――――秋は宮廷も宮中も行事で引っ張りだこだ。
宮中の行事で春宮の側に控える棕櫚も同様である。
「棕櫚、お弁当忘れてる」
宮中でも賄いは出るだろうが……。
「届けに行ってきます」
「なら一緒に……」
「いえ、その、柘榴さんたちも忙しいですし!」
普段の異能のお仕事から、青霧家の仕事まで。
「道は覚えたので、大丈夫です!」
宮廷までは馬車に乗せてもらえるし、最近はだいぶ慣れたと言っていい。
「それじゃあ任せるわ」
「はい!」
早速馬車に乗り込み宮廷に向かう。
「お弁当を届けに行くだけなのですぐ戻ります」
「少しなら大丈夫だから、焦らなくていいよ」
御者も親切でそう言ってくれるからありがたい。
とたとたといつもの道を行く。
「あれ、牡丹ちゃんだ」
「春宮なら向こう」
すっかり顔を覚えてもらったのだろうか。教えてくれた官吏たちに礼を言う。棕櫚なら春宮といる可能性の方が強いもの。
その途中、一瞬視線を感じた気がした。
「……?」
気のせいだろうか。
とたとたと春宮の元に向かえば、警備の武官に事情を話し棕櫚を呼んでもらえることになった。
「牡丹、悪いな。弁当のことすっかり忘れてた」
「ううん、棕櫚。午後もお仕事頑張ってね」
「……っ!これからは弁当届けに来てもらおうかな?」
ニッと笑う棕櫚。
「必要なら」
全然構わない。
「惚気る気だろ、未だに独り身の春宮に言い付ける」
「お前ばっかり狡ぃぞ!独り身の春宮の気持ちも考えろ!」
近くから同じく春宮付きの従者やら官吏たちの声がかかる。
「一番容赦ないの、お前らだぞ」
た……確かに。公式には明かされてないんだもんね。柘榴さんも青霧家の一員なのだから貴族ではある。家格は問題ないはずなのだが。
しかしながら冗談のじゃれあいだったのか、その場は和やかそうだ。
「……楽しそうだな」
いつもよりも低いその声に空気が凍る。棕櫚だけはクスクスと笑っていたが。
「しかし、牡丹ちゃんも似合ってるな。その髪飾り」
「あ、ありがとうございます!春宮さま。柘榴さんも……」
あ、これ言わない方がいいのかな?
「そ……そうかっ」
妙に照れ恥ずかしそうにするところは教えてあげて正解だったろうか。
棕櫚たちの元を辞して、私は馬車の元に戻ろうとしていた。その時誰かとぶつかる。
「ご、ごめんなさ……っ」
キッとこちらを睨んだ侍女はあの時市井で横暴を働いた侍女……?それが何故春宮の元に……。この間の謝罪だろうか。
その時はそんな風に軽く考えていた。
――――しかし、帰宅して気が付いた。
「……あら、牡丹ちゃん?出る時は髪飾りをつけていなかったかしら」
「え……っ。ない……」
着けていたはずの、棕櫚にもらった髪飾りが。
「どこで……っ」
「落ち着いて。馬車の中なら御者が中を点検した時に気が付くだろうし……あとは宮廷よね。それなら棕櫚さまに頼めば探してくれるから」
「けど……なくしたって聞いたら……」
「誰も怒らないわよ。だから大丈夫」
柘榴さんが優しく髪を撫でてくれる。
その後柘榴さんが棕櫚にも連絡してくれて探してくれたそうなのだが……遂に髪飾りは見付からなかった。
「大丈夫。あん時の思い出までなくなる訳じゃない」
寝室で棕櫚が優しく頭を撫でてくれる。
「けど……」
「また思い出を作ればいい。後は宴を幾つかこなせば少し余裕ができるからまた街に買いに行こうか」
「……いいの?」
「もちろんだ」
いつも私を安心させてくれる棕櫚の笑顔に、ホッと胸を撫で下ろした。
