが、皆を救ったのは緋梅だったというのだから、驚いた。
鬼は残忍な生きものだと思っていた。人に仇をなす存在だとも。だが、緋梅はそうではなかった。自分のことを省みず、晴仁や霊獣たちを守った。信じられるかもしれない、と壮真の心のどこかで声がする。これまで信じてこなかった鬼というものを、条件付きではあるが、信じようとしても良いのかもしれないと思う。その心境の変化は、壮真が想像だにしていなかったものだった。
「さて、あの化け物は結局何だったと考える?」
食事を終えた壮真は、晴仁を呼び出した。
「……ふう子が言うには、あれは神さまだと」
文箱の前に座った晴仁は、神妙な顔つきで答えた。晴仁の言葉に、壮真は小さくため息をつく。
「神さま、か。たしかに、ここのところ、堕ち神の問題は多発しているな」
壮真は考え込んだ。
堕ち神――人から見捨てられ、暴走した神のことをそう言う。神とは、極めて高い霊力を持ち、人から恐れ敬われているものを総称して言う。その霊力が正しく使われているうちは問題ないが、霊力が枯渇したり、暴走をして人にあだなす存在になった途端、それは堕ち神と呼ばれるようになる。陰陽師たちは、そうした堕ち神を鎮める役目も負っていた。ここ最近、堕ち神が出たという話をよく聞く。そのたびに、陰陽師を派遣していた。
「あの後、化け物が入っていたという文箱を調べてみました。念のため、ふう子と葉隠にも見てもらいましたが、あの文箱自体には霊力の痕跡はなかったと」
「……一体誰が、何のために」
思わず壮真はつぶやいた。
誰かが、悪意を持って壮真を狙った。そうとしか言いようがない。もしくは、緋梅の存在を知る誰かが、緋梅を狙ったのか。緋梅のことを知っているのは、この国の中でも一握りだ。まだ民にも知らせていない情報になる。
「もしあれが本当に堕ち神だったなら、どうやって使役したのかも気になります」
晴仁の言葉に、壮真もうなずいた。
「そうだな。神をも使役できる術者がこの国にいるなんて……驚くべきことだ」
壮真でもまだ、神を使役することはできない。せいぜいが、霊獣であるふう子や葉隠ぐらいだ。神をも使役するとなると、死んだ父親と同等もしくはそれ以上の術者だ。
「気を付けたほうがいいな。一層の警戒を強めるように」
いまの自分、果たして術者と顔を合わせて勝つことができるだろうか。にわかに焦りが壮真の心に浮かんだ。もし、自分の身に何かがあったとしたら。この国は――そして緋梅はどうなるのだ。
壮真は拳を握りしめた。このまま、やられてばかりではいられない。壮真は晴仁を伴って、術の修行をすべく、外に出た。
