――――青霧家にやって来て寝込んでいた時期も含めれば10日ほど経ったろうか。
だいぶ足腰も丈夫に、ふらつくことも減ってきた。
今では柘榴さんたちの家の手伝いにも混ぜてもらえている。
「牡丹、そろそろ部屋を移ろうか」
「……え?」
棕櫚からそう告げられたのだ。
「ずっと病室だとあれだろ?」
あの部屋……看病もされていたとはいえ、
「それに嫁入りが急だったから夫婦の部屋の準備も出来てなかったんだ。準備も済んだし、頃合いだろう」
「棕櫚と……同じ、部屋?」
「そりゃあ夫婦なんだから」
「ふう……っ」
思えばそれならば同室でもおかしくはないのだ。
「もし牡丹が嫌なら……」
「……っ!嫌じゃない!」
「それなら、決まりな」
「……うん」
どうしてだろう。嫁入りして一週間以上経つのに今さら照れるような、恥ずかしいような。
夜……ちゃんと寝られるだろうか。
「それからほかにも話があってな」
「……話?」
棕櫚と共に居間に移動すれば、棕櫚が袂から何かを取り出す。
「これは……」
「宮中からの招待状とは名ばかりの召集状」
いや……意味的には正しいのだろうが。宮中から招かれれば貴族は馳せ参じなければならない。
「物忌みを騙るのもできるが」
「……」
あの……それは確か汚れがあるから宮中に立ち入れないと言う宮中の仕事や召集を避けるためのていのいい言い訳。
「却下だ」
いつの間にか白鬼さんが棕櫚の隣に立っていた。
やはり神出鬼没。鬼の能力ゆえだろうか?
「確かに却下されそうだ。それならば封じてこいと言われそうなものだな」
「その通り」
そう言うと白鬼さんも棕櫚の傍らに腰掛ける。
「物忌みの汚れを対処できる家ならばそうなる。水の異能なら水で清めてこい、封印の異能なら封じてこい、風の異能なら吹き飛ばして来い」
「じゃないと仕事が回らなくなるから当然か~~」
白鬼さんの話に棕櫚がポリポリと頬を掻く。
「拒否できるのなら怪我を負ったり呪いを受けたり。さすがにあの晩の門封じの後は赦される。……が、充分に回復して来たところを狙っている以上は行かねばな。帝からも嫁の顔を見せろとのお達しだ」
「……帝」
その言葉にドキリとしてしまうのは脳裏に鈴蘭のことがあるからだ。
「ま、帝からの急な縁談のこともある。ある程度は調べた」
「……っ」
暮無でのことを知ったら、棕櫚にも嫌われてしまうだろうか。棕櫚も鈴蘭のことを……。
「そんな顔をするな。俺は牡丹の味方だし、封印の家は背負った責務からも内部の結束が強いんだ」
「……」
確かにみんな、優しくしてくれる。棕櫚も私を守ってくれると信じられる。
けれど不安はつきまとう。
「……鈴蘭とか言ったか」
「うん。みんな……鈴蘭を贔屓するから」
その言い方が合っているのかは分からないが、お兄ちゃん以外の人間はみな鈴蘭を優先しその言葉を信じた。
「奇妙な娘だ」
「……奇妙?」
お兄ちゃんも鈴蘭を嫌っていたが、鈴蘭にそのような感想を抱いたのは棕櫚が初めてだ。
「そちらも調べさせたが、12歳の頃に異形と邂逅し、乳母を失った上に呪われ汚れてしまった。それゆえに宮中を次週結界の力を持つ暮無家に養女に入ったと」
「……そう言ういきさつだったんだ」
ある日突然暮無に寄生した。その詳細を知らされることはなかった。しかしながらあの鈴蘭が呪われた……?
「確かに鈴蘭は暮無の家で女帝のように振る舞ったけど欲しいものは持ってこいと要求するだけで、自ら外には出ようとしなかったの。けど17歳になって暫く経った今頃、急に本物の父親の方針で宮中の宴に参加できるようになったと言ってたの」
「確かに……長らく秘蔵っ子だった鈴蘭はこの宴に参加するそうだ。時期としては17歳の途中と言う奇妙さがある」
「……水守和臣と婚約するにしても、和臣はとっくの昔に18歳になっているし、鈴蘭も18歳にならないと婚姻ができないはず」
これは決まりだ。
その分許嫁は何歳でもいい。下手したら生まれた瞬間からと言うのも有り得る。春宮などは当たり前のように生まれた瞬間か幼少期に両家の娘と婚約させられるだろう。今の春宮は許嫁がいるかどうか分からないが。
「何かある……と考えるのが妥当だな」
「うん」
「もしかしたら、ずっと引きこもっていた鈴蘭が許嫁を迎え宴の場に出てくるのなら、何か掴めるかもしれないな」
「……っ」
「牡丹、一緒に来るか」
「……私も」
「安心しろ。何があっても俺たちは味方だ」
「けど……」
「どうした?」
「……お兄ちゃんは、鈴蘭の思い通りに動かず私の味方であり続けたの。だから……鈴蘭の手のものに殺された。証拠はない。けど分かる。鈴蘭の目はそう言っていたから……っ」
こんなこと、今までなら決して言えなかった。誰にも信じてもらえない。信じてくれるのは、味方でいてくれるのはお兄ちゃんだけだと思っていたから。
「俺たちは簡単には死なねえよ」
「特にお前はな。我が主よ」
「ははっ、違いない」
それは単に丈夫とかそう言う話ではないように思えるのだが。
「信じろ、牡丹」
「……っ」
「牡丹が俺を信じてくれるのなら、俺は牡丹の力になる」
「……」
どうしてかその言葉はとても強く、確かに私の心に響いた。
――――その夜
私は予定どおり棕櫚との寝室に移った。
「緊張しているのか」
「……そのっ」
部屋では既に棕櫚が待っていた。布団は2人ようの大きなものだ。
「心配するな」
「……っ!?」
後ろから声がして振り向けば、またもや白鬼さんがいつの間にか立っている。
「我が主よ。妙なことをしたらぶん殴る」
え……っ、妙なことって……。
「主人に向かって何つー鬼だ。と言うか、夫婦だろ?」
「だから?」
「そう来るか」
棕櫚が仕方がないとばかりに苦笑する。
「大丈夫だ。白鬼が目を光らせているからな。今夜も安心して眠れる」
「……白鬼さんは寝ないの?」
「鬼だからな。消耗でもしてない限りは寝ない」
「そうなの?」
「……ああ」
白鬼さんが静かに頷く。
「それなら良かった。あの……ね、私、白鬼さんがいてくれたら、とっても安心するから」
そう微笑めば、白鬼さんが固まっているようだ。何か失礼なことを……と言うよりも呆気に取られているような。素顔を知らぬのに何故かそうだと分かったのだ。
「……そうか」
白鬼さんは静かに襖を閉じたが、近くで見守ってくれている……そんな気がして落ち着く。
「過保護だな」
棕櫚が苦笑する。
「さて、もう夜遅い。寝不足にならぬように寝ようか」
「うん」
棕櫚に促されるまま布団に入れば、あの時のように優しく抱き締めてくれる腕がある。
――――過保護なのはきっと棕櫚もなのに。優しくて、守られて、共に行こうと導いてくれる。
棕櫚のそんなところに、私もどこか強くなれた気がするのだ。