※※※
――――宮中
「今日は貴族は参加しないといけない宴でな」
「問題ないよ、棕櫚」
棕櫚と共に行けることが嬉しいし、普段のお仕事では一緒はできないから。
「青霧当主は奥方と仲むつまじく微笑ましい」
「ありがとうございます」
夫婦として方々に挨拶もしつつ、定位置の春宮の控えに落ち着ける。
「最近はどうだ?」
「柘榴のことか?髪飾りならいつも嬉しそうにつけているぞ」
「……っ」
その言葉に春宮が頬を赤らめる。何だか応援したくなってくるなあ。
「その、それは何よりだが」
「何だよ、それ以上の何かがあるのか?」
「……今回は謹慎の明けた茉莉花も来る」
茉莉花内親王。先の下町での一件で宮中の信頼もガクッと落ちてしまったようである。
あの時茉莉花内親王の侍女を見掛けたのはやはり復帰のための挨拶か何かだったのだろうか。
やがて宴会場が騒がしくなる。
「春宮、茉莉花内親王が来られます」
他の従者のひとりが告げに来る。
緊張する。けれど春宮も棕櫚も一緒だし、大丈夫だよね。いつの間にか白鬼さんも近くにいてくれる。
しかし衝撃はそこだけではなかった。
「お兄さま、ごきげんよう」
侍女たちを引き連れて挨拶に来た茉莉花内親王の髪に添えられた髪飾り……!
「どうして……」
「許せないっ」
白鬼さんが憤る。
私たちの視線に気が付いたのか茉莉花内親王が勝ち誇ったように笑う。まさか侍女とすれ違ったあの時……っ!?
棕櫚と春宮の顔を窺えば、2人とも顔に渋面を作っている。
「茉莉花」
「はい、お兄さま」
「その髪飾りはどこで手に入れた」
「この髪飾りですか?これは商人のつてで手に入れたものです。とても似合うでしょう?」
茉莉花は何も悪びれることなく告げる。
「嘘だな」
「え……っ」
「いいや、お前は……お前の侍女も知らないだろうな。それは棕櫚が奥方の牡丹に贈ったものだ。他ならぬ私が目撃者だ」
何故なら侍女はそこにはいなかったから。
「そ……そんなはずはっ」
茉莉花がくわっと目を見開き激昂する。
「わ、わたくしも知らず……」
「お前が持ってきたのでしょう!?」
「それは姫さまが欲しがったから……っ」
「知らないわそんなものっ!」
「ひ、ひどいっ」
侍女が泣き崩れる。
「今は罪の擦り付け合いはいい。その髪飾りを牡丹に返しなさい、茉莉花」
「そ……そんなっ!私は知らなかったのです、お兄さま!一度私がもらったのですから、私のものでしょう!?悪いのは侍女じゃない!」
「元々の持ち主がいるのなら返すべきだ」
「けど……お兄さまはこの髪飾りを……」
「私が何だ?私がそれを牡丹のものだと知っている、それ以上の真実はない」
春宮の毅然とした態度に、周囲の風も完全にこちら側だ。
「なんと……姫さまが盗みを?」
「侍女がやったと言うがどうだか……」
「確か以前、青霧当主夫人を悪女扱いしたとか」
「これではどちらが悪人か分からんぞ」
「~~~~っ」
周囲の言葉に、茉莉花内親王が俯く。
『茉莉花、髪飾りを青霧当主夫人に返しなさい』
その時御簾の向こう側の影に気が付く。
「……お父さま」
『お前がやっていることは皇族の信頼を揺るがす由々しき行為だ』
「これは私のものですわ!」
そう言うと茉莉花内親王が踵を返し走り出す。
「おい、暁!」
「帝の御前だ、棕櫚!」
『これは皇族の真価を問われる由々しき事態。春宮自ら治めよ』
「承知しました、帝。みな、ついてきてくれ!」
私たちは茉莉花内親王を追いかけることとなった。

